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区役所勤めの魔王様  作者: はるくぼ
第一部 異世界からの転職者

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10/11

第10話 警戒される魔王様

今回はリィナ視点のお話です

<リィナ視点>


正直に言うと、私はいま、かなり緊張している。

里帰りを経て久しぶりの勤務だから?ちがう。


理由は簡単だ。

隣に魔王がいる。


角がある。でかい。声が低い。

そして何より——本物だ。


(……やっぱり、コスプレじゃなかったです)


朝礼が終わり、区民課の窓口に並んだ際、私は確信した。

これは夢でも冗談でもない。

夢だったらどれほど良かっただろう。


「では、本日もよろしく頼む」

低く落ち着いた声で、魔王——ダルク=オルガがそう言った。


「よ、よろしくお願いしますです……」

声、裏返らなかった。

えらい。私。


魔王の隣では、佐藤先輩がいつもどおりの表情で資料を揃えている。

(先輩、なんでそんな平然としてるですか……)


魔王が隣にいて、普通に仕事できる精神構造がまず分からない。


それに、私は一応“先輩”の立場のはずなのに。

この圧を前にして、そんなこと言える空気じゃないけど。


(落ち着くです、リィナ。仕事、仕事……)

そう自分に言い聞かせた、その時だった。


「こちらで伺います。番号札のご提示をお願いします。

……ありがとうございます。」


魔王が、窓口越しに住民へ声をかけた。


——思っていたより、ずっと丁寧な声だった。

威圧感はまだあるけど、言葉遣いは崩れていない。

(……あれ?)


「住民票の発行ですね……本籍や個人番号の表示は……不要で。

部数は2部でよろしいですか?」


とても丁寧な対応だった。

――自分がお手本にしている先輩のよう。

(……え、丁寧すぎないです??魔王って、もっとこう……壊す感じじゃ……)


「あのぅ」


しまった。自分の窓口にも来ていた。


「し、失礼しましたです!あっ……

失礼しました、お預かりします」

思わず普段の口調が出てしまうくらいには動揺していた。


(はぁ……隣が気になって集中できないです……

仕事に集中しないと。)


そう自分に言い聞かせながら、私は申請書に視線を戻した。

本人確認書類の確認、記載内容の確認。

いつもと同じ流れ。頭では分かっている。


——分かっているのに。


視界の端に、魔王がいる。


角が視界に入るたび、心臓が一拍遅れる。

いや、これはもう条件反射だと思う。私のせいじゃない。


「では、こちらの内容で住民票を発行いたします」

魔王が淡々と処理を進めている。

(ほんとにばっちりです)


ちらりと佐藤先輩を見る。

先輩はもうすっかり慣れているようで、平然と自分の業務をこなしている。

(……ほんとに、なんで平然としてるですか)


そのときだった。


「申請書類をお預かりします。

……これは、印鑑証明書の発行、ですね。」


隣から聞こえる魔王の声が、少しだけ低くなった気がした。


来た住民は、年配の男性だった。

申請内容を見た魔王が一瞬だけ固まる。


「……恐れ入ります。少々お待ちください。」

(??)


魔王が窓口から離れた。向かった先には佐藤先輩がいる。


「佐藤殿、印鑑証明の発行とやらを依頼されたのだが。

マニュアルで流れを見てはいるが、一度実戦を見せてくれないだろうか?」

「なんか漢字違いません?気のせいかな」


先輩は一瞬だけ目を瞬かせ、それから小さく笑った。


「いいですよ。じゃあ今回は私がやりますね」

「恩に着る」


——ちゃんと頼むんだ。


私は内心で、少しだけ拍子抜けした。


(魔王って、もっとこう……無理やりやるか、力で解決するかしそうなのに……)


むしろ、ものすごく素直だった。


佐藤先輩が窓口に入り、説明を始める。

印鑑登録の有無の確認。

本人確認。

登録番号と照合。

発行手数料の案内。


私は、自分の業務をしながらも、視線をそっと横にずらした。


魔王は、窓口の少し後ろに立ち、

手元のメモ帳に、真剣な顔で何かを書き留めている。


(……え?)


その姿に、私は思わず二度見した。


角があって。

体格がよくて。

威圧感の塊みたいな存在が。


小さなメモ帳に、ぎっしり文字を書いている。

(……なにそのギャップ……)


ペンの動きは早い。

しかも、ただ書き写しているだけじゃない。


「なるほど……」

「ここで確認が一つ入るのか」

小さく、独り言を呟きながら、要点を整理している。


私は、気づけば自分のメモ帳を開いていた。


(……負けてられないです)


カリ、とペンを走らせる。


《印鑑証明:本人確認→登録状況→番号照合》

《説明は先に全体像→細部》


——先輩の動きも、魔王のつぶやきも、全部拾ってアップデートする。


「では、こちらで発行いたします」

佐藤先輩の声で、処理が締まる。


住民が礼を言って去っていく。


「感謝する」

窓口が一段落したところで、魔王が深く頷いた。


「対応の全容はこれで完全に理解した。

いつもどおり次からは、我にやらせてくれ」


「大丈夫そうですか?」

先輩が軽く確認すると、


「うむ。問題なかろう。

だが、念のため最初の数回は、隣で確認してもらえると助かる」


——慎重。

その言葉に、私は少し驚いた。


横目で見ると、ダルクは再びメモを見返している。

必要な部分に線を引き、何かを書き足していた。


(……本気で覚える気です)


怖い。

けど。


(……仕事の姿勢としては、尊敬できるです)


私はそっとメモ帳を閉じ、深呼吸した。

(警戒、ちょっとだけ……下げてもいいですかね)


ほんとうにちょっとだけ。


だって——


角と威圧感は別問題だから。

※次話からは毎週【水・土】22時更新になります。


ここまでお読みいただきありがとうございます!


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