第59話 魔王様、世界を救う
『再起動まで、あと六分』
魔界、玉座の間。帰還したダルクとアルヴィスの前には、アイゼンたちが死に物狂いで組み上げた「魔道具(第一弾)」の山が積み上がっていた。
それは、魔界の過剰な魔力を動力源とし、人間界の規格で動く浄水器や発電機。一つ一つに、ダルクが佐藤から教わった「検疫済」のラベルが貼られている。
「……時間だ、くるぞ」
一六八時間が経過した瞬間。
再び世界から音が消え、色彩が反転した。
アイゼンたちの動きが止まり、空間にあの幾何学的な紋様と、巨大な歯車の影が浮かび上がる。
『……指定時刻に到達。……個体識別名、ダルク。および、アルヴィス。……戦闘の形跡、なし。対立因子によるエネルギーの焼却、未実行』
無機質な「声」が、空間を震わせる。
『警告。エネルギー蓄積量は限界値を突破。……これより、魔力の強制消費を実行する。それに伴い全生命維持プロセスを強制終了』
「待て。……先の会話を忘れたのか、無能な管理者め
約束通り、草案を持ってきてやったぞ。貴様に提示した期間が長すぎて、すでに締結されたがな」
ダルクは、佐藤や区長と共に作り上げた、人間界の公印が押された『異世界間・技術協力協定書』を、光の渦へと叩きつけた。
「貴様の言う焼却は、一時的な場当たり的処置に過ぎない。そんなものは持続可能な運用とは呼ばん。見ろ。これが、佐藤殿たちの世界と正式に締結した『エネルギー常時輸出協定』だ」
『……解析。……隣の世界? ……魔力の輸出? ……不可能。本世界の魔力を他系へ移動させるプロトコルは存在しない』
「存在しないのではない。貴様が活用してないだけだ」
そう言うとダルクは、勇者に目線で合図を送った。
「我らは界渡りで佐藤殿たちの世界と往来した。それによって彼の世界とのつながりも強化されている。
……見ろ、こうして勇者が空間に聖剣を突き立てるだけで開くほどにな。
このつながりを活用すれば魔力を向こうの世界に送り込む、魔力の輸出ができる」
『不可能。他世界にこちらの問題を押し付けただけである。それは根本的な解決にはつながらない』
世界は認めなかった。理由も合理的である。
だがダルクは、想定通り、と言わんばかりに口角を上げて積み上げられた魔道具を指差す。
「送るのが魔力だけならな。この協定には技術交流も含んでいる。技術交流渡渉してこちらから魔力をエネルギーに変換する魔道具を提供するのだ。これによって向こうの問題であるエネルギーの枯渇の解消につながり、こちらは余剰魔力を余計な犠牲なく消費できる。Win-Winというやつだな。
……どうだ、世界よ。一回の戦争で燃やす量など、これからの貿易で消費される総量に比べれば微々たるものだ。いいか、この貿易スキームが稼働し続ければ、エネルギーの蓄積は恒久的に抑制される。
つまり……」
ダルクはさらに意気込み、世界の意志を指差した。
「……魔王と勇者が殺し合うという消費のための衝突は、もはや不要だ。システムの維持に寄与しない、高コストで非効率なその役職は、本日、この瞬間をもって不要となる」
世界の意志……巨大な歯車が、激しく火花を散らして逆回転を始めた。
『……エラー。エラー。……魔王と勇者の抹消。……システムの根本定義に矛盾が発生。……解析、再計算……』
「計算するまでもないだろうが。 貴様はただ、この『貿易協定』を世界の新しい基本仕様として承認すればいいのだ。……民を殺さず、世界も壊さず、ただ事務処理を回すだけで世界は保たれる。……これ以上の最適解が、他にあるか」
激しいノイズ。光の紋様が、砕け散るように明滅する。
システムの最優先事項である「世界の存続」と、ダルクが提示した「平和的なエネルギー消費」という論理が、これまでの「戦争仕様」を上書きしていく。
長い、長い、沈黙。
やがて、ノートPCの画面に一文字ずつ、今までで最も明瞭な文字が打たれた。
『……New Protocol:Trade and Circulation(新プロトコル:貿易と循環)。……承認。……旧プロトコル:Holy War(聖戦)を削除。……魔王および勇者の職務権限を凍結』
世界の意志が、静かに霧散していく。
次の瞬間、眩い光と共に「音」と「時間」が世界に戻った。アイゼンたちも変わらずバタバタと魔道具を積み上げている。
ダルクは、その様子を見ながら満足気に見つめる。
「……勇者。今、貴様はクビになったぞ」
「是。史上最高の、円満退職と定義」
アルヴィスが、その生涯で初めて、小さく微笑んだ。
勇者と魔王の因縁は今、果たされた――。
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