第48話 魔王様と辞令
屋上での一件から数日。窓口の自動ドアは予算申請が迅速に通り、ようやく新しいガラスがはめ込まれた。ブルーシートが取り払われ、透明な輝きを取り戻した玄関は、今のダルクの心境を映し出しているかのようだった。
「ダルクさん、今の説明分かりやすかったです。お客様も納得されてましたね」
「うむ、この手の対応は二度ほどやったことがあるからな」
ここ最近のダルクはすっかり調子を取り戻し、以前のような危ういミスを犯すことはなくなっていた。
本人の中では答えは出ていないようだが、精神的な不安定さは落ち着いたようだ。
しかし、そんな平穏な時間は、一本の内線電話によって唐突に打ち切られることになる。
「……はい、区民課佐藤です。……区長室に今すぐ、ですか?
……はい、ダルクさんと……アルヴィスさんも。……承知しました、失礼します。」
受話器を置いた佐藤の顔に、隠しきれない緊張が走る。
隣で書類の束を仕分けていたダルクが、怪訝そうに眉を寄せた。
「佐藤殿、どうした。区長から呼び出しとは、例の自動ドアの件で説教か?
それとも、我が先日しでかした『魔王城』の誤入力が漏れたか」
「……どうでしょう。要件は伝えられていませんので」
「肯定。区長との面談。予測される事象:組織改編、または重大な懲罰。我は常に同行し、秩序の推移を記録する」
事務スペースの隅で待機していたアルヴィスが、無機質な声を上げながら立ち上がる。
佐藤を先頭に、区長室へと向かう一行。廊下ですれ違う職員たちが、いつも以上に物々しい三人の雰囲気に視線を送っていた。
重厚な木製の扉をノックし、室内へと足を踏み入れる。
そこには、デスクの奥で白髪混じりの区長が、分厚いファイルを前に眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせて待っていた。
「また急に呼びつけてすみませんね、どうぞお座りください。
……今日は、君たちに極めて重要な話をしなければなりません」
区長がこれほど厳格な空気を纏うのは、ダルクが初めてこの役所に就職した時以来だ。
ダルクは無言で区長を見据えた。
「ダルクさん。前にもお伝えしましたが、君が当区役所の職員になってからというもの、貴方の働きは目覚ましい。
そして何より、君はこの世界の『行政』という仕組みを、この短期間でかなりの速度で、確実に吸収しています」
「……過分な評価だ。我はただ、ここに居場所を繋ぐために命じられた仕事をこなしているに過ぎぬ」
「それこそ謙遜ですよ。
……そこで本題です。区役所の人事委員会、および関係各所と協議した結果、貴方のその『特殊な経歴』と、ここで学んだ『行政手腕』を最大限に活かせるポストを用意することにしました」
区長が、厳かに一枚の辞令書を差し出す。佐藤がそれを預かり、ダルクの前に広げた。そこには、目を疑うような内容が記されていた。
「本日付で、君に『魔界出向』を命ずる。出立は一ヶ月後、期間は業務完了までという辞令です。
目的は、現地における行政組織の確立、および統治機能の正常化……つまり、魔界の再建です」
「……辞令だと?」
ダルクは理解できない様子で聞き返す。
「それはつまり、ただの区役所職員として、行くということか?」
「ええ、その通りです。これは、あちらの世界のアイゼンという者からの『SOS』を受け、我が区の危機管理部門が判断したことです。直近でダルクさんを含め3名。それもどんどん繋がりが強くなってきているとのことらしいですから。そんな近場で大きな問題が起きている、こちらの世界への影響も無視できないですから。
そして、こちらはアルヴィスくんに」
そういって区長は2セットの紙をアルヴィスに差し出す。
「受け取れるのはどちらか一方です。君に、選んでもらいたい。解雇か正規職員としての出向辞令か。
……アルヴィスくん。君にはダルクさんのサポートと監視をお願いしたい。それは秘書としてでも、勇者としてでも、どちらでも構いません。」
「……了。
……私は勇者として、魔界再建を見届けたい」
アルヴィスは一瞬の思考で選択した。以前の命じられた職務のみを全うする彼とは大きく変わっていた。
ダルクは渡された辞令書を、震える手で見つめていた。
魔界への出向。それも職員としての契約のまま。
それは、名札を外すことへの恐怖を屋上で語ったばかりの彼にとって、あまりにも最適な提案だった。
「話は聞いています。王としてすべてを決めるのではなく、公務員として『誰がいなくても回る仕組み』を、あちらに作ってきてください。……佐藤くん。彼らの準備のサポート、お任せできますか?」
「はい、問題ございません」
「ありがとうございます。ではお三方、よろしくお願いしますね」
「承知しました」
「了」
「承知した」
三者三様の返事で区長室を後にしようとしたところで、区長から声がかかる。
「ダルクさん」
「なんだ」
「あなたにはまだお話があります。残ってください」
三度、区長と元魔王が対峙する――。
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