ラーメン宇宙屋
地球人が他惑星人と交友を持つようになって約百年。地球人の行動範囲は広がり、地球へも他惑星人がやって来るのが当たり前になった時代。そんな時代で、この物語の主人公の男は、個人で運送業をしていた。
勿論運送業と言っても、地球の一国内をトラックで行ったり来たりではない。彼の運送範囲はこの天の川銀河全域だ。他惑星人からの技術提供により、光速を超える宇宙船が造られるようになり、また行き先固定のワープが使える場所も銀河全域に配置されるようになった為、寿命百年程度の地球人でも、天の川を股にかけて運送業が出来るようになっていた。
運ぶ物は様々で、その星々の特産品が殆どだ。ある惑星の特産品を宇宙輸送船に積んでは他の惑星へ行き、その惑星でまたその惑星の特産品を積んで別の惑星へ行く。そんな気ままな運送業がこの物語の主人公の仕事だった。
だがまあ、今回の話にそれら銀河内を運ばれる特産品は関係ない。この物語の名前の通り、物語はラーメン屋に収束する。
それは男がある惑星へ向けて超光速で輸送船を走らせていた時の事だ。退屈な時間を、サブスクの映画で紛らわせていると、船内に音楽が流れてきた。チャルメラが流れてきたので、男は思わず輸送船の速度を落とした。
何でチャルメラが? と訝しみ、周囲に探索用のレーダーを照射すると、ある一点にどうやら人工物が存在し、そこからレーダーに乗せて広域にチャルメラが流されているようであった。
チャルメラを聞いて思い浮かぶのは当然ラーメンだ。暇を持て余していた男は、こんな辺鄙な場所でラーメン屋が開かれているのか? と更に訝しむが、腹の虫は正直で、グーと鳴き声を上げるのに男は逆らえず、チャルメラが流れてきた事も気になって、少し寄り道していく事に決めた。
何か悪事が行われているのならば、すぐに全速力で逃走出来るように気を付けながら、男が向かった先にあったのは、屋台であった。勿論本当の屋台ではなく、屋台型をした宇宙船である。
形が日本の屋台を思わせるうえ、屋根からは暖簾まで垂らされ、そこにはデカデカと『ラーメン』と書かれている。まさかここまで凝っているとは男も思わなかった。屋台まで見せられると、益々男はラーメンが食べたくなり、口はラーメンの口となっていた。
しかし、この宇宙船が本当にラーメンを提供しているとは限らない。男は意を決して、輸送船からこの屋台型宇宙船へレーダーを飛ばした。
「あー、あー。一つ尋ねたいのだが、そちらはラーメン屋で間違いないのかな?」
男の声はレーダーに変換されて、屋台型宇宙船へと飛ばされる。
『お? お客さんかい? そうっすよ。外の暖簾にもラーメンって書いてあるでしょう?』
返答が返ってきた。くぐもった声で男か女かそれ以外かも分からないが、どうやらラーメン屋で間違いないらしい。
「じゃあ、一杯食べていきたいのだが、今大丈夫かい?」
『お客さん運が良いねえ。丁度今、席が一席空いたところだ。寄ってきな』
こんな辺鄙な場所にあるのに、どうやら客は来ているらしい。これは思いの外期待出来るかも知れない。と男は輸送船を屋台型宇宙船へ寄せていく。
寄せていくと屋台型宇宙船が意外と大きい事に気付く。男の輸送船は小型だが、同程度の宇宙船であれば、四隻は横付け出来る大きさだ。実際、屋台型宇宙船の横には、三隻の宇宙船が停泊していた。男は残った一つに横付けすると、そこから伸びてきた通路を輸送船にドッキングさせて、屋台型宇宙船内の空気組成が、地球人でも活動出来るものだと分かったところで、デッキから通路の方へと向かい、屋台型宇宙船内へと足を運んだ。
宇宙船の大きさに比べると通路は狭く薄暗く、一方通行で、男が迷う事なく通路を進んでいった先にあったのは、屋台だった。今度は本当に屋台だ。屋根付きで車輪が付いているラーメン屋台がそこにはあった。逆にそれ以外は何もない。
『いらっしゃい』
「お、おう」
店主らしき者から声を掛けられ、男は恐る恐る暖簾を潜る。するとぎょっとする男。ラーメン屋だから、地球人が営業しているのかと思ったら、顔が二つに手が六本ある他惑星人だったからだ。びっくりして自分以外の客を見ると、モノリスだったり、タコ型だったり、雲だったりしている。店主の方が余程地球人型に近い。
『おや? お客さん、もしかして地球人ですか?』
「え? あ、ああ。まあな」
応えながら椅子に座る男。
『嬉しいねえ。地球の方に、あっしのラーメンを味わって貰えると思うと』
店主の顔は男と女の二つで、それが同時に喋るものだから、声がダブって男か女か分からない。
「こっちも驚いたよ。ラーメン屋だからな。てっきり地球人が開いているのかと思ったんだが」
『はっはっはっ。そりゃあ時代遅れってもんですよ。地球のラーメンと言えば、今やこの銀河に轟く地球の特産品だ。天の川銀河に住む者なら、一度は地球へ行って、本番のラーメンを食べたいと思ってますよ』
