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女神様の住む場所1


(ここに、あの父がいたのなら確実に、殴りかかっている)



 そんな事をしている場合ではないとか、他に手だてはないのかと考える余裕などあるわけがない。と、考えている事自体、思考能力と呼ばれる機関が逃避という、これまた信じられない芸当をしているのだ。

 と、考えつくだけの思考能力さえも失っていたマルスが、その逃避した脳でやれたのは、信じたくない現実をきちんと見つめ続けていることだった。

 

現実というのは、残酷で太刀打ちできない事が数多く存在する。


 その逃げ出さない瞳が写しているのは、自分たちの乗ったシャトルに向かって、見たこともない戦闘機が、今まさに攻撃を仕掛けようとしていること。

 エリートであろうとも、死に直面すれば怖いのは当然で、マルスもエドもその恐怖に晒されて、出てきたのは神の名前。


 苦しいときの神頼みとはよく言ったものだ、


 とやっぱり、唱えているのは神アンタレスへの助けなのだから我ながら情けないと思えるほどの余裕もない。

 いかにエリートであろうと、いかに恵まれた将来を持っていようとも命があってこそのシロモノ。

 軍学校を出て兵士になろうと、エースパイロットと持ちはやされそうとも、やはり怖いものは恐いのだ。

 それが普通の反応なのだが、何故かこの時はマルスもエドも妙に落ち着いていて。

 別に諦めたとか覚悟を決めたというわけではないのだが、目の前で起きている出来事を正しく認識するのに時間を要したというか、思考回路が再びシャットダウンされていて、反応に遅れているというほうが限りなく真実に近い状態だ。

 為す術はもうない。

 マルスとエドがアンタレスの名を呟く。



──── 神アンタレスよ! ご加護を。と。



***


 遡る。

 エリダヌスにあるコクーン共同防衛本部で受けた命令に従い一度、与えられた宿舎に戻り、地球に向かうための準備を開始したのが丁度二四時間前。

 支度と連絡事項の確認、グリーフィングを終えて第2コクーンの民間宇宙港に向かったのがその四時間後。

 無事にシャトルに乗り込んだのが今から一八時間前。

 順調に月に到着したのが今から一時間前。命令を受けてから一抹の不安を抱いたマルスが指定された地球行きのシャトルに乗り込んだのが三〇分前。

 そして、自分たちの乗ったシャトルが見たこともない戦闘機に襲われたのが、今から一〇分前。



「こんな…………」


 マルスが呟くのも無理はない。

 突然にして現れた戦闘機にマルスとエドが驚愕する圧倒的な機動力と武力を見せつけただけでなく、初めて見る人型戦闘だった。

 しかも地球側が手を出せないはずの空域で、マルス達が乗っているシャトルは民間機なのだ。

 にもかかわらず何故、地球側がこのシャトルを狙っているのか。

 コクーン防衛軍の護衛艦と戦闘機があっという間に蹂躙されるのを見た瞬間、先ほどまで思考を放棄し現実から逃避していたマルスの思考回路が、急に覚醒し正しく動き始めた。

 かなり遅れてエドの脳も覚醒する。

 絶望的な悲鳴がシャトルを満たす中、マルスとエドは立ち上がると、揺れているシャトルの中を移動し、特別室との間に設けられているスペースの窓から外の戦闘を見入る。


「エド、あの機体の認識ナンバーは国際連合だ!」

「…なぜ、国際連合が民間のシャトルを狙うんだ?」

「くそっ!」


 窓に見入るエドの隣でマルスが突然シャトルの壁を殴りつける。

 その乱暴な物言いにも驚いたが、滅多に見せないマルスの苛立ちと怒りにも驚く。

 なんだかんだで育ちのいいマルスだ、言葉だって日頃は丁寧だしモノに当たる姿など子供の時以来だ。


「くそっ! なんでこんな時に何も出来ない!」

「マルス!」


 何も出来ずにいる現状に歯がゆさを感じ、怒りを隠しきれないのかマルスが再び壁を殴る。

 客室は絶望的な声と同時に激しい鳴き声と、様々な感情のこもった声が部屋を満たし支配している。

 圧倒的な戦力の違いを前にコクーン軍は必死にシャトルを護ろうと奮戦している。だが、それも時間の問題だ。

 四機の見たこともない戦闘機は、まるでもて遊ぶかのように、コクーンの戦闘機を追いかけては、確実に打ち落としている。


「これが、地球とコクーンの軍力の差なのか?」


 この期に及んで至極冷静なマルスの声。

 先ほどまでの怒りやパニックはどこへ? 

 と疑問を投げつけたくなるほどの立ち直りに、マルスとはつき合いの長いエドですら付いていけず目眩がしてくる。

 誰かがマルスのことを「戦闘においての冷静さ判断力、柔軟性とどれをとってもトップクラス」だと言っていたが、トップクラスではなく、ただ単に現実を正しく認識する能力に欠如してるだけではないかと疑いたくなる。

 この状況下、しかも自分たちの命の危機を前にして、どうして冷静でいられるのか。

 エドは再び軽い目眩に襲われ目の前が暗くなりかけた。

 いや出来れば、すぐにでも気絶して気が付いたら天国というコースが一番ありがたかったが、となりのマルスと来たら真剣な表情で戦闘を見つめている。

 そうなると一人慌てて、一人怯えて、一人現実を逃避しているのが馬鹿らしくなり、急に心が落ち着いてくるから人間というのは不思議だ。


「確かに、研究は進められていたと聞く。デュオンは成功したということか」

「叔父上が慌てるのも無理はない……くそ! 尚更、こんなところでは死ねない! どうすればいい! なんで何も出来ず、こんなところで、撃ち落とされるのを待つしかないのか!」


(アンタレスよ! どうかご加護を。ジャスティティアの幸いを!) 


