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*華麗なる姉妹の特別なジジョウ*  作者: 六軒さくみ(咲海)


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女神と勇者のお見合い2


「まあ、お似合いの二人ですわ。ご覧になって、あなた」



 海に面して儲けられた私邸の、真っ白なバルコニーから手招きしているのは、カルロ公のただ一人の妻であるマリアリリーナ・フィーラ夫人である。


 気品漂うそのほっそりとした身体からは想像も出来ないが、長男のレリファン・マールを筆頭に男3人、女1人の合計4人の子供を産み、立派に育てあげた。

 そして平和と安定のために粉骨砕身とばかりに世界中を飛び回るディナル公の代わりに、しっかりと留守を守る賢夫人としても名高く、良妻賢母の手本とまで言われている。

 

 アンタレスに属する者は離婚は許されていないため、たとえ二人の性格が不一致で悲劇的であろうと、たとえ世に名を轟かせる悪妻であろうと、そして夫がどれほど不能で暴力的であろうとも、とにかく生涯添い遂げなければならない。

 困ったように首を捻るカルロ公も、たおやかに微笑むマリアリリーナ夫人も、断れないお見合い結婚の末、結ばれた二人である。

 が、運良くこの二人は共に手を取り茨の道を乗り越えてきた理想的なおしどり夫婦である。


 ある件だけを除けばと但し書きが添えられているが。


 微笑む夫人の手招く方にそっと歩み寄ったカルロ公の目に飛び込んできたのは、花とレースで縁取られた白のパラソルを手に歩く娘のキラと、その娘に連れ添って歩く将来の義理の息子のマルス・ローダリールで、再び夫人は軽やかな声をあげる。


「マルス様でしたら、キラの良い伴侶となれますわ。ほら、ご覧なさいな、あなた。二人が連れ添っている姿はとても絵になりますもの。キラのドレスはどのようなものにしましょう。楽しみですわ。結婚式はきっと素晴らしいものになりましてよ」


 にっこりと笑う顔に邪気は一つも見あたらないから、間違いなく本心からでた言葉。

 けれど常日頃の娘の行状を知っているカルロには、どこからその言葉が出てくるのやらと真剣に妻の精神を疑いたくなっても致し方のないことであった。

 確かにマルスならばキラの良い伴侶となるに違いない。

 それは見目が麗しいとか、キラと並んで見劣りしない身長だとか、容姿のことを言ってるのではない。


 キラの伴侶候補を探した際、数十人の名が上がったが、様々な観点から判断してマルスについては、ディナル公国の公としても、娘を持つ父としても、キラの相手として頷かずにはいられない人物だった。

 もちろんアンタレスの責任者としてセレスの肝いりで決まった結婚ではあるが、カルロ個人的にも本当に好ましい人物だと思っている。


 アンタレスのセレスから受け取った身辺報告書に問題など見あたるはずもなく、彼が幼年期を過ごしたクリスタルディア家の評判もすこぶる良好だ。

 完璧な人間などこの世に存在するはずもないから、欠点も存在する。

 それでも、その欠点のなんとかわいげがあり、人間味に溢れていることか。


 キャルローラという名の天使とも、女神とも称される人外生物(大体、天使も女神も人間じゃない)に近い娘を持つ身から見れば、マルスの欠点など本当にかわいげがあり、資質はその欠点を十分に補っていた。


 マルスの父ルイスが事あるごとに自分の息子を自慢していた理由がよく理解できる。

 だからこそ、カルロ公の胸を何かがチクチクと刺すのだ。

 キャルローラ嬢の伴侶となるのであれば、マルスの将来は約束されたも同然で、人もうらやむ生活を得ることも出来るし、従順でほがらかな妻を娶ることが出来るであろう。

 けれど、キラの伴侶となるからには想像を絶するほどの運命の荒波と宿命の荒野が待っているのは間違いがない。

 それを思うに付け、彼の今後の人生が気の毒に思われてカルロ公は涙すらも禁じ得ないのだ。


 なのに妻の心はすでに結婚式に向いている。


「マリア……」

「あなた、結婚式はアンタレスの大聖堂ですの? キラの結婚式ですから当然ですわね……楽しみですわ。どのようなお式にしようかしら。結婚後はどちらに新居を構えますの? わたくしキラと離れて暮らすのには堪えられませんわ」

「マリア、まだ正式に決まったわけではないのだし……今回の結婚式はセレス様のご意向を伺って……から……でぇ」


 花嫁衣装のことからすでに式のことにまで及び、果ては結婚後の新居にまで話が及ぶに至って、さすがに妻の暴走する妄想に歯止めをかけようと繰り出した言葉を最後まで言えなかったのは、目の前に妻の顔が近づいたからだ。

