不機嫌な勇者見習い2
─────第2コクーン群 エリダヌス軍用エアポート
第2コクーン群に所属するエリダヌスには、コクーン群共同最高協議会の本議会とコクーン群共同国防組織軍の本部が存在する。
コクーンの司法、立法、行政、防衛の総ての中核をなしており宇宙生活者の統一機関でもある。
共同最高議会は上級議員、中級議員、下級議員で構成され、議員は各コクーンより選挙によって選ばれている。
連れだって歩いている、マルスとエドの父親はこの上級議員に所属し、マルスの父親は外交大使長であり、エドの父親は国防総帥を担当している。
宇宙生活者の国家中枢たる機関が集中しているエリダヌスには防犯の意味を含めて民間用の宇宙港は存在せず、民間人は第2コクーン群のメティスにある共同宇宙港を利用するのだが、軍の上級士官や上級議員などごく一部の間達は、このエリダヌスの軍用港を利用する。
マルスとエドも士官候補としてこの港を利用する権利を有していた。
「そういえばマルス。叔父上に会ったのはいつ以来だ?」
「……………」
出口へと繋がるスロープを肩を並べ歩いていたエドに問われたマルスが眉根を寄せて黙考した。
その横顔をみた瞬間にエドは「俺が間違いだった」と深いため息をついた。
アカデミーは同期になり、同じ艦隊の同じアトラスに配属されたエドは、マルスの数少ない親友といっていい。
しかもマルスの父親とエドの母親が親類にあたり、ローダリール家の「イワユル家庭の事情」を知る数少ない一人でもある。
マルスが父親と別居夫婦ならぬ別居親子である事情も知っているし、その原因となったローダリール家史上最大の親子喧嘩の理由も知っている。
だが、月とコクーンで離れていた遠距離親子関係とは違い今は定期的に帰還することもあるのだから、さすがに実家に帰れば顔くらい合わせるだろうとエドは踏んだのだが、あくまでも帰ればの話であり、マルスの横顔を見る限りは、やっぱりあくまでもの方だった。
「考え込むほど、逢ってないのか?」
「いや……一年前の、アカデミー卒業時の直後に一度は会ったと思うけど」
「相変わらずか」
エドのつぶやきをマルスは聞き流す。
やがてスロープを抜けた二人は、国防本部へと続く地下通路に入るべく自分のIDカードをドアのセキュリティーに差し込む。
そのドアの向こう側に長い通路が開かれ、二人は、両端に銃を抱えて立っていた警備兵に軽く敬礼して歩いていく。
マルス達の身につけている、通常の軍服よりも裾の長い群青の軍服はいわゆるエリートと呼ばれる者達の証だ。
この群青の軍服は極限られた士官候補にだけ与えられる制服で、アカデミーの成績が優秀であろうとトップであろうとそれだけの理由で着用が許される代物ではない。
アカデミーの成績が各セクションに置いて優秀であることは大前提であるが、配属後六ヶ月間の任務に対する成功度や貢献度、戦場に置いての様々な事が総合的に判断されて初めて士官候補士官クラスと認められる。
一年六ヶ月後には下手をすると軍内での人生の総てが決まってしまう。
士官候補と認められ、群青の軍服を与えられることは将来を約束された者であり、いきなり「尉」となり、艦隊での一小隊の隊長を任されることもある。
コクーン軍の入隊規定では宇宙生活者が成人としての責任を背負うことになる一六歳である者から二二歳となっている。
マルスはその数少ない最年少の候補生であり、十代にして確実な将来を約束されたエリート街道まっしぐらな少年なのだ。
ただし、華々しい戦死をしなければだが。
そんな士官候補が群青の軍服を翻して歩けば目立つのは当然で、ましてやそれがどう見ても十代の少年二人なのだから見るなという方が無理な話だ。
マルスもエドもそれは十分理解していたから、その数々の思惑を含んだ視線に臆することなく、また気にもとめずに歩いていたのだが、前方から歩いてきた一人の女性をみた瞬間、マルスの顔が急に厳しくなった。
マルスは確かに生真面目で負けず嫌いだが、決して感情が乏しい方ではない。
優等生ではあるが、それは生真面目さがなせる技だと思っている。手を抜くとか、適当にこなすとかが出来ないだけで、根は正直だし人一倍優しさも持っている。
父親譲りの輝くほどの亜麻色の髪と、母親譲りの青翠色の瞳は、眉目秀麗という言葉をそのまま献上することが出来る。
女性からの人気が高いのは当然で、学生時代はアイドル並の人気だった。だが、マルスは父ルイスに関連することにはとんでもなく冷たくなる。
その女性がマルスの横をすり抜けた瞬間、周りにいた人間達の目に好奇が浮かんだのは、仕方のないことであった。
マルスの父であるルイス・ローダリールは、立派な体躯と亜麻色の髪に、明るいヘーゼルの瞳の持ち主で、一般的にはダンディと称される容姿とともに、やり手の外交官として華々しい経歴をもっている。
仕事にも容姿にも恵まれた彼には華々しい女性遍歴がある。
息子のマルスが冷酷な瞳をその女性達に向けるくらいに。
「私に何かご用でしょうか?」
マルスは立ち止まると左右を見て、自分を見ていた女性達に向かって言葉のミサイルを投げつけた。
その低い声に、隣にいたエドでさえ背中が冷えたくらいだ。
側を通りかかって好奇の視線を送っていた女性達は震え上がり、視線を外すと、あっという間に散っていく。
「秘書官はそんなに暇な仕事なのか?」
「……あんまりいじめるなよ、マルス」
(だから、嫌なんだよ、父親がいろいろな意味で目立つと)
と、いう言葉をマルスは深呼吸とともに飲み込んだ。
いまさら言ったところで、自分の父親をすげ替えることは不可能だし、別の人生を歩むことはもっと不可能だ。
言っても仕方のないことを言ったところで、どうにもならないのだから。
この一件で、十分に不愉快な想いをしたマルスが、国防本部の最上階にある特別室に行くまでに、各階ごとの幾重もの厳重なチェックにうんざりし、呼び出し人の面前に着いた直後は顔が引きつっていた。
けれどその数十分後に聞かされた、本当に突然で唐突で「晴天の霹靂」たる事実の前に、マルスとエドは初めて心の中で「神への呪文」となえることになる。