表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
区役所勤めの魔王様  作者: はるくぼ
終章 異世界の居場所

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/63

第45話 魔王様と偽りの平穏

前話の続きです

<ダルク視点>


 佐藤殿が置いていった茶の湯気が、視界を白く縁取る。

 アイゼンは床に額を擦り付けたまま、ピクリとも動かない。

 その隣で、アルヴィスが機械的な手つきで湯呑みを持ち上げた。


「……ダルク様。どうか。どうか、我らを見捨てないでいただきたい」


 アイゼンの震える声が、足元から響く。

 左胸の名札にそっと触れた。指先に伝わる安っぽいプラスチックの感触。

 今は、自らの胸に掲げるこの小さな板こそが、我という存在を世界に繋ぎ止めている唯一の錨だ。


「アイゼン。……今はまだ、戻れぬ」


 自分でも驚くほど静かな声で告げた。アイゼンが弾かれたように顔を上げる。


「なぜです!? 貴方様を縛る魔力など、この世界には存在せぬはず!

 貴方様を縛っているのがあの男なのであれば、やつを斬ればそれで済む話ではありませんか!」


「……よせ、アイゼン。佐藤殿に向けるその殺気、収めろ」


 アイゼンを正面から見据える。


「我は今、この世界で学ぶべきことがある。かつて我らが築けなかった、真の秩序の形をだ。

 今の我が魔界に戻ったところで、また以前と同じ停滞を繰り返すだけだ。

 それは、魔界の再建ではなく、緩やかな死への回帰に過ぎぬ」


 口から出たのは、アイゼンを納得させるための、もっともらしい建前だった。

 だが、その舌の裏側では、卑小で醜い恐怖がどろりと渦巻いている。


 あの日、王紋を失ったと気づいた瞬間のあの感覚。

 音が消え、光が失われ、自分が自分であるという認識すら霧散していく、あの「無契約者」への転落。

 もし今、魔力も王紋もないまま魔界へ戻り、あちらの世界から「魔王ではない」と拒絶されたら?

 契約の鎖が一本も繋がっていない魔界という空虚の中で、我は霧のように消えてしまうのではないか。


 ……結局のところ、我は、帰るのが怖いのだ。


「……学ぶ、ですと……?」


 アイゼンが呆然と呟く。その隣で、アルヴィスが冷徹な視線を投げかけてくる。


「対象の心拍数の微増を確認。……今の言葉、論理的な理由か、それともただの回避行動か」


「……黙っていろと言っているだろう、勇者」


 そう言ってアルヴィスを睨みつけ、アイゼンに向き直った。


「行け、アイゼン。魔界へ戻り、皆に伝えろ。ダルクは死んではおらぬ。

 ……我という指標を失っただけで死ぬような魔族を、我は育てたつもりはない。

 我が帰るその時まで、魔界をこれ以上腐らせるな。それは、我ではなく『お前たち自身』の仕事だ」


「魔王様……」


 アイゼンは我の言葉の裏にある怯えに気づくこともなく、強固な忠誠心ゆえにそれを「深遠な計略」と受け取ったようだった。その証拠に今の彼は土下座ではなく、深く首を垂れている。


「……そこの男に知恵を授かっているというのなら、今はそれを甘んじて受け入れます。

 王よ、その学びを終えるまで、このアイゼンが魔界の種火を守り抜いてみせましょう」


 アイゼンは意を決したように、真っ直ぐ我を視線で射抜いてくる。

 その視線に、耐え難い自己嫌悪を感じていた。


「……しかし、私はどのように向こうに戻ればよろしいのでしょうか」


「なに?アイゼン、貴様どうやってこちらに来たのだ」


「そこの勇者が貴方様を補足したと言って消えたので、その残滓をたどってこう……ぐいっと」


「……この脳筋めが……!その後先考えぬ行動を直せとあれだけ言ってきたろうに……」


 その時、再びドアがノックされた。

「再び失礼しますね。アイゼンさんの帰還の手筈を整えてきましたよ」


 いつの間にか部屋から出ていた佐藤殿が、入口から答えた。


「さっきのダルクさんの会話からして、帰還を促すだろうと思ったので先に準備を進めておきました。

 3回も人が来たおかげで、こちらとのつながりは強まってるようですよ。すぐ帰れるって」


「そうか……佐藤殿、何から何まですまぬな」


「いえいえ、これも業務の一つなので」


 佐藤殿はそういって我とアイゼンを伴い、帰還用の装置へと案内してくれた。


「では魔王様。貴方様の帰還をお待ちしております」


 最後に彼が見せた瞳は、希望を取り戻した部下のそれだった。



 アイゼンの帰還を見届け、再び会議室へと戻る。

 静寂が戻った部屋で、椅子に深く腰掛け、長い吐息を漏らした。

 佐藤殿が、片付けをしながら静かに言う。


「ダルクさん。さっきの話、半分は本当ですよね。

 ……でも、残りの半分についても、私は相談に乗りますよ。あなたの教育係ですから」


 佐藤殿は我の内側の震えを見透かしたように、それだけ言って部屋を出て行った。

 アルヴィスもまた、手帳を閉じ、無言で後に続く。


 一人残された会議室で、自分の何もない手を見つめる。

 部下に見せた希望と偽りの平穏。


 そのどちらもが、手からこぼれ落ちる予感がした。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


「おもしろい」「続きが気になる」と思っていただけたら、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