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*華麗なる姉妹の特別なジジョウ*  作者: 六軒さくみ(咲海)


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女神様へ捧げられる供物2


  思い立ったが吉日

 という言葉を、そのまんま行動に移す事の出来るお姫様の名前を、

  愛称で呼ぶならばキラという。



 正式名はキャルローラというのだが、自分のこの名前をあんまり好きではないと、両親が聞いたならば大いに嘆く言葉を平気で口にする人である。


 彼女の兄や両親もキャルローラの何処が不満なのかと首をかしげて疑問を言うのだが、キラ曰く「キャルローラって金髪のバカ娘、脳みそが空っぽなのを想像しがちでしょう」という事であった。

 それを聞いた家族が絶句し、世界中の金髪の女性に頭を下げて誤りたい衝動に駆られたのはまた別の話である。

 確かに、キャルローラと呼ぶよりはキラと呼ぶにふさわしいほどの勇ましい人である。


 かなり前の話ではあるが、カーディナルフェル家に連なるカーディナル家に、アンタレスに向かって正面切って喧嘩を仕掛けた豪傑な人物がいる。

 戦争という意味ではなく、本当の意味での喧嘩という域だったのだが、その勇ましい豪傑な人物はキラリステ・アイラという名の女性である。

 この人物がやはり愛称として使っていたのがキラであり、カーディナルフェル家のキャルローラ嬢が、心から心酔する人物でもある。

 キラリステは、アンタレスでは魂を刈る戦女神と呼ばれる戦の女神であり、魂を刈るとは、戦場においてという意味である。

 さて、この女神は大変に美しい容姿をしているのだが、その美しい容姿と比例する気性の激しいことでも知られ、一度、暴れ始めると人間世界を崩壊させられるとまで言われている。 

 そんな曰く付きの女神の名を持つ人物を崇拝しているのが、ジャスティティアという祝福名を持つ、キラ嬢でキラと呼ばれることを大層、気に入っているのだ。


 そのキラは、待ち人が到着したと知らされると同時に、サラの「よかったね、彼が無事で」という言葉が終わらないうちに立ち上がると「聞きたいことがあるから、行ってくるわ」と言い残し、邸を飛び出していた。




「随分と思い切った名前を彼に与えたのね」


 降って湧いた涼やかな声に、彼は空耳かと思い振り返った。

 そこにいる人物を確認しても驚いたりしないのは、彼の心臓が鋼鉄で出来ているからであるとか前もって知らされていたからであるとか、そんな理由ではない。

 ヒトコトで済ませるならば慣れだ。

 過去に同じような体験をしていれば、驚くことはあっても、イチモツが縮こまるであるか、腰を抜かす程に驚くことはなくなるものだ。


 妻が亡くなったとロセスから知らされ、その後すぐに月に出向いたのだが、月への訪問は非公式だった。

 というのもコクーンと地球圏連合が戦争状態に突入した矢先なのだから、外交の専門家が月に出向くのは立場的には都合の悪い。

 公人である自分の立場を一時凍結させロセスの協力の下、なんとか月に辿り着いたのだ。

 護衛を連れて歩けば目立ち、専用のシャトルなんかを利用すれば「打ち落としてください」もしくは「人質にしてくださいと」と看板をぶら下げてるのと一緒なので、ここは民間人としての渡航を決断した。


 戦争状態である以上、民間人といえど、そう簡単に事が運ぶはずもないから、そこはアンタレスを利用させてもらったのだ。

 気の遠くなるような段取りを踏み、誉められた方法ではない手段を用いて、やっと月に到着したのは、コクーンを出発してから一週間後。

 ルイスの心に遺体が腐るとの思いが芽生えたのは仕方のないことだが(間違いを正せば今時、遺体が腐るなどあり得ない。ちゃんとした保存法があるのだから)


「なんでこんなに時間がかかったんだ」と、ロセスにかみついたルイスは、自分の乗っていたシャトルの航行ルートが地球圏連合側に筒抜けになり、下手をすれば月に到着する前に、宇宙の藻くずか、はたまた地球への強制連行が待っていたのだと知ると、背筋を冷たい滴が流れた。

 来るときにこれだけ難航したのだから、コクーンに帰るのにはどうしたらよいのかと、思いを巡らせていたときに響いたのだ、


 涼やかでいながら凛とした、天上の絶対神ジャスティティアの声が。


「マルス・アルバ、アナタにとっては心穏やかな名前ではないのに、随分と思い切った名前を彼に与えたのね。棺桶艦で聞いたときはびっくりしたわ」


 開け放たれたベランダから、なんの前触れも、知らせもないまま、天上から神が舞い降りたように、音もなく現れたキラを見つめた後、ルイスは静かに頭を下げた。

 キラの言っている棺桶艦が、戦艦アトラスであることは察したが、自国の戦艦を棺桶艦と妙なネーミングで呼ばれたことは左耳で聞いて、右耳から逃がすことにする。


「また、お一人でございますか、キラ様」

「思い立ったが吉日よ! あれこれ手順を踏んでたら何時になるかわからないでしょう。それにこの月では、私はどこよりも安全に動けることは、ルイスも知っているはずよ」 


 部下を下問するような口調に受け取れるのに、この小娘と腹が立たないのは、キラの持っている女王然とした空気と、生まれながらにして持っている存在感、そして過去に何度も話をしているからだろう。


