第4話 魔王様、初出勤
佐藤は、いつもと同じように区役所の裏口をくぐった。
まだ人の少ない庁舎は、静かで、少し冷たい。
いつもどおり始業の打刻をし、自分の席のPCを起動する。
何にも変わらない、今までどおりの一日が始まる——
——はずだった。
視界の端に、見慣れない影がある。
昨日の件を思い出しながら、佐藤はため息をひとつついた。
「……おはようございます」
「佐藤殿。おはよう。今日から勤務開始だ。
改めてよろしく頼む」
そこにいたのは、
スーツでも作業着でもない服装の新規採用職員だった。
「よろしくおねがいします。えーっと、ダルクさん でしたっけ?」
「おぉ、そうだな。改めて自己紹介といこう。
我はダルク=ゼルグ。元の世界では魔王をしていた。好きに読んでくれて構わぬ。」
「わかりました、ではダルクさんで。
私は佐藤恒一と申します。」
「うむ。佐藤殿、よろしく頼む。」
(まじで職員になってる...)
昨日のやり取りを思い出す。そもそも区長は冗談を言うタイプじゃない。
つまりこれは、本当に現実なのだ。
ということは、だ。あの件も本当のことなのだろう。
「ダルクさん、本日の業務の内容はなにか聞いていますか?」
「いや、まだ何も聞かされておらぬ。あそこにいる女性から打刻の方法は教わったが、
業務に関することは佐藤殿に聞くようにとな」
(あーー。やっぱりだ。俺が魔王様の教育係かぁ)
平穏な毎日が崩れ去る音がしたーー
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「ーーー以上となります。他に何か伝達事項はございますか?」
朝礼も終わりに差し掛かった頃、係長が手を上げる。
「えー、皆さん。昨日お伝えしたとおり、
本日から区民課に新しい職員が入ります」
ざわ、と小さなどよめきが起きる。
「臨時職員のダルクさんです。
佐藤さんが教育係を担当しますので、よろしくお願いします」
「うむ、皆のものよろしく頼む」
ダルクが一歩前に出て、深く一礼した。
その所作だけは、妙に様になっていた。
「はーい、ダルクさん、よろしくおねがいしますね。
えー、その他伝達事項はございますか? ...無さそうですね。
では皆さん、本日もよろしくおねがいします。」「「「よろしくおねがいします」」」
朝礼も終わり、各々が自身の業務に取り掛かる。
佐藤も早速、魔王様の教育係としての仕事を開始する。
「ダルクさん、まずは区民課の案内をしますね。私についてきてください。」
「承知した。佐藤殿に従軍だな。」
聞かなかったことにした。
訂正すると、話が長くなる予感しかしなかった。
「まずここはデスクスペースです。それぞれの席がありますので、基本はそこで業務を行ってください。
すぐそばのこちらが窓口です。来庁された区民の皆様の対応をする場所ですね」
「ふむ。ここで決闘が申し込まれるわけだな。」
「そんな対応はありませんよ!?仮に来たとしても受けないでください!」
今度は流石にスルーできなかった。
「む。しかし魔王たるもの挑まれた勝負には応じねば...」
「大丈夫です、ダルクさん今魔王じゃないですから。あっ...」
しまった。思わず思ったことをそのまま口にしてしまった。
「...ふ。たしかにな。
確かに今の我は魔王ではない。単なる一兵卒、いや傭兵といったところか」
「全然違いますね」
即答だった。考える余地すらなかった。
どうやらこの魔王、どうしても戦いと結びつけたがる節がある。
「いいですか、ダルクさん。まず区役所の職員は戦いません。
いえ、戦わないはちょっと間違いかもしれないですが、我々の武器は紙、それと制度です。」
「神だと!職員とは召喚士であったのか...
しかし神と契約するとは恐れ入った。」
「なんかイントネーション違いますよね、それ...
神ではなく紙ですよ。ほらちょうどそこのプリンターで印刷してるやつ」
「ただの箱から紙が大量に...?まさか錬金術も扱えるのか!」
「なんですか錬金術って...
一般家庭にも普及してる機械ですよ、それ。」
佐藤は一度、深呼吸をした。
脳内をリセットさせ、次の一手を考える。
(よし。順番を変えよう。案内は後回しだ)
「一旦案内はここまでにして、次の業務として、区民課の業務内容を少しずつ把握していきましょう」
「なるほど。後方支援というわけだな」
「そういう感じです」
「よし、理解した。
では佐藤殿、我は何をすればよい?」
魔王様もやる気たっぷりのようだ。
「……まずはですね」
佐藤は、引き出しに手をかけたまま一瞬だけ止まった。
これを見せたときの反応は、もう想像がついている。
佐藤は机の引き出しから、一冊の分厚いファイルを取り出した。
「このマニュアルを、一緒に読みます」
「これは...呪文書か?
この厚さ、上 いや超級に値しそうだ。」
「値しないですね。ただ業務の流れがまとまっているだけです。」
これまでの問答で佐藤は確信した。
——今日一日、長くなる。
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