女神様へ捧げられる供物3
さて、子供が出来てしまってから何の手順も踏まずに結婚するのを出来婚というらしいが、これも立派な恋愛結婚で、結婚をすることにかわりはない。
けれど、これが一国の国王であるとか、ある程度の地位にいる父親を持つ人間はそんな事は出来るはずもない。
ましてや子供が出来たから結婚を許しては絶対に許されるはずもないし、正式な段取りもなく結婚することなど言語道断で、恋愛結婚など幻想・空想・夢想とまで言われる立場にいるのが、キャルローラ嬢である。
本人は普通の結婚を夢見ているが、婿選びにも選定に選定を重ね、人柄や家柄など調査出来うる限りの調査を行い、やっと白羽の矢が立つと水面下で申し入れをし、表面上だけ相手の反応を待つ(無論、断るという選択肢はない)。
その後、本人同士の意志などまったく関係のないままに(政略結婚とはそういうもので、どんなに時代が変わってもなくならない結婚のスタイルでもある)トントンと、三段ジャンプのように話が進み、気がつけば、婚約発表そして結婚式となる。
婚約発表から結婚式の日取りまで時間が空くのは、情勢がかわり万が一にもこの政略結婚が必要でなくなったときに破棄するためだ。
キラ嬢の結婚は、得てして周りから見ればとんでもなく気の毒なはずなのだが、どちらかといえば気の毒なのは、実はキラの相手ではないかと、サラは密かに思っていた。
茫然自失の体でルイスが「これのお返しをでございますか」と呟いた時には心底同情をしたものである。
話は、キラの思い立ったが吉日の前日に遡る。
アンタレスが有しているキラ曰く悪の前線秘密基地と呼ばれる研究所、表向きはカーディナルフェル家の管理する月にあるアンタレス騎士団育成研修所内でキラは、サラを相手に罵詈雑言を繰り出して、やっと落ち着いてきたところだった。
と思ったのはサラだけで実はまだ、言い足りないらしい。
「同等の戦力を与えてやればいいって、アンタレスって何を考えているの? 考える脳みそがあるかどうかも謎だけれど」
しゃべりすぎて乾いた喉を水分で潤してまた続けた。
いつもなら、ある程度のところでセーブさせるサラも、それに乗じて罵詈雑言を吐いているのだから、近くにいた研究員が一人、また一人と、ひきつった笑顔を貼り付けつつ、その場から消えていくのは至極当然のことであった。
「大人のやることなんて、僕たちには理解できないよ。多分。逆に言えば、そのやり方を理解したとき、僕たちも大人になるんだろうね……哀しいね」
とサラの口から悲観的な言葉が漏れる。
「私は一生理解なんてしたくないわ……か弱い女の子に戦争して人殺しをしろなんて、よく命令できるわよ。自分たちは手を汚さないで、あたかも平和を祈ってますってツラをして……あいつらの口の中に小型の手榴弾を投げ込んで、二度と口をきけなくしてやりたいわ」
「キラ、その気持ちは分かるけど。それは僕に任せてね」
「サラ?」
「言ったでしょ? 僕はアンタレスをこの手にして、この馬鹿げたお家騒動を終わらせるって。すぐには無理だけどね」
キラのどこをか弱いと表現すればいいのかという疑問が微かに頭を掠めたが、言いたいことはよくわかるので、サラはあえて聞き流す。
というより、サラもキラと同じ事を思い、同じ事を口にしたいのだから。
キラの影に完全に隠れたかたちのサラも、キラの双子なのだから、その根底に流れているのはキラに近い。
しいて言えば、キラは「やると言ったら必ずやる、壁があるなら打ち壊す」タイプで、サラは「やると言ったら必ずやる、壁があるなら見てみないふりして飛び越える」くらいの違いしかない。
つまりは二人とも「邪魔者はどけろ」ということに結び付く。
だから、やると言ったらサラは必ずやり遂げるだろう。
キラにもそれは分かっているが、それでも納得の出来ないことは数限りなくあるのだ。
「……サラ、私は地球に住む人たちも、宇宙で生活する人たちの事も大好きなの。殺してやりたいとか、この馬鹿ったれ死んじゃえって思う奴らも一杯居るけれど、そういう人達に文句を言って消えちゃえとか、いなくなっちゃえって思えているのがいいのよ。戦争は嫌いなのよ、本当に…」
「でもねキラ。この戦争を経ないとコクーンが解放されないっていうアンタレスの話は一理だよ。今の最大勢力であるのは間違いなくデュオンだよ。そのD連を解体するのに表だった理由がなければ出来ないのも事実だし……。僕たちは非力でなんの権力も与えられていないから、仕方ないこともあるよ」
「随分と物わかりがいいんだね、サラ」