「それより…お悔やみを贈ります」


 突然、キラが頭を下げ両手を重ねて胸の中心に添える。


「彼女にフォスフォールの導きと、ジャスティティアの慈悲とアンタレスの安息を祈ります」


 儀礼的には感じられないキラの声のトーンに、ルイスは「ありがとうございます」と告げ、自分の座っていた席を譲る仕草をすると、キラも自然にその場に腰掛けた。


「サラ様のアンタレス入りが決まったそうで……残念です」


 普通ならば「おめでとうございます」だが、ルイスはキラとサラ、そしてカーディナルフェル家を巡る事情も経緯も知り得ているので、あえて「残念です」と告げる。


「仕方ないわ……私はサラを犠牲に差し出す。父は私を犠牲に差し出す。ディアナは自分の命を犠牲に差し出し、そしてアナタは息子のマルスを犠牲に差し出す。でしょ?」

「……それも仕方ありません。父の欲目であるかもしれませんが息子はディアナに似て心根の優しい正直者です。いずれキラ様をお守りできると思います」


 この場にマルスがいたのなら、間違いなく目をむいて呆然としたであろう。

 なにせ、記憶する限りルイスだってマルスを「よくできた息子」だと、人に自慢したこともなければ、本人に向かって「お前はよく出来た息子」等と言って誉めたことはないのだから。


「アンタレスの糞ジジイが、まさかディアナの息子と私を結婚させようと目論んでいたなんて、全く気づかなかったけど、アナタはそれでいいの? 本当にいいの? ディアナが唯一アナタに残した大切な人でしょ、マルスは」

「それを言い始めたらキリがありません、キラ様。ディアナを犠牲にしてしまったことも、マルスを差し出さなければならぬことも、総ては私の浅はかさが招いたことです。マルスには……気の毒な事だとは思いますが、この私の息子として生まれてしまったのだと、諦めてもらうしかありません」

「子供は親を選んで生まれてくることはできないのに」

「それはキラ様もご一緒ではございませんか?」


 部屋の照明に反射してキラの瞳が瞬間光る。


 美しいと絶賛される容姿に類い希なる美貌、とにかく美という言葉しか思いつかない目の前の少女の、最も美しいと思えるのは、この生命力に満ちあふれた強い眼差し。

 その強さに彩りを与える生き生きと輝く薄紫。何があっても、何が起こったとしても、決して揺るぎそうもない至高の薄紫。


「綺麗な瞳をしてたわ」

「は?」


 ルイスがまったく別のことを考えていた矢先に、柔らかなトーンでキラが話しかける。


「キラ様?」

「マルスの瞳の色、私の好きな色をしていたわ。それに、狡賢さとか、要領がいいとかとは、無縁な感じがした」

「気に入って戴けましたか?」

「気に入るかどうかは、これから判断するけど、だけど好きよ。一生懸命な感じがするから。からかっても面白くもない、なんでも出来る人間よりも、堅物で不器用な方が全然好き」

「キラ様、あれは、ジャスティティアに差し出すのです」


 言葉を切るとルイスはしばしの間、口を噤み下を向く。

 言いたいことは山のように胸に渦巻いているが、それをキラにぶつけたところで、事態が変わるわけではない。

 ルイスはマルスを差し出す…否応なしに。

 けれど、ルイスの目の前に女王然として座っている少女キラも、それ以上の事を求めれるのだ。


「私、嘘つきは嫌いよ、ルイス」


 その声にはっとして顔を上げれば、キラが口元に淡い微笑みを浮かべている。

 これと同じセリフを、キラがまだ童女と呼ばれる年齢の時にも言われたのだ。

 あの時のキラと今のキラを思うにつけ、自分は間違っていないとルイスは確信する。


「私の父もアナタも子供の前では優しい嘘をつけないくせに」

「それは、信じているからです。キラ様のお父上であるカルロ公がキラ様を。そして私も、息子のマルスを信じていたい…ただ、それだけです……」

「それは戦争で生き残ると信じているの? それとも、私の犠牲となって私の役に立つと信じているの? どっち」

「息子の生存と、アナタを信じているのです。キラ様」

「……信じてあげるわ、ルイス」


 ソファに背を預けていたキラが背筋を伸ばして、すっと立ち上がると、ルイスを見下ろす。


「私は、私の所有物を勝手に散らかされると納得できない主義なの! 一度貰った者を誰かに奪われるなんて絶対にイヤ。私の名前はキラ、そしてジャスティティア! 出来ないことなんてあるものですか」


 等と、そりゃ不遜な言葉を吐いた。

 それでも、今のルイスにはこれほど力強く感じられる言葉が存在しない。

 ルイスに出来ることは、息子より年下の、それも少女であるキラに「息子を頼みます」と頭を下げることだけだった。

 その一言を聞いたキラは、にこやかに宣言する。


「絶対に生き残ってやるわ! 私は誰かの犠牲になるなんてゴメンよ。だから安心してよ、ルイス。アナタの息子のマルスは私が鍛えて、名前に恥じない人間にして、私の隣に立つようにしてあげるから、期待は裏切らないわ」


 ルイスは「よろしくお願いします」としか言えないわけだが、キラにはその言葉が「すべてをお任せします」と聞こえたに違いない。


 アンタレスのガブリエル10世に続き、父親のルイスにまで生殺与奪権を無条件で受け取ったのだと勝手に解釈して至極ご満悦な表情を浮かべていた。


 本人の意志とは関係なく、こうしてマルスの一生は決められていくのだが、本人は父親がキラと以前から顔見知りであったことも知らずにいるし、キラの本性すらも知らずにいるのだから、気の毒としか言いようのない。



 ある意味では完全な人身御供なのであった。




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