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区役所勤めの魔王様  作者: はるくぼ
第一部 異世界からの転職者

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第6話 魔王様、見守る

隣に立つダルクの背中は、妙に真っ直ぐだった。


背筋が伸び、顎はわずかに上がり、両足は肩幅に開かれている。

まるで戦場で迎撃態勢に入っているようだった。


佐藤は、隣に立ちながら小さく息を吐いた。

(いや、そこまで気合い入れなくていいんだけどな……)


二人は、マニュアル読みの苦行を終えて午後から窓口対応に移っていた。

今日もいつもどおり、番号札を握った区民が静かに順番を待ち、電子音が淡々と次の番号を呼び上げていく。


戦場とは程遠い。

——少なくとも、佐藤にとっては。

「ダルクさん、もっと肩の力抜いて。そんな緊張しているともたないですよ。」

「うむ、わかっているのだがな。なかなかどうしてこの張り詰めた空気が戦場を思い出させるのだ。

まるで勇者と相まみえているかのような」

「あはは、それじゃあこの区は勇者だらけってことになっちゃいますよ。」


相変わらずズレた魔王様だ。

今日一日で軽口を叩けるくらいには打ち解けたと思う。

「あと、今日ずっと思ってたんですけど他に服とか支給してもらえなかったんです?

流石に鎧で窓口は気になるんですけど」

「すまぬ。この身一つでこの世界にやってきてしまったゆえ、これしか持っておらぬのだ」

「じゃあせめてその鎧脱いでくださいよ。めっちゃ目立つので。」

「む、ではこちらは亜空間にしまっておこう。

……開かぬ。魔力が使えぬのを忘れておった。」

「じゃあもう今日はそのままでいいです。明日は着てこないでくださいよ。」


時間も限られているので、早速本来やるべきことを再開する。


「さすがにいきなり窓口対応は酷なので、まずは私の対応を見ててください」

「承知した。一言も聞き逃さぬようにしよう。」

魔王様はそう言うと、お昼休憩中に佐藤があげた新品のメモ帳を取り出す。

この目……本気で一言一句メモを取る気だ。


(ほんっと、根は真面目なんだよなぁ)

メモ帳片手に意気込む魔王を横目に、次の番号札を呼び出す。

「自分の窓口が空いたら、ここの画面のこの赤いボタンを押してください。

そうすると、次に案内する番号が呼ばれます。」


呼び出された番号の方が窓口にやってくる。佐藤の後ろにいるダルクに不審そうな目を向けている。

この服装だもん、そりゃ不審がるよな。と苦笑いしそうになるのを抑え、いつもどおり対応する。


「こちらの窓口で担当させていただきます。番号札をお見せいただけますか? はい、ありがとうございます。

そちらお預かりします。 ……本日は住民票の交付申請ですね。記載内容はーーー」


要件はどうやら住民票の交付申請のようだ。初めての人に見せるにはちょうどいい内容で助かった。


**************************************************************

その後も何人か対応し、窓口の混雑が一段落したところで、背後で見学していた魔王に声をかけた。


「どうでしたか?なにか気になる点はありますか?」

「……ふむ。いくつか確認したい点があるがよいだろうか」


メモ帳を見下ろしながら、魔王は真剣な顔で言った。

(来たな)

「どうぞ。わかる範囲で答えますよ」

「まず——なぜ、最初に名を名乗らなかった?」

「名、ですか?」

「そうだ。いや、相手に対し、己の立場を明かさず応対するのは不利ではないのか?」

「あぁ……なるほど」


佐藤は少し考えてから答えた。

「名乗らないというより、役割を名乗ってるんです」

「役割?」

「はい。“区民課です”“担当します”って。

名前は必要になったら出しますけど、まずは要件を聞くのが優先ですね」

「ふむ……個ではなく、組織として応じているわけか」

「そういうことです」


ダルクは「なるほど」と小さく呟き、メモに何かを書き込んだ。


「次だ」

まだ続くらしい。

「なぜ、相手の要求を最後まで遮らずに聞いた?」

「え?」

「話の途中で、既に答えは見えていたはずだ。

にもかかわらず、最後まで発言を許していた」

「それは……」

佐藤は苦笑した。


「“聞いてもらえた”って思ってもらうためですね」

「それが、何になる?」

「クレームになりにくくなります」

「……?」

「最初から遮ると、“ちゃんと話を聞いてもらえなかった”って感情が残るんです」

「感情……」


ダルクは、しばし黙り込んだ。

やがて、ゆっくりとうなずく。

「戦意を削ぐ、ということか」

「言い方がアレですけど……まあ、近いです」


「……もう一つ、よいか」

ダルクはメモ帳を閉じずに、視線だけを上げた。


「申請書には、ほぼすべて書いてあった」

「はい」

「にもかかわらず、なぜ内容を一つひとつ口頭で確認した?」

「……ああ」


佐藤は少しだけ間を置いた。

「書いてあることが、正しいとは限らないからです」

「……なに?」

「記入漏れもありますし、勘違いして書いてることもあります」


「だが、それは書類の不備であろう」

「はい。でも——」


佐藤は、窓口の向こうを見ながら続けた。

「“間違ってることに気づいてない”人も多いんです」

「……」

「だから、“書いてありますね”じゃなくて、

“こういう内容でよろしいですか”って聞くんです」


「何が変わるというのだ?」

「記載ミスがあった場合に、訂正しやすくなります」


ダルクは、ゆっくりと眉を寄せた。

「つまり……」

「はい」

佐藤はうなずいた。


「相手に“間違いを認めさせない”ための確認です」


ダルクは、しばらく黙り込んだ。

やがて、低く呟く。


「……恐ろしいな」

「恐ろしい?」

「ああ……相手に間違いを認めさせないといったな?裏を返すとそれは自らが間違っているように仕向けるということ。並大抵の精神力ではないだろう。」

「そうですか?みんなやってますけどね」

「そこだ。みんなやっているというところが恐ろしいのだ。皆が高いレベルの精神力であるがゆえに、佐藤殿にとっては普通のことなのだろう。」


魔王様から見ると、普通ではなかったようだ。

窓口の向こうを見据えたまま、静かに言った。


「……我にも、やらせてほしい」

「え?」


「今の対応だ。

あの者たちの言葉を受け、紙を操り、秩序を保つ戦い」

その声音は、冗談ではなかった。


「この世界における初陣として、相応しい」


佐藤は思わず苦笑する。

「いや、初陣って言い方やめてもらえます?」

「なぜだ。重要な局面であろう」

「重要ですけど、戦じゃないです」


そう言いながら、佐藤は時計をちらりと見た。


「……まあ、やる気十分なのはうれしいんですけど」

佐藤は、窓口のシャッターに手をかけながら続けた。


「今日はもう閉館です」

「なに?」

「窓口対応は、明日からですね」

ダルクは、わずかに目を見開いた。


「戦いを前に、撤退……だと?」

「業務時間外は戦えません」

「この世界、妙な制約が多いな……」


そう呟きながらも、ダルクは素直に一歩下がった。


「ダルクさん」

「なんだ」

「安心してください、明日も忙しいですから。

たぶん、休む暇はないですよ」

「ほう」

ダルクは、静かに口角を上げた。


「誰であろうとかかってくるといい」


その笑みは、確かに——

初陣を待つ魔王のものだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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