 それも満面の笑みの中で目だけが笑っていない。


「あ、な、た」


 三文字の間に打たれた点は、猫なで声を現れしているわけではない。

 その声に込められていたのは、復讐と混乱の地底の女神もかくやと言うばかりの迫力だ。


「わたくしが、キラの結婚式をどれほど楽しみにしているかご存じですわね」


 さすがはキラの母であるというべきか、それとも目の前の女性に育てられたからこそのキラなのか。

 とにかく、こういう時のマリアリリーナという女性はとんでもなく強くなる。

 迫力におされつつ、言いたいことを十分理解しているカルロは妻の白いしなやかな手をとり、その甲に口づけすることで返事にする。


 マリアリリーナ夫人がこれほど娘の結婚式に拘るのには理由がある。


 夫人は、ブルーム共和国出身のアンタレス護衛団の責任者である父、ブルーム共和国の指導者の家柄出身の母から生まれた。

 名門に輪をかけて金粉を塗したような名家の娘で、彼女自身も温室のバラとして大切に育てられた、深窓のご令嬢だった。


 他を圧倒するような美貌を持っていたわけでもなく、音に聞こえるほど才に溢れていたわけでもなかったが、お嬢様として何不自由なく育てられたおっとりとした雰囲気と、家族の愛情と慈しみによってはぐくまれた穏やかな性格は、自身が持っていた資質の清廉さと相まって、ふわっと花が咲いてるような人だと、一部でもてはやされていた。


 一部では頭に花が咲いているとも言われてはいたが。


 24歳にして突然ふってわいたカルロ公とのお見合い話にも「まあ、随分と急ですのね」と他人事のように呟き、父から断れない結婚なのだと告げられても「あら、大変ですわね」とこれまた人ごとのような呟いた。


 当時、カーディナルフェル家はデュオン家と一悶着があり、その存続すら危うい状態。

 アンタレスに忠誠を誓った身であるとはいえ、娘の人生を犠牲にすることは父親としては納得できず、命を賭しても断ろうと思っていたのだ。

 けれど、肝心の娘であるマリアリリーナの「お逢いしたいですわ、そのお方と」という微笑みを見て、彼は腹を決めた。


 お見合いからわずか半年後には、アンタレスの大聖堂で、若き公主となったカルロ公とマリアリリーナ嬢は結婚式を挙げたのだが、ここに問題があったのだ。


 本来、カルロ公はプレイボーイと呼ばれる部類からは程遠い人間で、幼い頃から徹底した教育とそして自分の家の立場というものをイヤと言うほど肌で感じていたこともあるので、浮ついた所も一切なかった。

 また、そんなことにうつつを抜かせられるほどに、穏やかな人生を送れた人物でもない。

 物心が付いた頃より、本家との諍いはひどくなり、成人を迎える頃には、泣き言や我が儘など通らない状況下になっていた。


 女性関係でいえば女性を知らないワケではないが、関係で揉めたことは一度もないし、気の利いた言葉を繰り出せるほどの器用さもなかった。

 そういう意味では、カルロ公はマルスに近いものがある。

 だからといって言い訳になりはしないが、女性の心であるとか、夢見る少女の気持ちという部分については、察することも気遣うことも出来ず、従って妻となるマリア・リリーナの結婚にかける意気込みを知る由もなかった。


 不安定な情勢と、自国やブルームの不安を憂い、少しでも明るい話題を、そして自分に万が一の時の事を思い、結婚式を早めた。

 もちろん、マリア・リリーナを政治的に利用しよう気持ちは更々無かった。


 はじめて逢ったときからマリアリリーナの包み込むような柔らかさと、おっとりとした性格を好ましく思っていたからだ。

 だが最悪なのは互いを理解する前に結婚してしまったことだ。


 結婚式の当日、マリア・リリーナは、カルロ公から贈られたドレスを見て突然、泣き出したかと思うと大聖堂のトイレに篭もり出てこなかった。

 ドレスのサイズが違うと言うことではない。

 贈り主のカルロは名目上であって、サイズを選んだのもデザインもすべては別の人間が担当していたから。

 だから泣き出したのは結婚に対する不安の、花嫁にありがちな情緒不安定だと思いマリアリリーナの両親も、この日のために用意された侍女達も問題視はしていなかった。

 かくゆう彼女の両親すらも、大聖堂に足を踏み入れた時には、尻込みしたくらいなのだ。


 凄いとは聞いていたがここまでとは想像もしていなかった。

 いくら護衛を委されているといっても、大聖堂のこの場所には限られた人間しか立ち入ることは許されておらず、現に結婚式といえども、この場に参列出来るのはアンタレス以外では互いの両親と付添人のみの、本当に厳かな式が待っているのだ。