地球生まれだからか、運送業であっちこっちへ行っているせいで世相に疎いからか、まさか男もラーメンが天の川銀河で流行っているとは思っていなかった。
「それで、地球へ行くには遠過ぎるからと、ここでラーメン屋を?」
ここは天の川銀河の端の方だ。地球も銀河の端の方にあるが、こことは真反対にある。
『ええ。あっしも昔からグルメでしてねえ、噂のラーメンってやつがどんなものか、一度は食べてみたい。と地球まで足を運んだんですが、これにビックリ仰天しましてねえ。その場でその店の主に弟子入り志願して、十年の下働きの末、こうして店を出せるようになったってえ訳ですよ』
ほう? どうやらラーメンごっこではなく、この店主はちゃんと地球でラーメンを学んだ御仁であるらしいと、男は感心した。男も、地球はグルメな惑星だと、銀河で最近有名になってきているのは知っていた。そしてそれにあやかって地球風の食品を売り出している企業も少なくない。しかしそのどれもが地球の味を真似たもので、本当に地球の味とは程遠いのも、各惑星を巡っている男は知っていた。久々に本番地球の味が味わえるかも、と男の喉がなる。
「それで? この店は何味のラーメンを出してくれるんだい?」
『未知ラーメンでさあ』
「ミソラーメン?」
『未知ラーメン』
聞き返したが、間違いではなかったらしい。未知ラーメンなんて聞いた事がない。あるはずない。
『いやね。店を出すにあたって、あっしも思ったんですよ。地球の味そのままで出すなんてのは、ただの真似っ子だと。銀河中に売り出すとなったら、やっぱり銀河基準のラーメンを出さないといけないじゃないですか』
銀河基準のラーメンって何だよ? ラーメンは地球発祥なんだから、地球の味を提供しろよ。男はそう思ったが、嬉々として語る店主の笑顔を見て、開きかけた口を噤んだ。
「えっと〜、美味しんだよね?」
『あったり前でさあ。こちとら十年修行してるんすよ。不味いラーメンをお出ししたとあったら、師匠にどやされますよ』
そうか〜、美味しいのか〜。男は悩む。未知ラーメンを食べるのは怖い。が、美味しいと言うなら、ここで食べないのは損かも知れない。こんな辺鄙な場所で開いているラーメン屋だ。しかも屋台となると、次に来た時には別の場所に移動している可能性が高い。
「あ〜、じゃあ、その未知ラーメン一つ」
『へい! 未知ラーメン一丁!』
目の前でラーメンが作られていく工程を見るに、確かにラーメン修行はしていたらしく、流れるようにラーメンが作られていく。これは期待出来るかも知れない。
『へい! 未知ラーメンお待ち!』
そうしてお出しされたラーメンは、黒かった。いや、真っ黒ではなく、うっすら青みがかっている。そこへ何やらキラキラ光る粉が練り込まれた、これまた黒い麺が浸っている。これが星を思わせるところから、どうやら宇宙をイメージしているらしい。そして器の中央を飾るのは、これまたキラキラとした長くて青白い何かの肉。天の川をイメージしているのだろう。成程、銀河基準と豪語する訳だ。
「未知ラーメンと言うか、銀河ラーメンって呼んだ方が良いんじゃないかい?」
『銀河ラーメンはシタギ星のオパンツカムパニーが商標登録してるんすよ』
食べる前に聞きたくなかった。などと思いながら、男は箸を取って、麺を持ち上げる。やっぱり黒いなあ。しかもキラキラしている。ちらりと店主を見ると、どんな感想が出てくるかワクワク顔だ。ここで箸を置く事は出来ない。ええい、ままよ! と男は一息に箸で持ち上げた麺をすすった。
未知。成程、未知だ。味はしない。だが舌を刺激する何かを感じる。しかしその何かが分からない。天の川銀河は広い。地球人は基本的に甘い、塩っぱい、苦い、酸っぱい、旨いの五味しか感じられないが、他惑星人の中には、それ以外の味を感じる惑星人だっている。きっとここの店主もそうなのだろう。だから、その地球人が持ち合わせない味覚にフォーカスした味に仕上げたのだと分かる。だからこそ未知の味だ。
決して不味くはないのだ。味覚の奥の方を刺激する、味だと認識出来ない何かを感じる。だがそれが理解出来ず、そして身体が理解を拒否する。決して不味くないこの未知の味を、一口すする度に、身体がビクンとなる。二口すすると鼻血が垂れる。スープを飲むと視界が歪む。
『どうすか!? 美味いすか!?』
もう店主の声も遠く、ドップラー効果でぐわんぐわんしている。うぷっ、と身体が拒否して吐き出しそうになるのを男は気力で我慢して、店主へ目を向けた。
「この味は、地球人にはまだ早いかも知れないですねえ」
男が記憶しているのはそこまでだった。次に気付いた時には、宇宙救急船の中だったからだ。
「気が付きましたか?」
救急隊員が横になった男に声を掛けてきた。
「…………ええ」
それに応えながら、男が思った事は、宇宙救急船って高額なんだよなあ。ラーメン一杯で高くついたなあ。などと言う、宇宙救急船の値段と、運送業で貯めた貯金がどれくらいなくなるのか。と言う愚にもつかない事であった。