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区役所勤めの魔王様  作者: はるくぼ
第2章 異世界準拠の当たり前

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第22話 魔王様と公約

 区長選挙の告示から数日。


 区役所の朝は、相変わらず慌ただしかった。

 窓口には住民が並び、職員たちはいつも通りの業務をこなしている。

 だが、空気の底に、わずかな変化が混じり始めていた。


 その変化は、まず掲示板に現れた。


「増えましたねぇ」


 佐藤が、掲示板の方へ目を向けながらつぶやいた。

 ダルクもそれに続くように、低く呟く。


「これが、選挙ポスターか。

 ……なるほど。ポスターで己の信念を掲げる、と」


 昨日までは立候補者一覧だけだった場所に、同じ大きさの紙が、等間隔で貼られている。

 顔写真、名前、肩書き、そして箇条書きの文章。


 ――区長選挙 公約。


 ダルクは、一枚一枚を、順番に読んでいく。

 その視線は速いが、雑ではない。

 文字を追いながら、意味を咀嚼するような目つきだった。


『子育て支援の強化』

『高齢者福祉の充実』

『地域経済の活性化』


「……ほぼ同じ内容なのだな」

 率直な感想だった。


 佐藤は苦笑する。


「まあ、区として必要な政策って限られてますから、どうしても方向性は似通いますね。

 細かい違いは、各々が演説とかで説明するんです」


「うむ。この文書だけでは、違いは分からぬ」


 首肯したダルクが、何か考えるかのように聞いてきた。


「佐藤殿」


「はい」


「これは、己が果たす内容であるか?」


「ええ、公約ですから」


「書面に残り、多数の目に触れる。

 当選後は、それを果たすと投票者に約束する ――そういう理解でよいか?」



 佐藤は、わずかに言葉を選んだ。


「うーん、どちらかというとあくまでアピール・宣言ですかね」


「ふむ」


 ダルクは、少し考え込むように腕を組んだ。


「果たせぬ場合は?」


「次の選挙で、評価されます」


「即時の責は問われぬ、と」


「まあ……よほどのことがない限りはそうなりますね」


 ダルクは、何も言わなかった。

 ただ、掲示板に貼られた紙から、目を離さない。


 その日のお昼。

 庁舎の外が、少し騒がしくなった。


「皆様、おはようございます!

 よろしくお願いいたします!」


 入口付近で、候補者と支援者たちが挨拶をしている。

 選挙活動の一環らしい。


 ダルクは、昼休憩の合間に、その様子を眺めていた。


 声の大きさ。

 言葉の選び方。

 相手の反応を見て、表情を切り替える速さ。


(……なるほど。言葉で戦うというのは、こういうことか)


 やがて、候補者の一人が、庁舎内に入ってきた。

 掲示板の前で立ち止まり、自らの公約を指し示している。


 ダルクは、自然な流れで近づいた。

 佐藤もその後ろに追従する。


「失礼する」


 候補者は一瞬驚いたが、すぐに笑顔を作る。


「はい、なんでしょう?」


「貴殿が掲げているこの公約について、確認したい」


「はい、ぜひ」


「『地域経済の活性化』とは、

 具体的に、何を持って達成とする?」


 候補者は即答せず、少しだけ視線を泳がせた。


「ええと……商店街や地元企業が元気になることですね」


「元気、とは?」


「売上が伸びたり、人の流れが増えたり……そういうことです」


「売上は、どの程度を想定している?」


「そこは、一律ではなく……状況に応じて、ですね」


「人の流れとは、来訪者数か。

 それとも、定住人口か?」


 候補者は、言葉に詰まりかけ、笑顔を保ったまま答える。


「両方、です」


「測定方法は?」


「……統計調査や、区民の皆様の声などを総合して」


 ダルクは、静かに頷いた。


「なるほど。

 では、その活性化が“達成された”と判断する基準は?」


 候補者は、しばし沈黙した。


「……区民の皆さんが、

 『良くなった』と感じられるかどうか、でしょうか」


「主観的だな」


 ダルクは、それ以上追及しなかった。


 一礼し、離れる。


「……信義に委ねる制度、か」


 候補者の元から離れたダルクが小さく呟いた。


 元いた世界では、誓約とは拘束だった。

 守れぬ誓いは、結ばれない。


 だが、この世界では、

 守れるかどうか分からぬ約束が、堂々と掲げられている。


 それを、人々は読む。

 立ち止まり、考え、票を投じる。


(言葉で戦い、

 言葉の責を、すぐには問わぬ――)


「興味深い」


 その声は、静かだった。


 その様子を見ていた佐藤は初めて、

(あぁ……やっぱりこの人、

 れっきとした”為政者”なんだ)


 魔王の背中が、いつもより少しだけ大きく見えた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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