エピローグ 物語は続く
春の気配が混じり始めた、三月の午後。
区役所のロビーは、引っ越しシーズンの到来を告げる混雑を見せていた。
スポーツバッグを足元に置いた少年は、所在なさげにパイプ椅子に腰掛け、自分の番号が表示されるのをじっと待っていた。強豪校への進学と、それに伴う一人暮らし。期待よりも、見知らぬ街への不安の方が勝っている。彼は手元の書類を何度も確認し、周囲の喧騒から逃げるように視線を落としていた。
『番号札108番の方、第二窓口へ。109番の方、第三窓口へお越しください』
少年は呼び出された窓口へと向かう。その後ろを、同じく呼び出された少女が続いている。
少年が向かった第二窓口には、立派な角を生やした、体躯の良い男が待っていた。
「おまたせしました。本日はどういったご要件で?」
「あ、えっと、引越してきて。海外からなんですけど、その申請です」
窓口の男ーーダルクは、少年の持つ申請用紙を受取り確認する。
「転入届ですね、お預かりします。……書類の不備はありません。……む、この高校は、スポーツで有名な高校だな。貴殿もなにかスポーツを?」
「あ、はい。サッカーを少々...」
「そうかそうか、活気あふれる若者が増えるのは非常に良いことである。励むのだぞ、少年」
ダルクがそう言っていると、横から佐藤が割り込んでくる。
「ほら、ダルクさん。おしゃべりにかまけてないで申請受理進めてくださいよ?住民との交流も大事ですけど......」
「む、そうであった。少年、こちらの書類に不備はない。このまま受理させてもらうぞ」
「あ、ありがとうございます......」
一方、隣の第三窓口では、リィナが少女の対応をしていた。
少女も同様に、四月から高校に進学するための転入届の提出に来ていた・
「はい、受領しました!困ったことがあったら、いつでも窓口に来てくださいね!」
リィナの眩しいほどの笑顔に、少女は小さく会釈をした。
少年と少女は、それぞれの目の前の奇妙で、けれど不思議と安心できる職員たちとのやり取りを眺めていた。
((変な人たち......))
そうして、申請の処理が無事終わると少年と少女は別々の方向へと去っていった。お互いがこれから同じ街で、あるいは高校で関わり合うことになるかもしれない未来など、今はまだ誰も知らない。
佐藤は、自動ドアの向こうへ消えていく背中を、静かに見送った。
「……さて。ダルクくん、リィナさん。次の方を呼びましょう」
「承知した。」「了解なのです!」
一人の魔王が救われ、居場所を見つけた、この窓口。
そこは、誰かの「終わり」を受け入れ、誰かの「始まり」を送り出す、世界で一番忙しく、そして穏やかな場所。
新しい住人たちが踏み出す一歩を、ダルクたちの静かな日常が、そっと見守っていた。
物語のバトンは、次の主役へとーー
今回出会ったあの二人は、この物語の外にいる。
魔王も、異世界転移もない世界で、
それぞれの夢を追う物語が始まる。