 厳かな式が約束された場所に足を踏み入れた瞬間、マリアリリーナの両親は腰を抜かさんばかりに驚いた。


 映像としてならば何度も見た。

 けれど映像で見るのと実際にその場に立つのとではまったく違う衝撃が襲い来るのが人間の感覚という物だ。

 きらびやかなという形容ではまだ足りない。

 豪華絢爛でもまだ足りない。

 この世の豪華や煌びやかというものに属する言葉の全てを集めてもまだ足りないような場所であった。



 ドームの形をした高い天井からは幾重にも柔らかい光が、まるで雲間から差す光の如く天座を照らしている。

 天上一面には、アンタレスを中心とした神々の勇姿と、女神達の美しさが鮮やかな色彩をもって描かれ、周りを巨大な額縁のように飾るのは大理石で作られた天使達。

 足元は白、赤、緑、黒と彩も豊かな大理石で作られたモザイク細工のタイル、翡翠や瑠璃で埋め尽くしたアンタレスの文様。

 正面の入り口から天座までの長い回廊の左右には、これまた豪華絢爛に装飾されたバシリカ、立ちつくす女神達の像。

 バシリカに儲けられた、礼拝堂にはそれぞれの神と女神が鎮座し、従うようにこれまた天使達がまさしく飛んでいる。

 その行き着く先の黄金で彩られた天座の後ろにはアンタレス像が立ち、左右には女神ジャスティティアと弟神フォスフォールがいる。


 別世界といっても過言ではない場所。

 これを見れば尻込みをしても当然であった。

 だからマリアリリーナの両親も、自分たちの娘は、この大聖堂を見て初めて自分が嫁ぐことになったカーディナルフェル家を知り、動揺しているだけなのだと判断した。

 時間がくれば腹をくくることは出来なくても、事の重大性に気が付いて出てくるだろうと考えていたのだが、一時間たっても二時間経っても三時間経っても出てこなかった。


 式の開始まであと30分という時になって、彼女の両親は慌てふためき、侍女達は混乱し、護衛達は右往左往した。

 何がなんだか判らないままマリア・リリーナの篭もったトイレの前に立たされたカルロは、その時はじめて妻なる女性の口から「わたくしの夢は自分でデザインしたドレスを着ることでしたのに! わずか半年では間に合いませんでしたわ!」と怒鳴られた。


 そんなくだらない事情でトイレに何時間も篭もっているのかと思うと、疲れるやら呆れるやらで、カルロは不覚にもそんなことと言ってしまったのだが、それを聞いたマリアリリーナは重たい豪華な扉を壊さんばかりの勢いで開け「わたくしにはこれ以上ないほどに大切なことですのに」と、再び号泣した。 

 侍女達が「泣きはらした目の花嫁など縁起が悪い」「婚儀の映像は世界中にながれます」と言うに至り、カルロ公は妥協案を提示した。


 よもやその時の妥協案が自分の首を今、絞めそうは思ってもいなかった。


 気が付くべきだったのだ、あの時に。

 良妻賢母のお手本とまで言われているマリア・リリーナ賢夫人の本質に。

 事あるごとに気を失い(キラのような娘を持てば普通の人間ならば当然の行動なのだが、この一族においては別の話である)、事あるごとに涙ぐむ(何度も付け加えるが、普通の親ならば当然なのだ)この夫人は、本当はとんでもなく頑固で芯があるのだ。


「………マリア、セレス様は今はアンタレスの」

「ガブリエル10世様でいらっしゃるのでしょう。存じておりますわ。ですが、これだけは譲れません。もし、ガブリエル様がわたくしの邪魔をなさるようでしたら、わたくしにも覚悟がございますわ」


 覚悟の内容を聞くのも怖いカルロは「私からも進言しよう」と妻に約束をしてしまうのだ。


 情けないと言われようと、不甲斐ないと言われようとも、夫婦というのはこうして(一方的な)妥協と(一方的な)思いやりで成り立っているのだ。


 多少、他よりも一方的な部分が存在してとしてもだ。


 表向きは良妻賢母の賢夫人、夫を立てて夫につくしていると見えるマリアリリーナ夫人が、夫よりも上位に位置している事実も、表向きたおやかで愛らしく、天上の女神もかくやと言われるキャルローラ嬢が、この一家の王座に君臨している事実も、誰も知ることはなく、世の中は回っていく。


 改めてカルロ公、そのキラの伴侶として選ばれてしまったマルスに深い同情を感じていた。

 横を見れば先ほどまでの迫力はどうしたといわんばかりの妻が、夫の哀愁も知らず「本当にお似合いですわ」と一人ご満悦であった。



 それはキラの足下(実は投げ飛ばされた)で呻いているマルスを見ても続き「油断は大敵ですもの」と事も無げに言うに至り、カルロは「アンタレスよ」と呪いとも懇願ともつかない呟きを吐き出した。



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