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女神の住む場所3



─── それにしても、


 と、マルスは思わず小さくため息をついた。


 隣で聞いていたエドも、同じ気持ちだった。

 戦時下とはいえ、裕福な暮らしをしている人間が存在することは、彼らもよく理解している。

 コクーンにも大豪邸はあるし、マルスやエドも、歴史こそ浅いが名門家系に属している。


 最高の教育と、それに伴う躾を受けた良家の子息として、実家もそれなりに豪華なものだ。だが、これはどうだ。


 豪邸どころか、すでに“城”の域だった。


 記録や本でしか見たことのなかった城が目の前にある光景に、門番の声が耳に届かないほど、マルスとエドは呆然としていた。

 門構えですら驚くべきもので、専用の乗り物で邸宅に向かうと聞かされたときには、「ああ、地球は広い」と、まったく別の感慨にふけったほどだった。


 邸宅が見えたときにはなぜか感動すら覚えたが、内装はそれ以上の衝撃だった。

 もうこれ以上驚かされるのは勘弁してほしいと、マルスは思考を放棄するほど疲れ果てていた。



 二人が通された部屋は、鈍い紅に金刺繍が施された壁紙が張り巡らされ、模様入りの豪奢な赤い絨毯が敷き詰められていた。

 その柔らかさに、踏みしめるだけで声が出そうになる。

 案内してくれた女性に促されて腰掛けた椅子は、立ち上がるのが惜しくなるほど心地よく柔らかいソファだった。


 この一年、戦艦の殺風景な下士官室や簡易椅子に慣れていた身には、どこか居心地の悪さすら感じる豪華さだ。


 天井は漆喰で塗られ、白い大理石で作られた天使が四方に飾られている。その天井から釣り下がるシャンデリアは、光の反射で眩しいほど輝いていた。開閉に苦労しそうな深紅のカーテンにも、やはり金刺繍が施されている。


「中立で宗教国家で、戦争の被害がないといっても、警備とかは平気なのか」と、隣でエドが呟いた。


 その呟きの答えを探していると、別のドアから先ほどとは違う女性が「こちらへどうぞ」と呼びかける声がして、その導きのまま続き間に入ると、これまた豪華な部屋に通されたが、今度はその豪華さを感じる間を与えられなかった。




「ディナル公国公主のカルロ・イシリス・カーディナルフェルです。マルス・ローダリール少尉にエドアール・ユーリン・イエンゼット少尉ですね。娘のフランシスカ・リーナが、士官学校時代にお世話になりました」

「私の方こそフランシスカ公姫様には、親しくさせて頂き、こういっては憚りますが、楽しいアカデミー生活でした」


 こういう時に出るのはまさしく日頃の育ちだとエドは思う。


 マルスという男は本当に、嫌味なくらい紳士的に振る舞う事が出来る。

 ごく一部の親しい人間達にはそれなりに年相応の態度で接するが、いつも冷静な仮面を付けて顔色を変えるなんて事は本当に滅多に拝むことが出来ない。

 感情を抑えて機械のように与えられた任務をこなし、もちろん命令違反など皆無だ。

 淡く微笑その表情に自信や傲慢さ、自慢が浮かんでいればまだしも、本当に無表情の延長線にある微笑みだったりするから、なおタチが悪い。

 だが、そんなマルスが本当に褒められるとすれば、こういう場面においての物腰の優雅さと本当の意味での育ちの良さだ。

 握手をするために差し出した手のタイミングも見事だし、相手に対して返礼するその礼も優雅だ。

 ディナル公の勧めでイスに着席するときも、良家の子息を思わせる。


 ローダリール家はコクーンでは名門と名が通り、遠く遡ればコクーン移民の第一世代の中でも稀であった地球の上流階級層に属していた。

 コクーンにおいても代々、政治家や外交官を排出しているのには、その当たりにも起因している。

 そのローダリール家の一人息子として生まれたマルスは、幼い頃から厳しく躾を施され、史上最大の親子ゲンカの時に逃げ込んだ、クリスタルディア家も名門家であったから、自然と身に付く物も多い。

 ある意味、育ちの良さがこのマルスの良さだ。


「コクーン共同議会総責任者、大総統シューリオ・ハウ・プロテュースの名に於いて、カルロ・イシリス・カーディナルフェル公の申し入れを受諾させていただきます」

「そうですか。では、これをシューリオ大総統殿にお渡し頂きたい」


 差し出されたのは一枚のカード。

 それをマルスが受け取ると、カルロが静かに息を吐くのが聞こえた。

 この申し入れはディナル側からだと、マルスもエドも聞いている。

 ならば、その返事を聞くまで、ディナル公は心休まる日はなかったに違いない。


 地球降下前に起きた民間シャトルの追撃事件が、国際連合軍の攻撃だということは、シャトルに乗っていた人間ならだれでも分かるはずだ。

 肩に書かれた認識番号は見間違えることなどできない。

 にもかかわらず降りた地球のメディアはどこも報道していなかった。

 地球側がこれほどの規制を受けているとは知らなかっただけに、その現実に複雑だった。

 マルスもエドも地球はもっと自由だと思っていたの。

 この事実を知り地球で知り得た情報を推察するにディナル公国とて安泰ではないし、その立場はとても微妙なのだと思う。


 目の前にいるこのディナル公の肩にのしかかる重圧は大変な物に違いない。

 ましてやディナル公は、コクーンとの親善の立場をとりつつも、あのデュオン家の人間でもあり、国際連合の議長でもある。

 それでもコクーンに申し出た技術協力の意味は重い。

 ディナル公とシューリオ大総統との間で何が話し合われたのかは、マルスとエドには分からない。

 だが、それはディナル公が本家との決別を意味し、下手をすればアンタレスから追放を受ける危険性だって孕んでいる。


「本日は、どちらかにおいでになるのですか。 もし、よろしければ、部屋をご用意いたしますが」


 ディナル公の申し入れにマルスとエドは、即座に鄭重に断りを入れる。


「お気遣いはありがたいのですが、別の要件もあり、早急にそちらに向かわなければなりません」

「そうでしたか」


 確かに気遣いはありがたいのだ。

 ありがたいのだが、このお城でゆっくりと休める自信がないからとは口が裂けても言えない。

 お城といっても過言ではないこの公邸で育った、アカデミー時代の級友であるリーナが自宅に帰るのを渋っていた理由がなんとなく理解でき、逆にこのお城に住んでいたという彼女を賞賛する。


 この後、ディナルから他の娘を紹介しますと言われた時に、素直に頷いていればよかったのだと、悔やむのは問題が起こってから。

 この時のマルスとエドは、無事に謁見が終わったことにも、失礼にもお城を脱出できたことにも、ただ安堵していた。

そして何故、士官候補とはいえ下っ端で年場の行かない自分達が、この任を任されたのかも深くは考えていなかったから、この会見の裏にあった思惑を知ることが出来ないのは当然だった。


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