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区役所勤めの魔王様  作者: はるくぼ
終章 異世界の居場所

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第60話 魔王様と空の玉座

 玉座の間には、奇妙な静けさがあった。


 かつてこの場所は、魔王の命令を待つ幹部たちの緊張で満ちていた。

 重厚な柱の間には怒号と威圧が飛び交い、玉座の上から下される一言が、魔界全土の運命を決めていた。


 だが今、その玉座は、空いていた。

 誰も座っていない。


 それでも、玉座の間には確かに人が集まっている。


「東方域の農地再生についてですが、現地の代表から追加の資材要請が届いています」

「その件は昨日の会議で、南方域の余剰資材を回す方針になったはずだ」

「輸送経路は?」

「旧魔王街道はまだ使えない。西の迂回路を使う」


 巨大な円卓を囲み、魔族たちが議論を続けていた。

 ダルクは、その机から少し離れたところから見守っていた。


 黒いスーツ。

 胸にはいつもの名札。


 かつて魔界を恐怖で支配していた魔王のもとが魔界の運営の議論に参加していない。それはもう当たり前の光景になりつつあった。


 そんなダルクの元に、ひとりの若い魔族がやってきた。

 彼はダルクが見つめる円卓を一瞥し問いかけてくる。


「……魔王様」


「なんだ」


「責任者が現地というのは……本当によろしいのですか?

 以前なら、魔王様が最終判断を……」


 その言葉に、ダルクは少しだけ視線を玉座へ向けた。


 空席の椅子。

 かつて自分が座っていた場所だ。

 そして、ゆっくりと首を振る。


「いや」


 短く、しかしはっきりと答えた。


「最終判断は現地だ。そして中央では議論を重ね、その判断の軸を作る」


 ダルクは静かに続けた。


「魔界の全てを、一人が決め続けることはできぬ。

 それでは、また同じことになる」


 彼の脳裏に、あの日の屋上がよぎる。


 夕焼け。缶コーヒー。

 そして、佐藤の言葉。


 ――誰が欠けても回るように作る。


「中央の役割は二つだ」


 指を二本立てる。


「制度を作ること」


「そして、衝突を調整すること」


 机の上には、付箋だらけの分厚いノートがある。

 区役所で書き続けたメモ帳だ。


「判断は現場で行う。

 中央はそれを支える」


 ダルクは再び円卓に目を向ける。


「それが今の、いや、これからの魔界の仕組みだ」


 しばらくの沈黙。

 やがて、先ほどの魔族がゆっくりと頷いた。


「……理解しました」


 いつの間にかこちらの話を聞き入っていた円卓の魔族たちも頷く。

 それを合図に、議論は再び動き出す。


「では資材の割り当て表を更新します」

「輸送部隊に連絡を」

「東方域の代表へ伝達を」


 玉座の間に、再び忙しい声が広がる。


 だが誰も玉座を見上げない。

 誰も命令を待っていない。


 それでも、物事は確かに進んでいた。


 ダルクはその光景を静かに見つめていた。

 かつてなら考えられなかった光景だ。


 王がいなくても、世界が動いている。


(いや、違うな。)


 ダルクはゆっくりと息を吐いた。


 王がいないからこそ、動いているのかもしれない。


「魔王」


 背後から声がした。

 振り向くと、アルヴィスが立っている。


 相変わらず無表情だ。


「観測結果を報告する」


「……なんだ、まだそんなことをやっていたのか」


「是。自治制度の導入以降、魔界全体の意思決定速度は初期より三七パーセント向上。

 また、地域衝突の発生率は半減」


 アルヴィスは淡々と続けた。


「結論。このシステムは、機能している」


 ダルクは小さく笑った。


「当たり前だ。元より、我が配下たちは優秀なものばかりだったのだからな」


「肯定」


 アルヴィスは視線を玉座へ向けた。


「……ただし」


「なんだ」


「依然として、象徴としての魔王を求める声は存在する」


 円卓の向こうでも、時折そんな声は聞こえていた。


 魔王に決めてもらわないといけないのではないか。

 魔王が決めてもらえば早いのではないか。


 そう考える者は、まだ少なくない。


 ダルクは少しだけ考えた。

 そして静かに言った。


「今はな。だがそれもまた、時間が解決する」


 円卓では、すでに次の議題へと移っている。

 その様子を見ながら、ダルクは続ける。


「誰しも、大きな変革には戸惑いを持つ。

 たとえ騙し騙しであろうと、前のやり方で上手くいっていたならなおさら」


 ダルクはゆっくりと言った。


「だが、やつらはもう知っている。

 個に依存し続けた先を、自ら考える術を捨てた先を。

 そして……玉座に誰もいなくても、世界は回ることを」


 その瞬間、円卓の向こうで誰かが言った。


「ではこの件は各地域の代表会議で決定ということで」

「異論なし」

「異論なし」


 決定が下される。

 玉座の命令ではなく、合意によって。


 ダルクはその様子を見て、静かに目を細めた。


「あんな風にな」


 会議を終えた魔族たちは立ち上がり、それぞれの仕事へ戻っていく。


 誰も玉座を見ない。

 誰も王を求めない。

 それでも魔界は動いている。


 静まり返った空間に残ったのはダルクと勇者のみ。


「……そろそろか」


 小さく呟く。

 制度は回り始めた。


 ダルクは部屋を後にする。


 玉座の間には、もう誰もいない。

 ただ一つ。

 空席の椅子だけが、静かにそこに残っていた。


完結まで、残り2話


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