勝利も女神に微笑む3
──── ジャスティティア……
新型戦闘機に乗せられることに抗議する間も、質問する間も、ましてや戸惑う間すらも、下手をすれば何をどうすれば動くかも判らないまま。
いきなりコックピットに押し込められて、右も左も計器の見方も判らない新型機で、言葉を発する間もなく押し出された暗闇の宇宙は、マルス達に冷たい現実を教えくれた。
恥も外聞も自分の心すらも騙してしまえるのなら、このまま引き返したい程の頼りなさと、何も出来ない自分への情けなさで、エリートとしての自尊心は、粉々に砕ける寸前だった。
目の前の空域では敵と味方の交戦が続いていて、親友のリィが「よく上や下、右や左の概念のない宇宙空間で、無分別に無神経に、戦争をしていられるよ」と言っていたことがあったが、その台詞をこのときほど実感したことはない。
内心では半泣き状態の神経と心をしかりつけて、落ち着くことに専念していたら、急に操縦席のモニターが明るくなり、次から次へとデータが流れ、最後には「勝利は私にこそ輝く」等と悪戯かと思う文章が現れて、次の瞬間には目の前に白い機体が舞い降りたのだ。
宇宙空間で舞い降りたという表現は的確ではないが、マルスの目の前に突然現れた機体は、そうとしか言えないような仕草に見えたのだ。
敵であるかもしれないこの機体に対して警戒をするのが当然で、敵ならば自分たちの機体などとうに撃ち落とされているわけだが、とにかく、この白い機体が現れたおかげで、急に冷静になったことは確かだった。
空域に到達した頃には戦闘は終了して、マルス達は全く使い物にならなかったけれど。
あの日のように突然現れたその純白の機体は、あの日と同じように戦況を一挙に変えてしまった。
劣勢だったコクーン軍は空域の制空権の確保に成功し、デュオン軍を撤退させることに成功したのだ。
そして今、マルス達の目の前には、そのジャスティティア本人がいた。
白い機体からリフトを使って降りてきたのは一人の小柄な人間で、その場にいた人間が格納庫で固唾を呑んで見守っていた。
なんといってもその機体に乗っていたのはマルス達を、ひいてはコクーン軍を助けてくれた人物なのだ。
いわば救世主である。
気にならない方がおかしい。
みんながその人物が誰なのかが気になっても仕方のないことで、艦内の殆どの人間が格納庫に駆けつけたのだが、艦長の「任務は、職場放棄は厳罰です!」との声に、この場に残っているのは、マルス、エド、ルノそしてロザラインと格納庫のを職場としている人間達だけであった。
一足先にアヴァロンに帰投した(帰投の時もひと騒動だったが)マルス達は精神も、肉体もすべてのものが疲労していたが、着替えもそこそこに格納庫でその様子を見つめていた。
目の前の機体は所属不明の戦闘機ではあるが、ロザラインが着艦許可を出したということは敵ではなく味方のはず。
その白い機体からリフトで降りて来た搭乗者は、足が床に着くと辺りを見回し、空気があることを確認してからかぶっていたヘルメットをとった。
その瞬間の衝撃と、驚愕と、動揺ととにかくすべての様々な感情を、マルスは一生忘れないと後々語るのことになる。
瞬きすることすらも忘れそうな衝撃に、マルスは本当に自分の心臓が止まっているのではないかと、胸に手を当てて確かめてみた。
ギギと油の差し忘れた機械が立てそうな音が耳の奥で聞こえた気がして、それが自分の動揺の音だと知り(もちろん錯覚であるが)、似たような音が横からも聞こえてきて(これだってもちろん錯覚)、そちらに視線を向ければ、エドやルノもマルスと同じ仕草をしていた。
格納庫にいた人間全員がある者は眼を剥き、ある者は瞠目し、ある者は立ったまま気絶していそうな有様で、その中にあってロザラインだけが、かつてマルス達に見せたことなどない微笑を浮かべている。
そこにいたのは一人の少女。
ヘルメットを取った瞬間にこぼれ落ち、ふわりとの効果音付きで舞い上がったのは、滅多にお目にかかることの出来ない、そして自分たちが一度見たことのある、青みがかった極上の絹糸のような長い黒髪。
すべてを見抜きそうな大きくてそれも今まで見た中で一番美しい光をたたえた紫色の瞳。
紅く艶やかな唇。
非の打ち所など見あたらない、それこそ探すことの方が難しいほどに整いすぎた美しい顔。
スーツの上からでもわかる手足がすらりと長くバランスのとれた肢体。
其処にいたのは数週間前、戦艦アトラスの格納庫で、美しいドレスを身に纏い、たおやかに、可憐に、優雅にそして品良く微笑みをたたえていたディナル公国の第一公女のキャロルーラ・シオン・カーディナルフェルがいた。




