第26話 魔王様と戦後処理
短めです
開票作業から、数日が過ぎた。
区長選挙は、終わった。
結果も、すでに区民の多くが知っている。
だが――
区役所の仕事は、むしろここからだった。
「では、次の方どうぞ」
平日の午前。
窓口には、いつもよりやや多めの人影があった。
大声で怒鳴る者はいない。
だが、皆どこか硬い表情をしている。
「私は、あの人に入れたんです」
そう切り出した中年の男性は、机に肘をつきながら言った。
「でも、落ちましたよね。
あの人、言ってたこと、全部間違いだったってことですか?」
佐藤は、深く息を吸ってから答える。
「“間違いだった”とは、限りません。
ただ、今回は支持が届かなかった、という結果です」
「じゃあ、あの公約はどうなるんです?」
「民意としては区長も理解しておりますので……」
期待された答えかはわからないが、佐藤は言葉を選びながら答える。
男性は、少しだけ目を見開き――それから、肩を落とした。
「……そうですか」
怒鳴ることもなく、ただ納得しきれない顔で去っていく。
次の窓口。
今度は、高齢の女性だった。
「区長さん、変わらないんですね」
「はい」
「安心だけど……正直、変わってほしい気持ちも、少しありました」
佐藤は、頷いた。
「そう思われる方も、たくさんいらっしゃいます」
「でも、決まったなら……仕方ないですね」
その言葉は、誰に言うでもなく、宙に落ちた。
窓口の横で、ダルクは静かにそれを見ていた。
誰も武器を持たない。
誰も声を荒らげない。
あるのは、整理しきれない感情と、置き場を探す言葉だけだった。
昼休み。
二人は、食堂で向かい合って座っていた。
トレイの上の昼食は、すでに半分ほど減っている。
「正直、選挙が終われば少しは静かになると思ってました」
佐藤が、ぽつりと言う。
ダルクは、すぐに返した。
「だから言ったであろう」
視線は手元を向いたまま。
「武力による争いは、敗者が責を取ることで沈黙する。
だが言葉の争いは、敗者も語り続ける。
ゆえに、必ず禍根は生まれる」
佐藤は、少し考え込んだ。
「……それって、悪いことですか?」
ダルクは、すぐには答えなかった。
ほんのわずか、間を置いてから。
「悪くはない。
だが――面倒だ」
その一言に、佐藤は思わず吹き出しそうになり、慌てて口を押さえた。
「……ですよね」
午後のチャイムが鳴る。
区役所の中では、何事もなかったかのように業務が再開される。
敗者は語る。
支持されなかった思いも、不満も、納得も。
それらは形を変え、問い合わせとなり、要望となり、意見として窓口に集まってくる。
言葉で始まり、
言葉で終わらず、
言葉で続いていく争い。
ダルクは、それを見渡しながら静かに思った。
(これは、確かに争いだ)
魔界であれば、勝者が命じ、敗者は沈黙する。
だが、ここでは違う。
(だが――滅ぼすべきものではない)
言葉は、面倒だ。
時間も、手間も、忍耐も必要だ。
だが、それを処理することでしか、世界は回らない。
「次の方、どうぞ」
ダルクは、自分の窓口に視線を向ける。
いつも通りの表情で、いつも通りに応じる。
争いは終わらない。
だが、この場所では今日も、それを“仕事”として受け止めていく。
――区役所の日常として。
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