第17話 魔王様の電話対応①
「今日は、電話対応を覚えましょう」
ある日の始業前、佐藤が魔王に伝えた。
「電話か、たしかに出たことはないな」
「はい。先日までは臨時職員でしたからね」
「なるほど、ぜひよろしく頼む」
ダルクは即座に頷いた。
(ほんとは、言葉遣いが万全じゃなかったからだけど…
最近の窓口業務を見るにほぼ完璧だし大丈夫だろう)
「まずですね、電話には内線と外線があります」
「内と、外」
「内線は庁舎の中です。この前区長と内線で電話しませんでしたか?」
「いや、あの時は課長殿から区長室へ行くよう言われてな。
我が電話に出たわけではないのだ」
電話に触れたことはなかったようだ
逆に電話に対しての先入観や先行知識がないというのも、教える上でやりやすいのは事実だ。
特にこの魔王様相手では。
「そうでしたか。そのあたり含めて覚えていきましょう。
まず内線ですが、先ほど言ったとおり庁舎の中。つまり区役所の職員からの電話です。
基本的に短い伝達事項であったり、呼び出しだったりですね」
「いわゆる念話のようなものであるな」
「念話がなにか知らないですけど、たぶんそうです」
「ふむ、念話というのは、通信を行うもの同士の魔力をつなげて遠隔地でも会話ができるようにする魔法だ。広義的な分類としての魔法だな。お互いの魔力波長を合わせてつなげる必要があるゆえ――」
「ダルクさん、その話長いです?一旦続きをお話してもよいですか?」
「む、失礼した。この話はまたの機会に」
「ええ、ダルクさんの世界のお話は聞いてみたい気持ちもありますが、今日のところはまた別の機会とさせてください。
それで、次は外線ですが、こっちは文字通り外部からのお電話ですね。
区役所以外からの電話だと思ってください」
「なるほど。こちらは外部通信である、と」
「はい、そのとおりです。
今日はこの外線電話の受け取り方とかを教えようと思います」
「よろしく頼む。
……しかし、こう言ってはなんだが、ただ電話に出るだけではないのか?
窓口と違って本人確認ができぬゆえ、書類発行はできぬであろう?」
「おっしゃるとおりで基本的に電話口では本人かどうかの確認はできないです。
しかし、だからこそ電話でもより正確な対応が求められます。
言葉だけで説明したり、案内したりすることになりますからね。」
「言葉のみ……」
ダルクは腕を組み、少し考え込む。
「つまり、こちらの誤りがあれば即座に混乱が生じる」
「まあ、そうですね」
「ならば、断定的な表現は避けるべきではないか?」
佐藤は一瞬、言葉に詰まった。
「……ええと」
「『必ずできます』や『絶対に可能です』といった言い回しは、
後の不一致を生む危険が高い」
「そ、そうですね。なので――」
「ゆえに、最善は確約を避けることだ」
「まあ……結果的にはそうなりますね」
佐藤は、ダルクの顔を見ながら続ける。
「ダルクさんのおっしゃるとおり、電話対応ではですね、
『確認します』とか『担当におつなぎします』みたいな、確約しない言い方を使うことが多いです。
場合によっては、その場での回答を控えてこちらから電話をし直すこともあります」
ダルクは眉をひそめた。
「それは誠実さを欠かぬか?」
「いえ、むしろ相手に誤った情報を与えないという面では
むしろ誠実だと言えます」
ダルクは納得したように頷き、いつの間にか取り出していたメモ帳に書き加えた。
「それとですね、電話には保留という機能があります」
「保留」
「相手を待たせたまま、こちらで確認をしたり、別の担当に相談したりするためのものです」
「相手の動きを止めるわけか。
……牽制のようなものか」
「違いますね」
佐藤は即座に否定した。
「牽制かどうかは置いておいて、保留した電話は他の課の電話にもつなげることができます。
電話の液晶下のボタンにそれぞれ繋ぎ先の課が書いてあるので、そのボタンを押せば担当課につなげることができます。
……電話の基本的な機能としては以上ですが問題なさそうです?」
「うむ、内容は問題ない。
あとは実際に使ってみて習熟だな」
では、と佐藤は次の話に移る。
「次は電話に出たあとのお話です。
まず最初に、電話口に対してお礼を言います。慣習的なものです。
その後に区と氏を名乗り、要件を伺ってください。
ここまでができれば、電話応対は7割できたようなものです」
「それだけでか?」
「はい。それだけ、と思うかもしれませんがこれは非常に重要なことです
なぜなら電話を受けるという業務で最も重要な仕事が正しく回答することではないからです」
「なぬ?佐藤殿、それはおかしいのではないか?
正しく回答することは誠実につながるのではないのか?」
「はい、それはそのとおりです。ですが電話で受ける相談は必ずしも私たちが答えられる範囲であるとは限りません。
特に区民課の番号はネットで検索した際に真っ先に表示されますからね。
本来であれば他の課にかかってくるような相談が、私たちのもとにかかってくることがあります」
「……ふむ、なるほど
それでは、電話で最も重要な仕事とはなんなのだ?」
「それは、正しく回答できる人に要件を正確に伝えること、です」
「……どういうことだ」
「先ほど言ったとおり、本来他の課が回答するような内容が来たりします。他の課に限らず、同じ区民課でも担当の人が決まっているような内容・相手もいます。
そうした方から電話があった際に、担当者へ引き継ぐ必要があるわけです。
お客様からしても、対応を任された人からしても、最初に電話を受けた人から正しく説明がされないと、もう一度一から説明をするという手間が発生してしまいますから」
「なるほど、理解した
しかし、これは大変だな……覚えることがこれまでの比ではないな」
「そんなにですか?」
「うむ、正しく引き次ぐには最低限その者の業務を知っておく必要があるだろう?
すべてを完璧に記録するまでの必要はないであろうが、各課のマニュアルの概要レベルは覚える必要がありそうだ」
「あー、まぁ要件内容からどの課に引き継いだほうが良いのかって意味だとたしかにそのとおりなんですが……
ダルクさんがおっしゃるようにマニュアルを網羅しなくても、正しく引き継ぐ方法はありますよ」
「なに?それはどういった方法だ」
「それですよ」
佐藤は、ダルクがせっせと書きこんでいるメモ帳を指差した。
「今ダルクさんが私の話をメモに残しているように、電話越しの相手の話のメモを取って、そのメモを見ながら話したりメモそのものを渡せばいいんです」
「なるほど……それならば、引き継ぎの精度は格段に上がるな」
ダルクは感心したように頷き、さらにペンを走らせた。
紙面にはすでに、びっしりと文字が詰まっている。
「……ちなみにダルクさん」
「うむ、なんだ?」
「電話対応のメモはですね、全部を書き取らなくて大丈夫ですからね」
「なに?」
「要点だけでいいんです。あとで読めれば十分なので」
「……それでは不十分ではないか?」
ダルクは真顔でそう言った。
「相手の発言の順序、言い回し、言外の含意。
どれか一つでも欠ければ、解釈を誤る可能性がある」
「いや、そこまでやると今度はそのメモを読み解くのに時間がかかっちゃいます。
電話のお相手を待たせているので、引き継ぎの際は短く、わかりやすくを心がけてください」
「ふむ、理解した。
善処しよう」
善処する――
ダルクからはよく聞く言葉だが、今回は小さな不安を覚えた。
視線を移した先に、ダルクがこれまで取ったメモがびっしり詰まった手帳が、
すでに2冊置いてあったから。
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