第10話 警戒される魔王様
今回はリィナ視点のお話です
<リィナ視点>
正直に言うと、私はいま、かなり緊張している。
里帰りを経て久しぶりの勤務だから?ちがう。
理由は簡単だ。
隣に魔王がいる。
角がある。でかい。声が低い。
そして何より——本物だ。
(……やっぱり、コスプレじゃなかったです)
朝礼が終わり、区民課の窓口に並んだ際、私は確信した。
これは夢でも冗談でもない。
夢だったらどれほど良かっただろう。
「では、本日もよろしく頼む」
低く落ち着いた声で、魔王——ダルク=オルガがそう言った。
「よ、よろしくお願いしますです……」
声、裏返らなかった。
えらい。私。
魔王の隣では、佐藤先輩がいつもどおりの表情で資料を揃えている。
(先輩、なんでそんな平然としてるですか……)
魔王が隣にいて、普通に仕事できる精神構造がまず分からない。
それに、私は一応“先輩”の立場のはずなのに。
この圧を前にして、そんなこと言える空気じゃないけど。
(落ち着くです、リィナ。仕事、仕事……)
そう自分に言い聞かせた、その時だった。
「こちらで伺います。番号札のご提示をお願いします。
……ありがとうございます。」
魔王が、窓口越しに住民へ声をかけた。
——思っていたより、ずっと丁寧な声だった。
威圧感はまだあるけど、言葉遣いは崩れていない。
(……あれ?)
「住民票の発行ですね……本籍や個人番号の表示は……不要で。
部数は2部でよろしいですか?」
とても丁寧な対応だった。
――自分がお手本にしている先輩のよう。
(……え、丁寧すぎないです??魔王って、もっとこう……壊す感じじゃ……)
「あのぅ」
しまった。自分の窓口にも来ていた。
「し、失礼しましたです!あっ……
失礼しました、お預かりします」
思わず普段の口調が出てしまうくらいには動揺していた。
(はぁ……隣が気になって集中できないです……
仕事に集中しないと。)
そう自分に言い聞かせながら、私は申請書に視線を戻した。
本人確認書類の確認、記載内容の確認。
いつもと同じ流れ。頭では分かっている。
——分かっているのに。
視界の端に、魔王がいる。
角が視界に入るたび、心臓が一拍遅れる。
いや、これはもう条件反射だと思う。私のせいじゃない。
「では、こちらの内容で住民票を発行いたします」
魔王が淡々と処理を進めている。
(ほんとにばっちりです)
ちらりと佐藤先輩を見る。
先輩はもうすっかり慣れているようで、平然と自分の業務をこなしている。
(……ほんとに、なんで平然としてるですか)
そのときだった。
「申請書類をお預かりします。
……これは、印鑑証明書の発行、ですね。」
隣から聞こえる魔王の声が、少しだけ低くなった気がした。
来た住民は、年配の男性だった。
申請内容を見た魔王が一瞬だけ固まる。
「……恐れ入ります。少々お待ちください。」
(??)
魔王が窓口から離れた。向かった先には佐藤先輩がいる。
「佐藤殿、印鑑証明の発行とやらを依頼されたのだが。
マニュアルで流れを見てはいるが、一度実戦を見せてくれないだろうか?」
「なんか漢字違いません?気のせいかな」
先輩は一瞬だけ目を瞬かせ、それから小さく笑った。
「いいですよ。じゃあ今回は私がやりますね」
「恩に着る」
——ちゃんと頼むんだ。
私は内心で、少しだけ拍子抜けした。
(魔王って、もっとこう……無理やりやるか、力で解決するかしそうなのに……)
むしろ、ものすごく素直だった。
佐藤先輩が窓口に入り、説明を始める。
印鑑登録の有無の確認。
本人確認。
登録番号と照合。
発行手数料の案内。
私は、自分の業務をしながらも、視線をそっと横にずらした。
魔王は、窓口の少し後ろに立ち、
手元のメモ帳に、真剣な顔で何かを書き留めている。
(……え?)
その姿に、私は思わず二度見した。
角があって。
体格がよくて。
威圧感の塊みたいな存在が。
小さなメモ帳に、ぎっしり文字を書いている。
(……なにそのギャップ……)
ペンの動きは早い。
しかも、ただ書き写しているだけじゃない。
「なるほど……」
「ここで確認が一つ入るのか」
小さく、独り言を呟きながら、要点を整理している。
私は、気づけば自分のメモ帳を開いていた。
(……負けてられないです)
カリ、とペンを走らせる。
《印鑑証明:本人確認→登録状況→番号照合》
《説明は先に全体像→細部》
——先輩の動きも、魔王のつぶやきも、全部拾ってアップデートする。
「では、こちらで発行いたします」
佐藤先輩の声で、処理が締まる。
住民が礼を言って去っていく。
「感謝する」
窓口が一段落したところで、魔王が深く頷いた。
「対応の全容はこれで完全に理解した。
いつもどおり次からは、我にやらせてくれ」
「大丈夫そうですか?」
先輩が軽く確認すると、
「うむ。問題なかろう。
だが、念のため最初の数回は、隣で確認してもらえると助かる」
——慎重。
その言葉に、私は少し驚いた。
横目で見ると、ダルクは再びメモを見返している。
必要な部分に線を引き、何かを書き足していた。
(……本気で覚える気です)
怖い。
けど。
(……仕事の姿勢としては、尊敬できるです)
私はそっとメモ帳を閉じ、深呼吸した。
(警戒、ちょっとだけ……下げてもいいですかね)
ほんとうにちょっとだけ。
だって——
角と威圧感は別問題だから。
※次話からは毎週【水・土】22時更新になります。
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