第14話 魔王様と気になる一言
「……飲み会の翌日じゃなくてよかったな」
佐藤はそうつぶやきながら今日も出勤した。
先週の金曜日に突発的に発生した飲み会は、あのあとさらなるイベントが起こることもなく、無事に終えた。
強いて言うなら、リィナさんが現金を持っていなくて立替えになったくらいだろうか。
先日の飲み会については自分が持つつもりだったからダルクも含めて支払いはいいといったのに、
二人して自分も払うと言って聞かなかった。
ダルクに関しては、リィナの立替えの件で借用書なんて言い出すもんだから、リィナもちょっと青くなっていた。
笑って流したが。
閑話休題。
通用口をくぐり、区民課のデスクスペースに向かうと、
やはりすでにダルクは来ていた。
「佐藤殿おはよう。今週も始まるな。
焼き鳥は近いうちにまた行こうではないか」
「そうですね、行きましょう。
焼き鳥以外にも美味しい食事はありますから、他のお店にも行きましょうか」
「それは魅力的であるな。
うむ、それを楽しみにまた仕事をこなすか」
「おはようございますです!
ご飯のお話です??次はお魚が食べたいです!」
「リィナさん、おはようございます。
お魚もいいですね、お寿司とか」
「リィナ殿、おはよう
先日はスーパーの情報助かった。早速昨日行ってみたが、コンビニよりも食事の種類が多かったな」
そんな他愛もない会話をしているうちに、
始業を告げるチャイムが鳴った。
「さて、今日も一日始めますか」
「承知した」
「はいです!」
三人はそれぞれの持ち場へと散っていく。
いつも通りの、区役所の朝だった。
**************
午後――
窓口に来たのは、三十代くらいの男性だった。
服装も態度も特別なところはない。声も穏やかで、いわゆる“普通の区民”だ。
「すみません、転入届なんですけど」
「はい、こちらですね。ありがとうございます」
佐藤が申請書を受け取り、さっと目を通す。
「あ、こちら、前住所の記入が抜けてますね」
「え? あ、ほんとだ……。
でも、前に来たときは口頭で説明すれば大丈夫って言われたんですけど」
佐藤は一瞬だけ考え、すぐに表情を崩した。
「あー、たぶん状況によってはそういう案内になることもありますね。
ただ、今回は正式な書類が必要なので……こちらにご記入お願いします」
「あ、そうなんですね」
男性は一瞬だけ、申請書を見下ろしたまま黙った。
「……前は、書かなくてよかった気がしたんですけどね」
ぼそりとこぼすように言ってから、すぐに顔を上げる。
「まあでも、正式な書類ですもんね。ルールなら仕方ないか」
そう言って男性はペンを取り、書類を書き足し始めた。
(よし、問題無さそうかな)
佐藤がそう判断した、そのときだった。
隣で静かにやり取りを見ていたダルクが、低く呟いた。
「……先ほどの話は、“契約”か?」
「……え?」
佐藤も男性もわずかに動きを止めた。
それを意に介さず、ダルクはただ確認するように続けた。
「口頭で伝えられた、というのは
“その方法で良い”と、互いに契ったという意味か?」
「ダルクさん、今回はそこまでの話じゃないです。
あくまで案内の違いというか、その……」
「……なるほど」
ダルクは、それ以上何も言わなかった。
それが、かえって妙だった。
いつものダルクなら、
「では、どこまでが口頭説明の効力なのだ?」
「それは明文化されているのか?」
と、食い下がるはずだ。
だが、今はただ黙っている。
納得した、というより――
一度、胸の内に仕舞い込んだように見えた。
(……今の、なんだったんだ?)
佐藤は処理を続けながら、内心で首をかしげる。
(いつも細かいところにまで気がつくと思っていたけど、
今回はいつもと違うような……)
ダルクはもう次の番号札を呼び出している。
さっきの発言など、最初から無かったかのように。
(……深読みしすぎか)
佐藤はそう結論づけ、業務に意識を戻した。
だが、先程のダルクの顔が、妙に記憶に残っていた。
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