 マルスの祈りを聞き届けたのか、そのとき、神が舞い降りた。

 な、訳があるわけないのだが、突如として光を伴い(いや絶対に有り得ない事だが、二人の目には光輪を背負ったようにしか見えなかったのだ)現れた白い機体は、最初は自分たちが使用している見慣れた戦闘機と同じ形だった。

 だったはずなのに、四機の人型戦闘機が白い機体に気が付いて攻撃目標を民間シャトルから、変更した途端。

 確かに飛行型だったのだ。

 光を伴って現れた白い機体は、マルスとエドの目の前で変形した。

 変形としか言いようがないのは、マルスとエドのボキャブラリーが少ないわけではなく、本当に変形としか言いようがないからだ。

 それも自分たちが激しく衝撃を受けた人型に。

 だから、てっきり国際軍の増援かと思ったのだが、その白い機体は変形と同時に一機で、しかもわずかな時間でその場から国際軍を退けた。

 自分たちはやっぱりもう死んでいて、天国にいるのではないか。


 天国も戦時中。


 等と暢気なことを考え出した時は、すでに戦闘は終わっていた。

 目の前で繰り広げられた戦闘は現実なのか、はたまた自分たちの見た妄想なのか、とにかくにわかには信じられない事実に、マルスもエドも半ば呆然としていた。

 国際軍の新型を見ただけでも衝撃だったのに、その人型戦闘機にコクーンの戦闘機は刃向かうことは出来ても、歯が立たないほどだった。

 なのに光を伴って現れたその戦闘機は変形したばかりでなく、こともあろうに四機相手に互角に闘い退けた。


「マルス、認識番号はわかるか?」

「いや見えなかった。というより、付けていなかった。国際軍でもコクーンでもなければ、どこのだよ!」

「まさか──── 本当に神様だとか」


 最後まで言い切る前にエドの目には、マルスのこれ以上ないほどの底冷えした視線が飛び込んできた。


「ちょっと、冗談を言っただけだ。気にするな」

「俺たちは……本当に籠の中の鳥だエド」


 マルスの視線に促されて転じた視線でエドが見たものは、それこそ本当に声を大にして、アンタレスの名前を叫びたくなった程だ。

 しつこいようだが、光を伴って現れた飛行型戦闘機は、人型になって敵を退けた後、再び飛行型になって、こともあろうに、こともあろうにだ。

 そのまま地球へと降下していった。

 シャトルが自由に大気圏を突入できる時代で、宇宙戦闘艦なんかが平然と航行する時代で、宇宙で戦争を繰り広げ、宇宙で人が生活をできる時代なのだから、別に不思議なことなどないはずだ。

 それでも、やはり常識的に考えれば、戦闘機が人型であることだって十分理解の枠を超えているのに、それが単機で大気圏を突入できるほどの性能をもっているとなれば、理解の範囲も許容範囲も自分たちの脳みその範囲だって超えていた。

 だから、再び二人の口から神の名前が呟かれたとしたって不思議はない。


 宇宙生活者の殆どが信仰している神アンタレスには運命の女神であり、勝利の女神であり、そして悲しみの女神と呼ばれる「ジャスティティア」という名の姫神がいる。

 彼女は、運命を司り見ることは出来ても手を出すことは出来ず、滅び行く運命をも見続け悲しみに暮れるという。

 その一方で勝利の女神とも呼ばれている。

 自分のことでは決して立ち上がらなくても、父であるアンタレスの強い要請には従い、どんな逆境であろうとも、どんな運命であろうともひっくり返す逞しい女神でもある。

 相反する意味を持つこの女神は、よく翼を持つ女神として描かれる。

 だから、あの戦闘機が突然、現れたときには、本当にそのジャスティティアが現れたのかと思ったのだ。



 マルスとエドが、呆然として白い機体を眺めていた頃、重層な扉の向こう側には二人の人物が、シャトルとは思えないほどの豪華な部屋のとんでもなく立派なイスに腰掛けて、やはり窓の外の戦闘を見つめていた。

 だが、こちらはマルス達のように取り乱したり、呆然としたり驚愕することもない。

 マルスとエドがこれから親書を届けることになるディナル公本人と、その娘のサラディーラである。

 突き抜けるような蒼穹を思わせる蒼い瞳。肩で切りそろえられた艶やかに光を放つ青みがかった黒髪。

 憂いを秘めたその表情。

 逢った誰もが絶賛するであろう容姿をもった少女は喉から絞り出すような声を紡ぐ。

 ただ一言。「キラ」と。

 その呟きを聞いた父が少女の手を取り優しく本当に優しく握りしめる。




 シャトルは何事もなかったように、地球に降下を始めていた。



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