表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
区役所勤めの魔王様  作者: はるくぼ
第2章 異世界準拠の当たり前
25/49

第25話 魔王様と開票作業

 二週間後――。


 休日の、しかも夜にも関わらず佐藤はスーツを着ていた。

 隣には同じくスーツを来たダルクやリィナの姿もある。


 場所は区役所すぐそばの公民館。


「……なるほど」


 ダルクは、室内を一望して小さく頷いた。


「思っていたよりも、整然としているな」


「戦場じゃないですからね」


 佐藤は、苦笑しながら資料を机に置いた。


「今日は“開票作業”です。

 正確には、無効票の選別と確認が私たちの仕事になります」


「計数は?」


「機械です」


 佐藤は、部屋の奥を指差した。

 そこには、静かに待機する開票機が並んでいる。


「人が数えるより、速くて正確なので」


「合理的だ」


 ダルクは、即座に評価した。


「ダルクさん……そう言っていられるのも今のうちなのです……

 票の確認もかなり大変なのです」


 リィナは始まる前から辟易しているようだ。


「毎回なのです。

 “なぜこれを書いた”という票が、必ず一定数出るのです……」


「えぇ、必ずいますね。

 票として有効な書き方は事前にお伝えしているのですがね……」


 佐藤が、机の上に一枚の投票用紙を置いた。


「たとえば、こういうの」


 ダルクが覗き込む。


 そこには候補者名が、はっきりと書かれていた。

 ――その下に、余計な一文が添えられている。


「期待してます!」


 ダルクは、即座に言った。


「熱意がある。評価すべきだな」


「無効です」「無効なのです」


 佐藤とリィナの声が、ぴたりと重なった。


「なぜだ」


「記載ルールに則ってないからです。

 投票用紙は自由記述ではありません。きちんとルールに沿った票をカウントします」


 ダルクは、黙って用紙を見つめた。


「……厳しいな」


 そのとき、係員の一人が箱を運んでくる。


「では、始めます」


 箱が開けられ、投票用紙が机の上に広げられた。


 想像以上の量だった。


「……多いな」


「これでも一部ですからね。それだけ区民の皆さんの思いが詰まっているとも言えます」


 最初の一枚。


 ダルクは、慎重に確認した。


「候補者名……問題なし。文字も判別可能。

 これは、有効だな」


 次。


「……候補者名が二人分。無効だな」


「無効ですね」


「選べなかったのだろうな」


「選挙ですから、選んでないものはダメですね」


 淡々と、しかし確実に、仕分けは進んでいく。


 数十枚ほど処理したところで、

 ダルクの手が、ぴたりと止まった。


「……佐藤殿」


「はい?」


「これは……」


 差し出された紙には、こう書かれていた。


 ――『区役所のみなさん、いつもありがとう』


 候補者名は、どこにもない。


 佐藤は、無言で額に手を当てた。


「……これも無効なのです」


 リィナが、力なく言う。


 ダルクは、しばらく沈黙した後、静かに告げた。


「礼を述べる場を、間違えているな」


「はい」


「だが、悪意はない」


「はい」


「……それでも無効か」


「選んでないですから」


 三人の間に、短い沈黙が落ちる。


 やがて、ダルクはゆっくりと用紙を置いた。


「そうだな」


 そして、真顔で言う。


「民の意思とは、

 伝え方を誤れば、存在しないのと同じなのだな」


 佐藤は、苦笑しながら答えた。


「それを、淡々と確認するのが、今夜の仕事です」


 機械の作動音が、規則正しく響き始める。


 数は、機械が数える。

 だが――


「意味」を判断するのは、人間だった。



 それから、時間は静かに流れた。


 無効票、有効票。

 判断、仕分け、確認。


 同じ作業の繰り返しのはずなのに、

 投票用紙の一枚一枚が、妙に個性を主張してくる。


「この字は……読めるが、限界だな」


「複数人で確認して、最終判断します」


 ダルクは、次第に理解し始めていた。


 秩序とは、

 厳格であると同時に、非常に手間がかかるものなのだと。


「……これは、絵だな」


「え?」


 差し出された用紙には、

 候補者らしき、笑顔の似顔絵が描かれていた。


「……無効ですね、受け取り方で誰の票なのか変わってしまいます」


「残念だ」


 誰に向けたとも知れない一言だった。


 夜が深まるにつれ、

 会場の空気も、少しずつ変わっていく。


 私語は減り、

 紙をめくる音と、機械の作動音だけが支配する。


 そして――


「集計、終わりました」


 奥から、淡々とした声が響いた。


 一瞬、空気が張りつめる。


 ダルクは、顔を上げた。


「……出たか」


「はい。最終確認も完了しています」


 係員が、結果の用紙を手に、前へ出る。


 その視線の先には、

 すでに結果を察している者と、

 まだ信じきれない者が混じっていた。


「当選者は――」


 一拍。


「現職区長です」


 どよめきは、起きなかった。


 それは、驚きではなく、

「やはり」という納得の空気だった。


 佐藤は、小さく息を吐く。


「……順当ですね」


 リィナも、肩の力を抜いた。


「ダルクさん相手の答弁、強かったですからね……」


 ダルクは、静かに頷いた。


「言葉が、揺れなかった」


「え?」


「できぬことを、できぬと言った。

 できることを、期限付きで言い切った」


 その声には、評価しかなかった。


「それが、信を集めたのだろう」


 佐藤は、少しだけ驚いた顔をしてから、笑った。


 そのとき、

 会場の扉の向こうが、わずかにざわついた。


 関係者の間を抜けて、

 穏やかな声が届く。


「遅くまで、ご苦労さまです」


 振り向けば、そこにいた。


 当選を確実にした、現区長だった。


「開票作業まで、見てくださっていたとは」


「ええ。結果だけ知るのは、性に合わなくて」


 区長は、ダルクに目を向け、軽く頭を下げた。


「おかげさまで、仕事の続きを任されることになりました」


 ダルクは、少し考えてから言った。


「途中だった、のだな」


 区長は、微笑んだ。


「ええ。まだ途中です」


 二人の言葉は、

 奇妙なほど、静かに重なった。


 やがて、作業終了の合図が出される。


 机の上は片付けられ、

 投票用紙は、すべて厳重に封印された。


 長い夜が、ようやく終わる。


「……佐藤殿」


「はい?」


「選挙とは、実に面倒だな」


「そうですね」


「だが――」


 ダルクは、ぽつりと続けた。


「民が、言葉を信じて選ぶという点は、実に素晴らしい」


 佐藤は、一瞬だけ言葉に詰まり、

 そして苦笑した。


「……為政者らしい感想ですね」


 夜風が、少し冷たくなっていた。


 だがその冷たさは、

 どこか、区役所の日常へ戻る合図のようでもあった。


 ――選挙は終わった。

 明日からも、区役所の仕事は変わらず続いていく。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


感想や評価、ブックマークをいただけると嬉しいです!感想は一言でも大丈夫です。

「おもしろい」「笑った」だけでも、作者がとても喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