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区役所勤めの魔王様  作者: はるくぼ
終章 異世界の居場所

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第50話 魔王様と出立準備

「辞令交付」の翌日から、ダルクのデスクは各課からかき集めてきた資料の山で埋め尽くされた。一ヶ月後には魔界へ渡り、そこに行政組織を立ち上げなければならない。残された時間はあまりに短く、ダルクは一刻の猶予も惜しんでペンを走らせた。


 まず初めに、ダルクは組織運営の根底となる「事務分掌規程」や「決裁規定」、さらには「文書管理マニュアル」の写しを佐藤殿から譲り受け、その全てに目を通した。


「佐藤殿、この『決裁』という仕組み。一人の担当が暴走せぬよう関係各課の承認を得る工程、これは魔界の部族間抗争を『手続き』という枠に封じ込めるための理屈として転用できるのではないか」


「いい着眼点ですね。一人の王が決めるのではなく、組織として合意を形成する。そのプロセスこそが、魔界に足りなかった『継続性』を生みます」


「そうだな。継続性、か。これから作り上げていく制度目標の一つの指標となるだろうな」


 ダルクは連日、コピー機の前に立ち、付箋だらけになった規定集を自らコピーし続けた。既に区役所内でその有能さを知らしめているダルクが、トナーの匂いに包まれながら黙々と資料を精査する姿に、周囲の職員たちも感化された。ダルクがより多くの時間、資料に目を通せるようにコピーを代わりに行ったり、ダルクが窓口に立たなくて済むように業務の調整を行っていた。


 コピーを終え、印刷物に一通り目を通して以降は、ダルクが自中席に座っていることは稀だった。二日ごとに他課のフロアを巡り、その実務を間近で観察し、鋭い質問を投げかける研修に入ったからだ。


 税務課では、窓口の背後で資産評価の推移をじっと見つめていた。


「……すまない。魔界にも魔貨という貨幣があるが、僻地では物々交換が主流だ。この『現物徴収』における評価額の算定基準、貴殿ならどう定める?」

「えっ、あ、ダルクさん……。うちだと農産物は市場価格の過去三ヶ月平均をベースにしますが、価値が安定しないなら『標準換算表』を条例で定めるのが筋かと」


 担当職員はダルクの真剣な眼差しに応え、納税猶予の特例措置についても詳しく伝授した。


 道路管理の部署では、不法占有の是正指導に同行した。

「街道に勝手に露店を出す連中や、勝手に検問を作る賊を、この『占有許可制』という仕組みで制御したい。強制撤去の手続きにおける『戒告』の期間はどう設定すべきだ?」

「法的な手順を踏むことが、後の不服申し立てを防ぐ鍵です。つまりですね、戒告期間についても制度の中で明文化するべきです。相手に寄り添いすぎず、でも優しくしすぎず。こればっかりは事例を積み上げてブラッシュアップしていくしかないかと。」


 さらに環境保全、戸籍住民、生活福祉……。ダルクは、自分より年少の職員であっても「その道の専門家」として敬意を払い、貪欲に知識を吸収した。庁内では「ダルクさんなら、本当になんとかしてしまうかもしれない」という、確信に近い期待が広まり始めていた。


 最後の週は、これまでの一ヶ月で得た知見を魔界の現実に適応させる、孤独な体系化の作業となった。

「貨幣経済と物々交換の混在に対する標準レートの策定」「種族間の身体的特徴に配慮した公共空間の概念」「魔法による不正受給を防止するための照合システム」……。

 ダルクは夜遅くまで、マニュアルの余白にびっしりと書き込みを行い、佐藤殿とマンツーマンで運用案を練り上げた。


「佐藤殿。現物納税の特例措置として、魔石一グラムに対し、標準的な穀物十キロとするレートを暫定的に定めた。これでまずは、税の公平性を担保する一歩とする。……どうだ?」

「いいですね。レートの変動に耐えられるよう、定期的な見直しの規定も入れておきましょう」


 出立の前夜。ダルクのバッグの中身は、付箋だらけになった「地方自治法」の解説本と、佐藤殿から渡された大量のボールペン、そして新品の印鑑ケースだった。


「……佐藤殿。我は行く。そして必ず、成果を持ち帰る。……この役所の職員としてな」


「ダルクさん、これをお忘れですよ」


 佐藤が差し出したのは数冊の手帳。

 ダルクが職員となった日から積み上げてきた、区役所で過ごす中で積み上げてきたメモ帳だった。


「かたじけない。とても大切なものを忘れるところだった。

 これは今の我にとってはどんな魔導書よりも価値のある、究極の武装だ」


 そういってダルクは、とても大事なものを扱うようにバッグにしまった。


 魔界を立て直す準備は整った。

 一ヶ月前、存在の不確かさに震えていた男の面影は、もうどこにもなかった。

 ダルクは、佐藤殿から託された「信頼」という名の重い辞令を、自らの存在証明として背負い、静かに机を整えた。

 そこには、二人がこの事務スペースで一ヶ月かけて築き上げた証である空のボールペンの山が、静かに朝日を待っていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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