第43話 部下、襲来
「平和」という名の平穏な朝を、その音は物理的に粉砕した。
――ドーーーン!!
耳を劈く硬質な破壊音。区役所の正面玄関、かつて二度、魔王と勇者によって破壊され、ようやく新調されたばかりの自動ドアが、今度は内側からではなく「外側」からの衝撃によって、無残な破片となってフロアに飛び散った。
「ヒッ……!?」
「何、今の音!?」
悲鳴が上がる一階フロア。
土煙とガラスの粉が舞う中、ゆっくりと、しかし確実な殺意を伴った足音が近づいてくる。
「……ふむ。この世界の『結界』は随分と脆いな。我が軽く小突いただけでこれとは。やはり脆弱な者たちの住処か」
響き渡る声は、地底のマグマが震えるような重低音。
そこには、全身を漆黒の甲冑で包んだ、巨躯の男が立っていた。背負った大剣は、それ自体が一つの記念碑のような威圧感を放っている。
「……まさか」
窓口を見つめて呆然としていたダルクの顔が険しくなる。
その剣を、ダルクは知っている。何百年もの間、自分の右腕として、魔界の敵をすべて灰にしてきた忠義の剣。
「……アイゼン……? なぜ、貴様がここに……」
「……おお、おおお……! その声、微弱ながらも感じるその魔力の残滓……間違いようもない!」
黒い巨躯が、ダルクの姿を認めた瞬間、フロア全体がミシミシと軋むほどの咆哮を上げた。
男――かつてのダルクの右腕であった将軍アイゼンは、目にも留まらぬ速さで受付カウンターへと詰め寄る。
「魔王ダルク様! お迎えのため馳せ参じました!
……貴様ら下等生物ども、我が王をこれ以上このような狭苦しい箱庭に閉じ込めるなら、この街ごと塵に帰してくれようぞ!」
アイゼンが背後の大剣に手をかけ、一気に引き抜こうとした。
だが、その太い腕が振り上げられるよりも早く、二つの影が雷光の如き速さでアイゼンの両脇に食らいついた。
「――そこまでだ。公共施設での抜剣は、重大な秩序違反と見なす」
アルヴィスが、その無機質な瞳に鋭い殺気を宿し、アイゼンの右腕を万力のような力で抑え込む。
「営業妨害っ!なのです!」
リィナもまた、普段の緩い空気を一変させ、小柄な体からは想像もできない膂力で左腕を抑える。
「ぬぅ……!? 貴様ら、放せ! 我が王を辱める不届き者が……!」
「待て、アイゼン! 剣を収めろ!」
ダルクがカウンターを飛び越え、怒声に近い制止の声を上げた。
「これ以上ここを壊すな! 貴様が何をしに来たかは知らんが、ここは貴様の戦場ではない。
……我が働く『職場』なのだ!」
「魔王様……? 職場……?」
かつての主君の必死な表情に、アイゼンが僅かにたじろぎ、腕の力を緩める。
フロアには、割れたガラスの破片と、避難を始めた住民たちの騒然とした空気が満ちていた。
(よりによって区長不在の日に……!)
直近三度目の出来事。初めての邂逅よりも冷静だった佐藤は思考を巡らせる。
(たしか区長は昼には戻るはず。ならばそれまで隔離するしか……
でもどうやって…… 待て、たしか今……)
「ダルクさん」
黒い鎧の男と相対している元魔王に呼びかける。
「彼はさっき、あなたの制止はすんなり聞きました。
区長が戻るまで別室で彼を見張れますか?」
「それは可能だ。だが万が一こやつが暴れだすと厄介だ。
魔力のない今の我では周りに被害を出さずに止めれる保証がない」
「でしたら、アルヴィスさんとならどうですか?
勇者と魔王の二人なら抑えれますか?」
「……む」
ダルクは心底嫌そうな顔で勇者をみる。
しかし今の状況を見て、最善の判断を下す。
「……仕方ない。今はあやつを抑えることが優先だ。
承知した、佐藤殿。やつと二人であやつを見張ろう」
「すみません、お願いします。
今の時間は第三会議室が空いているのでそこを使ってください。
使用の申請は私から出しておきますから」
「かたじけない、恩に着る
……アイゼン、来い! 貴様に聞きたいことは山ほどある!」
ダルクの鋭い一喝に、アイゼンは「は、ははっ!」と、反射的にかつての臣下としての顔を覗かせた。
「何をしている、勇者。先ほどの佐藤殿の指示は聞こえていただろう。
貴様も共に来い」
「是。佐藤の指示が最善と判断」
アルヴィスが無機質に、しかし確かな同意を告げる。
こうして、一時的な平穏が区民課のフロアに戻ってきた。
佐藤は三人の背中を見届けたのち、事態の収拾に動く。
「リィナさんは区民課の皆さんで来庁者に怪我がないか確認して、避難誘導をお願いします。
……私は警備室と施設管理事務所に行ってガラスの撤収等を依頼してきます」
「はいです!お任せなのです」
そういってリィナも即座に動き出す。
「……はぁ、これで三度目。ダルクさんの世界は自動ドアに恨みでもあるんだろうか……」
これから行く施設管理事務所でまずはこっぴどく怒られることが目に見えているため、大きくため息をつき、動き出す。
施設管理事務所へ向かう廊下で、佐藤は一度だけ会議室の方を振り返った。
「……ダルクさん、任せましたよ。そっちはあなたの『仕事』ですから」
異世界の因縁が、一室に閉じ込められた。
嵐の前の静けさを切り裂くように、佐藤の靴音が廊下に響き渡った。
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