女神と勇者のお見合い3
「いつまでそんなところで呆けてるのよ」
と。
つい最近も耳にした言葉を、またもや同じ人、同じ口から聞いたマルスは、その声の持ち主に視線を転じた。
彼女の声は確かに鳥のさえずるが如く、はたまた鈴のごとしと例えられるだけあってマルスの耳にも、心地よい音を響かせているが、その口調は、そのさえずりや響きとは相反していた。
つい先ほどまでは並んで歩いていたはずなのだが、深い回想の中にいたマルスが声で我に返ってみれば、彼女は自分より数歩前を歩いていた。
慌てて彼女の隣に並べば、絵本の中から飛び出してきたようなそのお姫様の目がキラリと瞬いたような錯覚を受けた。
いや、実は錯覚ではないのだが、キャルローラ嬢のこの「キラリ」が悪戯を起こす数秒前であることなど、露も知らないマルスは、気にもとめていないのだ。
──── 数分前。
「マルス様に是非ともご覧に入れたい場所がございますの…わたくしの一番のお気に入りですわ、是非、ご一緒していただけませんか?」
などと、極上たる笑顔に軽やかな声ともにキャルローラ嬢に告げられ、ものの見事にそそのかされたマルスは、陽光降り注ぐ天上の庭たる温室を、天使の手を取り後にした。
ガラス張りのその部屋から出るときに、リィに「マルス、気を付けろよ」と涙目で釘を差された。
出会って突然、投げ飛ばされた過去などこの時点ですっかり忘れて浮ついていたマルスは、何を差して「気を付けろ」なのか皆目検討もつかず、その友人のリィに「何のことだ」と聞き返したのだが、リィはただ「何も言えない…」と、今度は不憫だという表情をして繰り返すばかり。
もう一度「何が?」と問いかけたとき、お姫様が「どうなさいましたの?」と、右手にパラソルを持ち、左手を差し出していた。
歩く道すがら「隙あり」と右手を取られて、青空を仰ぐことになり、そのことに対して抗議する間もなく、邸の中に連れ込まれた。
そして、気が付けばマルスは白いディナルの礼服を身につけて、キャルローラ嬢とともに写真撮影をされていたのだ。
この一時間弱の記憶など、本当に欠落していて、魔法にかかったとしか言いようがないのだ。
けれど、投げ飛ばされた際に打ち付けた腰の痛みが現実だと知らせている。
「婚約者様、どうぞ、お笑いになって」
頭上にティアラを乗せ、椅子に腰掛けているキラが、上目遣いに微笑んだ。
誰のせいで戸惑い、誰のせいで顔が引きつっているのか、誰よりも一番理解している人間に言われて、マルスは瞬間、激しい目眩を覚えた。
けれど、そこにいるのは自分が一目惚れし、今でもやはり嫌いになれない美しいキラ。だから、マルスは心に渦巻いている不平も不満も、封印することにした。
これが、マルスの理不尽極まりない波瀾万丈の人生のスタートになる事は、マルス以外の全員が気づいていた。