「キラが頑固な分ね」
「いやな世の中。可哀想ね、コクーンの未来の礎のために犠牲になる人達は」
「キラ……」
傍若無人な女神は人一倍優しい心を持っているのだ。
自分が傷付いたり傷つけられたりしても(キラの場合、自分自身でやり返すことも可能なので)大抵は受け流す。
けれども、自分の身近な人物が傷つけられたり、傷付いたりすることにはとても心を痛める。
体中から発散されるエネルギーと同じくらい、心根は優しいのだ。
それは家族の誰もが知っている。
だから両親も兄たちもキラに文句を言いながらも、手を貸したり甘やかしているのだから。
「感傷はここまでね、サラ。こうなったからには、それなりの事はするわ。絶対に生き残ってやる! 私は普通の花嫁になるんだから!」
この間、キラの口から出たそのセリフは、てっきり言葉のあやだとサラは思っていたのだが、どうやらキラの掛け値なしの本気だったらしい。
一瞬だけ、呆気にとられたが、キラにはキラの理論があってそれに基づいた行動をするのがまたキラのキラたる所以なので、サラは笑って「そうだね、頑張ってキラ」と無責任極まりない応援の言葉を吐いた。
─────そして、今。
深夜にもかかわらず(そもそも思い立ったが吉日の傍若無人の人物に一般常識や、相手の迷惑などは通用しない)キラの突然の訪問を受け、体ごと沈みこみそうな重たい話をしていたも束の間。
キラの「時間はある?」という言葉と共に強引に、というのも正式な訪問ではない以上、玄関からは出られないとのキラの主張で(が、ロセスの屋敷なのだから、いかようにも対処の方法はあったはずだか)ルイスもバルコニーからでる羽目になったのだ。
かなり強固に遠慮を申し出たが、そのルイスに対しキラは「昔はかなりの放蕩息子だったんですってね。聞いたわよ、セレスとロセスから」と言われ、なんて余計なことを話してくれたんだとばかりに苦虫をつぶした渋い顔で「昔は昔です、キラ様」と反論をしてみたのだが、キラはクスクスと軽やかに笑うと「昔も今も変わらないじゃない。昔は出来て今は出来ないなんて、そんなに年をとったの?」と、半ば小馬鹿にされれば、さすがのルイスも意地になる。
そんなルイスを見てキラが「マルスに似てるわね、やっぱり。親子って似るのね」と、感慨深げに呟いた。
「いいもの見せて上げるわ、ルイス。私からコクーンに対しての婚約の証よ」という言葉とともに扉の前に佇むロールアウト寸前のシロモノを見たときには、ルイスは腰を抜かさんばかりの衝撃を受けた。
扉の向こうにいたサラは、キラとルイスに気が付くと、にこやかに手をふってよこしたのだ。
「良く来たね、ルイス。これがディナルからコクーンへのプレゼントだよ」
誇らしげに呟いて照明を操作すると辺りが一層明るくなった。
「新しい戦艦のシステムはもう送っておいたよ。進水式までには間に合うと思う。これを使うには、どうしても必要なシステムだけど、ちょっと扱い方が面倒だから、ブリッジ関係の人達は苦労するかもしれない。それと、これに乗る搭乗員は僕が適性と、今まで戦闘データから勝手に選ばせて貰ったから」
「マルスもその一人よ、ルイス」
そっくりな顔が二つ、嬉々として何かを言っている…。
「あの……これ……は」
「新しい戦闘機よ。アンタレスからの指示でコクーンに貢げって。私の結納の品ってところかしら」
国家予算並の、下手をしたら国家予算よりも上かも知れないシロモノを前にして、ルイスは言葉を失った。
どこぞの国に婚約指輪は給料の三倍、結納返しもその倍とかなんとか聞いたことは確かにあるが、これの倍返しなど国家予算でも到底無理な気がする。
だからそっちのことにばかり気をとられて、サラが勝手に搭乗者を決めさせてもらったとか、戦艦のシステムを勝手に決めたとか、コクーン軍の人事にまで口を出されたことには全く脳みそが働かなかった。
ただ、これの三倍返しという言葉だけが頭を駆け巡っている。
「……キラ様、息子がこれのお返しをするのでしたら、一生かかっても無理かもしれません…」
「安心なさいルイス! あなたの息子の一生だけでいいわ。それ以外の補償は求めないから」
ルイスは、キラとサラを前にして、初めて目眩を覚えた。そして心の中で本当に初めてマルスに同情したのだ。
キラとサラが嫌いなわけでもない。しいて言えば、この双子のことを知れば知るほど崇拝する自分が居る。
それでも、やはり気の毒に思わずにはいられなかったのだ、自分の息子を。
(------息子よ、許してくれ)




