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区役所勤めの魔王様  作者: はるくぼ
第2章 異世界準拠の当たり前

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第33話 逆鱗

 今度は、リィナさんが自分の窓口にやってきた。

 手には何やらタブレットといくつかの書類を持っている。


「すまぬな、リィナ殿。

 何も言っていなかったがよく理解してくれた」


「はいです、目が語ってたです。

 この前の男性が来たから、()()()()()()()申請書類を持ってきてくれ、と。

 これがその書類です。あとこっちはその申請書が提出された日の防犯カメラの映像なのです」


「……ダルクさん?リィナさん?

 これは一体……?」


 どうやら、ダルクがリィナに指示を出していたようだ。


「な、なんですか?それは……

 それに保留させていたって……」


 男に初めて、動揺が生じる。


「先ほど、それほど待たせぬといったであろう?

 証拠が向かってきていると確信していた故な」


「でも、証拠はないって……」


()()()()、と言ったと思うが?」


 逃げ場がない――。

 佐藤はそう感じた。


 先ほどまでのダルクの会話が一歩ずつ、男を追い詰めているようだ。


「さて、まずこちらのタブレットから見ていこう。

 見るべきは2日分だな。まずは先月上旬の☓日だ」


 そうして、タブレットで録画映像を再生する。


 画面に映ったのは、区民課のフロアだった。

 今と同じ配置、同じ窓口、同じ照明。

 映像の端に、日付と時刻が表示されている。


「……これは」


 佐藤が息を呑む。


 映像の中央に、一人の男が映っていた。

 窓口に腰掛け、職員と向かい合っている。


 服装は今とは違う。

 髪型も、眼鏡の有無も異なる。

 だが――


「……同じだ」


 佐藤の口から、思わず言葉が零れた。


 座り方。

 背筋の伸ばし方。

 肘の置き方。

 説明を聞くときの、わずかな前傾。


 男は、無意識のうちに自分と同じ仕草をなぞっていた。


「次は、先月末の映像です」


 リィナが指で操作すると、画面が切り替わる。

 同じフロア。

 同じ窓口。

 そして――今、佐藤の前に座っている男。


「……偶然だ」


 男が、低く言った。


「姿が似ている人間など、いくらでもいる。

 体格も年齢も、特別なものじゃない」


「では、こちらはどうです?」


 リィナが、書類を一枚差し出す。


「これらは、先月提出された申請書の写しです。

 そしてこちらが、今日提出されたもの」


 三枚の紙が、机の上に並べられる。


 佐藤は、無意識に身を乗り出した。


「数字の癖……」


 呟く。


 どちらの書類でも、“4”の最後の一画が、わずかに抜けている。

 筆圧が、同じ位置で緩んでいた。


「筆跡鑑定ほどの精度はありませんが、

 意識して直すのは難しい癖なのです」


 リィナの声は、淡々としていた。


 男は、視線を逸らした。


「それが何だというんです?

 筆跡が似ているから、同一人物だと?」


「違う」


 ダルクが、静かに口を開いた。


「貴様が同一人物であることは、すでに確信している。

 これは単なる確認に過ぎぬ」


「……だったら、名前はどうなんです?」


 男が、半ば叫ぶように言った。


「先月の申請者と、私は名前が違う。

 偶然似ているだけで、同一人物だと言うんですか?」


「偶然で済むなら、便利な世界だな」


 ダルクは淡々と告げる。


「貴様、名を変え、身分証を偽造し、申請を複数出しているな」


 佐藤はすでに男が何をしているか、いや、しようとしていたのか理解していた。


「ダルクさん、それってつまり……」


「うむ、()()()()()()()()()だ」


 その言葉に、男の表情が歪む。


「だからなんだって言うんですか!」


 突如、声を荒げる。


「制度に穴があるなら、使うのは当然でしょう!

 ちゃんと書類は通ってる!照会だって問題なかった!」


「照会が通った、か」


 ダルクは視線を上げ、男を見据えた。


()()()、の間違いであろう?」


 男の喉が鳴る。


「な、何を言って……」


「ここまで大きな問題に発展したのだ。内部も含め、詳しい調査は入る。

 そうすれば自ずと、貴様に与した者の名も明らかになるであろう」


 男は、言い返そうとして――言葉を失った。


「……生活が、苦しかったんだ」


 絞り出すように言う。


「働かなくても、もらえる金があるなら……

 誰だって、そうするでしょう?」


「“誰だって”ではない」


 ダルクは即座に否定した。


「選んだのは貴様だ。

 楽を、悪用を」


 静かな声だったが、逃げ場はなかった。


「制度は、信頼の上に成り立つ。

 それを破る者は、制度に守られぬ」


 ダルクは窓口越しに一歩、男に近づく。


「そして、貴様が行った行為は制度だけの問題ではない。

 ()()()()()()()()()()()だ」


 その瞬間、空気が変わった。

 ここ最近抑えられていた威圧感が、今まで以上に放たれている。


 佐藤は、思わず喉を鳴らした。


 契約。

 信頼。

 制度。


 確かに、言っていること自体は正しい。

 だが――重さが違う。


 法令違反を咎めているはずなのに、

 ダルクの言葉は、もっと根源的なものを裁いているように聞こえた。

 ――まるで、「生き方」そのものを測っているかのように。


「契約とは」


 ダルクは、静かに、しかし重たい声音で告げる。


「己の名をもって、

 その義務を全うするというものだ」


「名とは、責任だ。

 名とは、役割だ」


「名とは――

 己が何者であるかを、この世界に示すための証だ」


 男が、わずかに息を呑む。


「名を捨てるということは、

 己が何者であるかを捨てるということだ。


 それは逃げではない。

 ――存在の放棄だ」


「……っ、そんな大げさな――」


「大げさではない」


 即座に、切り捨てられる。


「貴様は己が何者かを証明する名を偽った。

 それだけが、確かな事実だ」


 ダルクの瞳が、冷たく細められた。


「貴様に、口を開く資格はない」


 その言葉に、男は反射的に口を開きかけ――

 何も言えず、閉じた。


 そこには、反論すべき余地がなかった。


 法を犯したからではない。

 制度を悪用したからでもない。


 自分が「名」を軽んじたという事実だけが、

 どう言い繕っても否定できなかったからだ。


 名を変え、立場を変え、責任をすり替え、

 それでもなお「自分は賢く立ち回っただけだ」と

 どこかで信じていた。


 だが、ダルクの言葉は、その逃げ道を根こそぎ断っていた。


 男は崩れ落ちた。


「契約という行為を踏みにじったこと――

 万死に値する」


 その言葉は、怒号でも呪詛でもなかった。


 沈黙が落ちる。

 佐藤は、背筋を正した。


「……ダルクさん、その辺で止めてください。言い過ぎになります。

 後は警察を呼んで、対応してもらいます」


「頼んだ」


 ダルクは踵を返す。


「これは、ただの犯罪行為だ。

 だが――」


 一瞬だけ、振り返る。


「契約を軽んじる者が、

 世界に居場所を求める資格はない」


 そう言い残し、ダルクは窓口を離れた。

いつもご覧いただきありがとうございます!


窓口でのあの一言。

ダルクがなぜあんなに「マニュアル」や「言葉」を大事にしていたのか……その理由が、少しだけ見えた回でした。


「怖かった!」「魔王様かっこいい!」など、今の率直な叫びを感想欄にぶつけていただけると嬉しいです!


次回、第34話「契約」ーー

本日17:00に更新します。

彼がずっと守り続けてきたものの正体、ぜひ見届けてください。

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