第24話 魔王様 VS 区長、再び
「おや、一体これは何事でしょうか」
穏やかな声の主は、
特別な身振りもなく、その輪の中心へ歩み出る。
「区長だ」
「……本人?」
職員も、市民も、候補者も。
肩書きを口にせずとも、自然と背筋が伸びる。
区長は、軽く周囲を見回し、
ポスターの前に立つダルクへと視線を向けた。
「あなたが、この騒動の中心ですか」
問いというより、確認だった。
「うむ」
短い返答。
それだけで、空気が一段階、締まる。
区長は小さく笑い、時計を一瞥する。
「時間は、あまりありませんね」
「構わぬ。貴殿も分かって来たのであろう?」
ダルクは、そう言ってポスターから目を離した。
「早速だが、確認したい」
その一言で、
周囲のざわめきが、完全に止まった。
区長は、逃げなかった。
「ええ。どうぞ」
即答だった。
「貴殿は、地域経済の活性化を掲げているな」
「ええ」
区長は、即座に頷いた。
「だが、演説では具体策をほとんど語っていない」
「はい。理由があります」
間を置かない。
「制度で決まっていることを、言葉で誇張する必要がないからです」
ざわめきが、広がりかけて、止まる。
「私は、区長として“できること”と“できないこと”を分けて話します」
ダルクは、腕を組んだ。
「ならば問おう。
区役所は、地域経済のために何ができぬ?」
区長は、少しも考えなかった。
「特定の企業を、理由なく支援すること。
失敗が想定される事業に、希望的観測で予算を付けること。
説明できない判断を、“スピード”という言葉で誤魔化すこと」
一つずつ、指を折る。
「それらは、すべてできません」
「即答だな」
「迷う必要がありません」
区長は、静かに続けた。
「制度上、無理だからです」
ダルクは、頷いた。
「では、できることは?」
「判断を早くすることです」
「早く?」
「はい。検討は短く、決断は明確に」
「責任は?」
「すべて、私が負います」
周囲の職員が、息を呑む。
「年度途中で、商店街が急激に衰退した場合は?」
ダルクは、副区長と同じ問いを投げた。
「一月で手を打たねば、店が潰れる」
「補正予算は組めません」
即答だった。
「制度上、無理です」
一瞬、空気が重くなる。
「では、何もしないのか?」
「いいえ」
区長は、淡々と言った。
「既存制度を、前倒しで使います。
使われていない枠を洗い出し、順番を変えます」
「誰が決める?」
「私です」
「いつ?」
「一週間以内です」
言い切りだった。
ダルクは、ゆっくりと頷いた。
「……次だ」
「どうぞ」
「子育て支援について。
待機児童を減らすと掲げているな」
「ええ」
「今年中に、ゼロにできるか?」
区長は、首を横に振った。
「できません」
はっきりとした否定。
「施設も人員も、制度も足りない」
「では、なぜ掲げた?」
「減らすことは、できるからです」
即答だった。
「数字を誤魔化しません。
ゼロとは言いません。
ただし、減らす計画と期限は明示します」
「期限は?」
「三年です」
「理由は?」
「次の世代を育てるのに、それ以上は待てないからです」
ダルクは、短く息を吐いた。
「誠実だな」
区長は穏やかな表情を崩さない。
「現実的、と言ってください」
「次は、防災だ」
「はい」
「大規模災害が起きた場合、区役所は市民を守れるか?」
「全員は守るとは確約できません」
ざわめきが起きる。
「命のかかる話です。理想のみを掲げ、嘘はつけません。
職員の数にも、物資にも限界があります」
「では、何を守る?」
「情報です」
即答だった。
「どこが危険か、どこが使えるか。
どこに支援が届いていないか。
それを、最優先で公開します」
「混乱するぞ」
「いいえ、公式から確かな情報を素早く届ける。
そうして誤った情報が広がり、大きな混乱が起きることを未然に防ぎます」
ダルクは、じっと区長を見つめていた。
「……最後だ」
「どうぞ」
「貴殿は、なぜ再び区長になろうとしている?」
少しだけ、間が空いた。
だが、区長は逃げなかった。
「途中だからです」
「途中?」
「より良い制度を作り、動かし、改善する。
まだ途中です。放り出すわけにはいかない」
「理想ではないな」
「はい。仕事ですから」
その一言で、
この場にいた誰もが、理解した。
ダルクは、ゆっくりと頷いた。
「――理解した」
それ以上、質問はなかった。
区長は、腕時計を見て、軽く息を吐く。
「昼休みも、そろそろ終わりですね」
そして、周囲を見回し、穏やかに言った。
「判断するのは、皆さんです」
その言葉は、
次に来る“作業”の重さを、静かに示していた。
――投票日は、近い。
そして、区役所の仕事は、
ここからが本番だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
感想や評価、ブックマークをいただけると嬉しいです!感想は一言でも大丈夫です。
「おもしろい」「笑った」だけでも、作者がとても喜びます。




