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区役所勤めの魔王様  作者: はるくぼ
終章 異世界の居場所

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第56話 魔王様と世界の真実

 青白い光が収束し、玉座の間は見たこともない幾何学的な紋様に埋め尽くされていた。

 アイゼンも、バルガスも、賢者たちも、時を止められたまま動かない。唯一、自由を許されているのは、デスクの前に立つダルクと、その隣で聖剣を引き抜いたアルヴィスだけだった。


「……何者だ。姿を現せ。我が執務を邪魔する者は、神であっても許さぬぞ」


 アルヴィスの冷徹な声が、静止した空間に響く。

 すると、ノートPCの画面に羅列されていたエラーメッセージが激しく明滅し、スピーカーからはノイズ混じりの、しかし透き通るような機械的な「声」が溢れ出した。


『……個体識別名、ダルク。および、アルヴィス』

『現周期における「対立因子」の同期を確認。……エラー。エラーを検出』


「その声、貴様か。我との契約を解消しておいて今更何の用だ」

 ダルクには、この声に聞き覚えがあった。

 ダルクを幼少期から魔王とし、魔王としての在り方を叩き込んだ存在。


 世界は、ダルクの吐露を意に介さず淡々と告げる。


『本世界は、その構造上、大気中に極めて高密度のエネルギーを自動生成し続ける仕様である。……放置すれば、エネルギー圧により世界そのものが破壊される。ゆえに、定期的かつ大規模な消費が必要である』


 光の中に、半透明の巨大な歯車のような影が浮かび上がる。


『魔王と勇者の聖戦。……両個体に膨大な魔力を集約させ、極大衝突させることで、世界の余剰エネルギーを99.8%焼却処分する。それが貴殿らに与えられた役割である』


 ダルクは、先ほど入力した過去の統計データを思い出し、戦慄した。

 あの数百年に一度の急落。あの血で血を洗う大戦。それらは全て、この世界の爆発を防ぐための、ただの「定期メンテナンス」に過ぎなかったのだ。


「……やはりか。では、我らはただの使い捨ての点火剤だったというのか? 多くの民が死に、大地が焼かれるその悲劇さえ、ただの排熱処理だと吐かすか?」


『肯定。……エラーの原因を特定。魔王個体ダルクと勇者個体アルヴィスの、異常なまでの親和性を検知。……現在、エネルギー蓄積量は限界値の95%に到達。……衝突による焼却が実行されない場合、本世界は自重により消滅する』


 光の紋様が、より一層激しく輝く。

『警告。直ちに戦闘を開始せよ。魔王は勇者を殺し、勇者は魔王を討て。……そうでなければ、強制的に魔力消費を実行しなければならない。副次効果ですべての生命維持プロセスが強制終了となる』


 あまりに一方的な「業務命令」だった。

 アルヴィスの剣が震える。それは恐怖ではなく、彼が初めた感じた、声なき怒りだった。

 ダルクも同様だった。ダルクは真っ直ぐに光を見据え、口を開く。


「……ふざけるな。そんな非効率な組織運営が認められるはずもないだろう」


 ダルクの静かな怒りの声に、世界の意志が一瞬、処理を止めたように静まった。


「……焼却処分だと? バカの一つ覚えのように、貴重な資源を燃やして捨てることしか考えられんのか、この無能な管理システムめ!」


『……質問。無能とは何を指すか。焼却は、エネルギーを最も確実に排除する最適解である』


「最適解なものか。 燃やすための犠牲が大きすぎる。コストメリットに見合わない。

 ……いいか、無能者め。管理者の仕事とは、限られた資源を管理し、最適に配分することだ」


 ダルクは、フル充電されたPCの画面を光の中へ向けた。

「エネルギーが余っているなら、使えばいい。……焼却するのではなく、消費させるのだ。

 ……我ら二人が戦わずとも、この世界の魔力を使い切る新しい仕組みを構築してやる」


『……不可能。本世界の文明レベルでは、大気中の全エネルギーを消費する手段は存在しない』


「一人では無理だ。だが、今の我らには役所がある。そして……」


 ダルクは、佐藤の世界へと繋がる、あの見えない空の向こうを指差した。

「このエネルギーを、効果的に活用してくれるであろう『隣の世界』との取引ルートさえ、私には見えている」


 世界の意志……その巨大な歯車が、異音を立てて逆回転を始めた。

 システムの想定にない、未知の「解決案(企画書)」が提示されたことによる、深刻な処理遅延。


「……世界よ。一週間待て。一週間以内に、戦争よりも遥かに効率的な『エネルギー輸出入管理法』の草案を書き上げてやる。その時まで、この世界のシャットダウンは保留にしろ」


 沈黙。

 永遠にも思える静寂の後、ノートPCの画面に、一文だけ表示された。


『……Wait(待機)。……再起動まで、一六八時間。……草案の提出を待つ』


 次の瞬間、眩い光が弾け、世界に「音」が戻った。


 アイゼンたちが、時間が止まっていたことにも気づいていないようで、先ほどまでの作業を継続している。

 ダルクは、気づかれないように冷や汗を拭い、後ろにいるアルヴィスに声をかける。


「……勇者よ。……大変なことになったぞ」


「是。……一週間で、世界を救う『法案』を書くのか。……かつての魔王討伐より、ずっと高難度のミッションと定義」


「貴様のその口調……あれに似たのか」


 ダルクは、佐藤のメモ帳の新しいページを開き、力強い筆致で最初の項目を書き込んだ。

 タイトルは、『魔界エネルギーの公的輸出および人間界との貿易に関する基本合意案』。


 魔王と勇者の戦争を終わらせるための、史上最大の「書類作成」が始まった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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