第27話 魔王様の人望
最近、区役所のある一角で、大きな変化が起きていた。
それは昼休憩のこと。
昼食を終えた佐藤は、コーヒーを入れるために給湯室にいた。
だが、明らかに給湯室を利用するにしては人が多すぎる。
(……今日も集まってるなぁ)
給湯室に集まる職員たち。
その中心にいるのは、まさかのダルクだった。
コーヒーの入ったマグカップを片手に持ち、壁にもたれながら話を聞いていた。
「だから、その確認が取りづらくて……」
「ふむ。確認できぬ状態で進めるのは、後で必ず齟齬を生む」
若手職員がこぼすように言うと、ダルクは即座に答える。
「ならば、“できない理由”を整理するのだ。
怠慢と制約は、似ているが別物だぞ」
「……あ、なるほど」
メモも取らず、声も張らず、ただ淡々と。
それなのに、周囲の空気がすっと整う。
(昼休み、だよな……?)
佐藤はお湯を注ぎながら、その光景を眺める。
業務時間中ならともかく、今は完全に休憩中だ。
それなのにまるで小会議でもしているかのように、ダルクを中心に議論が飛んでいる。
「最近、いつもこうなのです」
小声で声をかけてきたのはリィナだった。
彼女もまたマグカップを持ち、少し離れた位置から様子を見ている。
「リィナさん、お疲れ様」
「お疲れ様なのです。
……最近すごいですね、あれ」
「うん、そうだね」
佐藤は苦笑しながら答えた。
「前までは腫れ物を扱うかのように遠巻きに見られてただけなのに、
今ではすっかり人気者だね」
「本人は自覚して無さそうなのです……」
視線の先では、別の職員が、順番を待っていたように一歩前に出る。
「ダルクさん、これ相談ってほどじゃないんですけど……」
「構わぬ。話してみよ」
明らかに増えた、職員とダルクの会話。
きっかけは明らか。あの区長選挙での非公式答弁だ。
「ダルクさんははっきりと客観的にコメントをくれますからね。
それでいて、切り捨てるわけではなく真摯に向き合ってくれるからこそ、ああして人が惹き寄せられるんだろうね」
「はいです。
さながら魔王の出張相談所なのです」
「ありがとうございました!おかげさまで思考がクリアになった気がします!」
また一人、ダルクに悩みを打ち明けた職員が去っていく。
やがて、自然とその輪はほどけていき、ダルクは空になったコーヒーを入れ直す。
「……なんだ」
「いえ、随分真摯な出張相談所だねってリィナさんと話してただけですよ」
「そうなのです。
さすが元魔王さんなのです、管理職向きなのです!」
佐藤とリィナがそう伝えると、ダルクは不思議そうに眉を上げる。
「我は、ただ事実を述べただけだ」
「そういうところですよ。
相談する人って、答えを求める人ばかりではなく自分は間違ってないと背中を押してほしい人もいますから。
そういう人にとっては、事実を伝えてくれるダルクさんが相談先に適してるんですよ」
「……なるほどな」
どうやら腑に落ちたようだ。
本人も、なぜこんなに人が集まるのか理解できてなかったのかもしれない。
「しかし、あれだけ異物感のあったダルクさんが、いまではすっかり区役所の一部になってますね。
初期から一緒に仕事してきた身としては嬉しい限りです」
「それは、教育係が佐藤殿だったからであろうな。
我が多少ズレた発言をしても、決して突き放さず訂正してくれていた」
「えっ、ズレてた認識あったんですか?」
「こうも勝手の違う世界だ。我にとっての当たり前が、そのままこの世界でも通用するとは端から思っておらん」
「……まだたまにズレてますよ?」
「……なんだと」
ダルクは心底驚いたように目を見開いた。
「えっ、心当たりありません?」
佐藤が首を傾げると、リィナがすかさず口を挟んだ。
「昨日もズレてたです」
「昨日だと?」
「『昼休憩は戦闘準備のための再編時間だ』って言って、
職員さんに精神統一を勧めてたです」
「……あれは合理的であろう。精神を統一することは集中力の回復に――」
「普通は昼寝とかストレッチなんですよ」
「昼寝!?」
ダルクは一瞬、言葉を失った。
「それはさすがに無防備にも程があるだろう……」
「平和な職場ですから」
佐藤は苦笑しながら答えた。
ダルクは少し考え込んだ。
そして――
「つまり、我は相談役として適しているが、言葉選びにはまだ改善の余地があると」
「そういうことです」
「ですです」
二人に同時に頷かれ、ダルクは腕を組んだ。
佐藤は、給湯室の時計を見て告げる。
「そろそろ昼休み終わりですよ」
その言葉を合図にしたかのように、
給湯室の外が慌ただしくなっていく
「昼休憩終了なのです」
「そうだな、まもなく午後の業務開始だ」
ダルクはそう言いながら、空のマグカップを見下ろした。
「……ところで佐藤殿」
「はい?」
「我は今後も、ここに来てよいのだろうか」
一瞬、真面目な響きに聞こえたその問いに、
佐藤は少しだけ考えてから答えた。
「当然です。ダルクさんに相談したい人はたくさんいますから」
「……そうか」
ダルクはそれ以上何も言わなかったが、マグカップを持つ手は、わずかに力が抜けていた。
「嬉しそうなのです。照れてるです」
「っ!照れてなどおらぬ!」
慌てて否定する魔王をからかうように、リィナは笑った。
そして三人は揃って給湯室を出る。
業務再開のチャイムが鳴り、
区役所は再び“仕事の場”へと戻っていく。
魔王の出張相談所は、
今日もまた、午後の始業チャイムとともに幕を閉じた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
感想や評価、ブックマークをいただけると嬉しいです!感想は一言でも大丈夫です。
「おもしろい」「笑った」だけでも、作者がとても喜びます。




