第三章:カチカチ心と、謎の影
数日が経った。ケンタは、毎日キャロ太郎と畑に通い、土を耕し続けた。最初は重くて仕方がなかったシャベルも、少しずつ軽くなったように感じる。土を掘り起こすたびに、甘い土の匂いがケンタの心を優しく包み込んだ。ケンタの顔には、少しずつだが、笑顔が戻り始めていた。学校でも、休み時間にベランダでぼんやり過ごすのではなく、たまに校庭に出て、誰かのサッカーを眺めるようになった。まだ声をかける勇気はないけれど、心の中には、少しだけ「やってみたい」という気持ちが芽生えていた。
ある日の夕暮れ時。ケンタが畑で最後の仕上げをしていると、冷たい風が吹き抜けた。これまで感じたことのない、ヒンヤリとした空気が肌を刺す。畑の向こうから、奇妙な歌が聞こえてくる。それは、まるで凍てついた心が歌っているかのような、無感情で、不気味な歌声だった。「カチカチ、カチカチ、心は凍る。カチカチ、カチカチ、感情は消える。」歌声と共に、畑の土がみるみるうちに固まっていく。まるでコンクリートになったかのように、シャベルの先が跳ね返される。
「くっ! これは『心のカチカチ団』の仕業ニン!」キャロ太郎が叫んだ。彼の鮮やかな葉っぱが、恐怖で少しだけしおれている。畑の端から、影がゆらりと現れた。それは、全身を黒いローブに包んだ集団だった。彼らの顔はフードで隠され、表情を読み取ることはできない。ただ、その手には、氷のように冷たい輝きを放つ、奇妙な杖が握られている。杖の先端からは、冷気が立ち上り、触れるものすべてを凍らせていくようだった。
「おやおや、小さなニンジンと、へなちょこな人間が、何をしているのかね?」
カチカチ団の一人が、冷たい声で言った。その声には、一切の感情がこもっていなかった。彼らの目的は、人々の「感情」を奪い、心を凍らせることだという。彼らは、人間が感情を持つことが、争いや悲しみを生む元凶だと考えていた。だから、世界中の人々の心をカチカチに固め、無感情な世界を作り出そうと企んでいたのだ。
「そんなことはさせないニン! 人間の心は、喜びや悲しみ、色々な感情があるからこそ、豊かなんだキャロ!」キャロ太郎は、怒りに震えながら叫んだ。彼は、ニンジン型の甲羅から、特製の「栄養満点手裏剣」を取り出し、カチカチ団に向かって投げつけた。しかし、手裏剣はカチカチ団が放つ冷気のバリアに阻まれ、地面に落ちると、凍り付いて砕け散ってしまった。
キャロ太郎は、生まれて初めて、どうすることもできないという焦燥感に襲われた。彼の体は、徐々に冷気に包まれ、動きが鈍くなっていく。ケンタは、目の前の光景に震え上がった。足がすくみ、声も出ない。へなちょこケンタは、恐怖で完全に固まっていた。しかし、キャロ太郎が必死に戦っている姿を見て、ケンタの胸の奥で、小さな、本当に小さな火が灯った。このままでは、キャロ太郎が凍ってしまう!
ケンタは、恐怖に震える手を伸ばし、凍りついた土を必死に叩いた。コンクリートのように固まった土は、ピクリともしない。それでもケンタは、無我夢中で土を叩き続けた。すると、叩くたびに、彼の心臓がドクンドクンと大きく脈打つのを感じた。それは、まるで土の奥深くで眠っていた何かが、目覚めようとしているような感覚だった。そして、ケンタの瞳の奥で、微かな光が輝き始めた。それは、今まで誰にも見せたことのない、ケンタの中に秘められた、真の勇気の兆しだった。