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区役所勤めの魔王様  作者: はるくぼ
第2章 異世界準拠の当たり前

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34/63

第34話 契約

このお話は29話からの一連の話の終着点です。

29話〜33話をまだお読みで無い方は、そちらを先に読んでいただけますと、より深くお楽しみいただけると思います!

その日の業務終了後。


庁舎の空気が、昼間のざわめきを失い、少しだけ柔らいだ時間帯。

佐藤はコーヒーを片手に、ダルクの隣に立っていた。


「……さっきの件なんですけど」


唐突な切り出しだったが、ダルクは特に気にした様子もなく、視線だけを向けてくる。


「ダルクさんがそこまで『契約』を重んじる理由が気になりまして……

もちろん、契約を蔑ろにすることは決して良いことではありません。

でも先ほどのダルクさんには、それとは違う次元の重みがあった気がして……」


ダルクは下を向きしばらく沈黙した。

そして、再び佐藤の方を向き、じっと見つめる。


「理由か……そうだな。話すと長いが、よいか?」


「えぇ、聞かせてください」


佐藤が頷くと、ダルクは静かに語り始めた。


「さて、どこから話すのが良いか……

そうだな。我は物心つく頃にはすでに魔王だった」


「物心って……

ご両親が早くにお亡くなりに?」


佐藤は思わず息を吞む。子ども時代に、そんな重責を背負っていたとは想像もつかない。


「違う。そもそも我の世界では、魔王は世襲制ではない」


「世襲じゃないってことは、ここと同じように選挙のような制度が――」


()()だ」


「え?」


「世界が、次なる魔王を選ぶ。

我の世界が、我を魔王たれと選任し、我はそれに応じたのだろう」


佐藤には理解が及ばなかった。世界が選ぶとか、想像の範疇を超えている。


「ふ、理解に苦しむか?

つまりだな、我は幼少の頃に、我の名をもって世界と契約したのだ」


「契約……世界と……

すみません、まだちょっと理解が……」


「当然だ。この世界の在り方と全く違うのだからな。


――話に戻ろう。

幼い頃に選ばれ、ずっと魔王であった我は、その契約を通じて自らが存在することの意味を学んだ。

契約に従うことこそ、己が『在る』ことの証明であったのだ」


佐藤は、思わず眉をひそめる。


「……えっと、つまり、契約がなかったら、ダルクさんは『存在していること』すら認められないってことですか?」


ダルクは小さく頷いた。


「少なくとも、我の感覚ではな。

もし契約がなく、名を捨てれば、我が何者であるかも分からぬ。存在の意味すら揺らぐと思っている」


佐藤は口元に手をやる。

己の存在の意味とか、普通に生きていて考えることなんてない。


しかし、ふと、佐藤は気づく。


「でも、ダルクさんは先ほど『己の名をもって、その義務を全うするというもの』とおっしゃってませんでした?

この世界にいるというのは、契約の義務を全うできていると言えなくなってしまうのでは?」


()()()()()()


ダルクから返ってきたのは、まさかの肯定。

しかしその表情はどこか諦観の様相を示していた。


「佐藤殿のおっしゃるとおり、我がここにいるということは契約に反していることになる。

それどころか、我は今、この区役所の職員として契約をしている。


それは、先の男に叱責した契約を軽んじる行為に変わりない」


「そんな……一体どうして――」


「通常ならな」


再び佐藤の発言を遮るようにダルクが告げる。


「世界との契約は、手の甲に紋として刻まれる。

我も魔王()()()頃は、王紋と呼ばれる紋様がこの手にあった」


「魔王だったって……あっ」


佐藤はハッとする。脳裏に、魔王がこちらに来たときの発言が蘇る。


『ふむ。どうやら我の統べる世界とは別の世界のようだ。魔力も感じぬ。

――む?王紋もか…?』


「王紋が、ない……」


「そうだ。

我を魔王たらしめていた世界との契約は、今は解消されている」


佐藤はダルクになんと声を掛けたらいいのかわからなかった。

己の存在証明の手段が失われたこの男の失意は、当時どれほどだったのだろう。


そんな佐藤をよそに、ダルクは静かに続ける。


「我にとって、契約という行為が我の存在を保証する。

ならば、何者でもない自分が存在できる手段を持つことが、必要だったのだ。

そこにあの区長から出された話が、雇用契約だった。


魔王という役目を失った我に、次は区役所の職員たれと契約が提示された。

己の在り方を求めていた我にとっては、それは救いだった」


「だから、あんなにあっさり一職員に落ち着いたのですか」


「そうだ。そういう契約であったからな」


佐藤は少し目を細めた。

そうか、契約は魔王にとって単なる約束ではない。

それは、自らの存在を世界に示す道であり、命じられた役目そのものだった。


「分かった気がします。ダルクさんが、今日の件であそこまで感情を露わにした理由が」


ダルクは小さくうなずく。


「契約とは、我にとって存在の証。

故に、契約を軽んじる者には、容赦はせぬ」


佐藤は深く息を吐いた。

――ダルクの言動の根底にあるものが、やっと見えた気がした。

いつもご覧いただきありがとうございます!


この34話に至るまでの数話、構想段階から一番書きたかったシーンでした。


彼が「公務員」として積み重ねてきた丁寧な日々。その根底にあるダルクの「契約観」を感じていただけたでしょうか。


もし「今回の魔王、最高だった!」「震えた!」と思ってくださった方は、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をお願いします!

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