第一章:へなちょこ少年と、葉っぱひらめく人参忍者、爆誕!
アスファルトの照り返しが目に染みる、じめじめとした梅雨の午後。都心から少し離れた、ありふれた住宅街の一角にある古びた団地のベランダに、ケンタは猫背気味に座り込んでいた。うつむきがちな視線の先には、使い古されたボロボロのサッカーボールが転がっている。ケンタは今年で9歳。いつも少し大きめの、色あせたTシャツと半ズボンを着ているせいで、余計に体が小さく見えた。ボサボサの黒髪と、鼻の頭に引っかかった銀縁眼鏡が、彼の控えめな性格を物語っている。あだ名は「へなちょこケンタ」。その名の通り、何をするにも自信がなく、誰かに話しかけられると、「えっと…」「あの…」と口ごもる癖があった。
ケンタは、サッカーが大好きなのに、クラスの誰よりもへなちょこだった。シュートを打てばあらぬ方向に飛んでいき、ドリブルをしようとすればすぐにボールを奪われる。体育の時間は、いつも憂鬱で、休み時間は図書室の隅で本を読んでいるか、こうしてベランダでぼんやりと時間を潰すのが常だった。友達なんて、一人もいない。正確には、どうやって友達になればいいのか、全く分からなかった。心の奥底では、誰よりも仲間が欲しいと願っているのに、その願望はいつも胸の奥に閉じ込められ、土の中で育たない小さなニンジンのように、しょぼくれていた。
そんなある日、ベランダの隅に置いてあった、ひいおばあちゃんが遺した古ぼけた壺の中から、眩い光が溢れ出した。ケンタは目をこすり、恐る恐る近づいた。壺の蓋がゆっくりと開き、中からむわっと土の匂いが立ち上る。そして、その土の中から、するりと何かが飛び出してきた! それは、鮮やかなオレンジ色の体を持ち、頭のてっぺんからは瑞々しい緑色の葉っぱがぴょこんと伸びた、奇妙な生き物だった。背中には、まるで小さな甲羅のようにニンジン型の固い殻を背負っている。つぶらな瞳が、ケンタをじっと見つめていた。
「おや、おチビちゃん、おどろいたニン?」
甲高い声が響く。なんと、そのニンジンは喋ったのだ! そして、そのニンジンは、ケンタの目の前で、クルリと宙返りを決め、完璧な着地を見せた。そして、背負っていたニンジン型の甲羅から、小さな手裏剣を取り出し、シュッと風を切って投げる。手裏剣は、向かいの電柱に貼られた剥がれかけたポスターの、ちょうど真ん中に突き刺さった。
「拙者は、にんじん忍者、キャロ太郎と申すニン!」
にんじん忍者キャロ太郎は、自信満々に胸を張った。彼の言葉遣いは独特で、語尾にはいつも「〜ニン!」や「〜キャロ!」といった、ニンジンと忍者を混ぜたような言葉がついて回った。その声は、なぜかケンタの心に、枯れかけていた小さな希望の芽に、少しだけ水を撒いてくれるような、不思議な響きがあった。
「お主は、なんだか元気のないニンジンさんの匂いがするニン。拙者、ちょっと心配になったキャロ!」
キャロ太郎は、そう言ってケンタの周りをくるくると回り始めた。ケンタは、生まれて初めての体験に、ただただ呆然としていた。こんな突拍子もない出来事が、自分の身に起こるなんて。これは夢だろうか?
しかし、キャロ太郎の瑞々しい葉っぱが、ケンタの頬をピシッと叩いた時、ケンタはそれが現実だと悟った。ピリッとした葉っぱの感触と、土の優しい香りが、ケンタの鼻腔をくすぐる。それは、ケンタが今まで感じたことのない、生命力に満ちた匂いだった。そして、この奇妙な出会いが、へなちょこケンタの、そしてキャロ太郎の、真の勇気を探す大冒険の始まりとなることを、この時のケンタはまだ知る由もなかった。