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区役所勤めの魔王様  作者: はるくぼ
終章 異世界の居場所

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第41話 魔王様の定義

 アルヴィスによる「研修」という名の嫌がらせは、三日目を迎えても一向に衰える気配がなかった。

 それどころか、彼の観察眼はより深淵へ――あるいはより「面倒な方向」へと進化を遂げていた。


「……対象ダルク・ゼルグ。接客開始から2分14秒経過。口角の角度が三度低下。疲労によるホスピタリティの減衰を検知。糖分の補給によるパフォーマンスの再構築を推奨する」


「……黙って見ていろと言ったはずだ、勇者。それと、飴玉ならさっきリィナ殿に貰って舐めたばかりだ」


 ダルクは、窓口に置かれた「ご意見箱」の回収作業を行いながら、背後の精密機械に向かって吐き捨てた。

 今日のアルヴィスは、昨日までのような細かい事務作業の指摘を一時休止していた。

 代わりに彼が始めたのは、ダルクという個体の「行動原理の分析」だ。窓口の端に立ち、ダルクが市民と接する一挙手一投足を、瞬きもせずに見つめ続けている。


「……理解不能。先ほどの個体(市民)は、自身の書類不備という明白な非がありながら、貴殿に対し不当な怒声を浴びせていた。

 秩序の観点から言えば、あれは排除すべきノイズだ。なぜ貴殿は、謝罪という非論理的な行動を選択した?」


「それが『窓口』というものだ。あのような手合いを力でねじ伏せても、新たな火種を生むだけで秩序は守られぬ。

 制度の枠内で納得させる。それが、この世界の、この役所の戦い方なのだ」


 ダルクは、回収したハガキの束をトントンと机に叩いて揃える。アルヴィスはその様子をじっと見つめ、手帳に何かを書き込んだ。


「非効率だ。貴殿のような高エネルギー個体が、なぜそのような瑣末な感情の処理にリソースを割く必要がある。かつての貴殿であれば、一瞥して消し炭にしていたはずだ」


「……その話を公衆の面前でするなよ。今はもう秩序の破壊者ではない。ダルクという一職員なのだからな」


 ダルクは佐藤の方をチラリと見た。幸い、佐藤は電話対応に追われており、こちらの物騒な会話には気づいていないようだった。


 午後になると、窓口はさらに混雑を極めた。

 特に厄介だったのは、近隣住民との境界トラブルで持ち込まれた、終わりの見えない苦情の数々だ。ダルクは、地図を広げて「ここまでは公道で、ここからは私道で……」と、何度も同じ説明を繰り返す。


 アルヴィスはその横で、まるで彫像のように立ち尽くし、その光景を脳内メモリに刻み込んでいた。


 やがて、長い一日が終わり、閉庁のチャイムがフロアに流れる。

 夕闇が差し込むオフィスで、ダルクは大きく伸びをして、凝り固まった肩を回した。


「……ふぅ。今日も何とか乗り切ったな」


「不可解だ」


 背後から、アルヴィスの声が響く。彼はまだ、パイプ椅子に座ったまま、ダルクの後ろ姿を見つめていた。


「何がだ。まだホチキスの角度に不満でもあるのか?」


「否。ダルク=ゼルグという存在の『定義』について」


 アルヴィスは手帳を閉じ、ゆっくりと顔を上げた。


「私はこれまで、魔王を『世界の秩序を破壊する絶対的な悪』と定義してきた。その個体を排除することこそが、私の役割の完遂であったはずだ。

 だが……」


 アルヴィスは、ダルクが丁寧に整理し、一点の曇りもなく整頓されたデスクを見つめた。


「……今の貴殿は、自ら『歯車』となり、この世界の微細な秩序を守る側に回っている。かつて世界を揺るがした男が、なぜこれほどまでに矮小な仕組みの一部であることを受け入れている? 貴殿が消えた後の、あの虚無に満ちた場所よりも、この窮屈な箱庭の方が価値があるというのか」


 ダルクは、片付けようとしていたスタンプ台の手を止めた。

「……価値、か。我にもわからぬ。だがな、勇者よ。強大な力でねじ伏せる秩序よりも、誰もがルールという名の共通認識に従って回るこの『仕組み』の方が、我にはよほど強固なものに見えるのだ」


「共通認識。個人の意志に依存しない、秩序の自動化か」


 アルヴィスはそう呟き、深く考え込むような仕草を見せた。


「……だが、違和感が消えない。私のセンサーが、微かなノイズを観測し続けている。貴殿という主軸を失ったあちらの世界が、いつまでもこの静寂を許容するとは思えない。

 役割を失ったモノに、世界がいつまで『無役』を許すのか。それは秩序の計算式には存在しない変数だ」


 アルヴィスはそう言い残すと、音もなく立ち上がり、区長室の方へと去っていった。


 静まり返ったフロアで、ダルクは独り、自分のデスクを見つめていた。

 勇者が残した「違和感」という言葉が、秋の夜風のように心に冷たく刺さる。

 ダルクは引き出しから、佐藤に貰ったあの使い古されたメモ帳を取り出した。そこには、彼がこの世界で学んだことが、不器用な文字でびっしりと書き込まれている。


 平和だ。この場所は、驚くほど平和で、そして正しい。

 しかし、ダルクの胸の奥で、まだ正体もつかめない小さな「ざわつき」が、静かに波紋を広げ始めていた。


 窓の外では、街灯が一つ、また一つと灯り、整然とした夜の街を照らしていく。

 その光の届かないずっと遠い場所で、何かが動き出そうとしていることに、今のダルクはまだ気づく由もなかった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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