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*華麗なる姉妹の特別なジジョウ*  作者: 六軒さくみ(咲海)


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36/50

小さな親切、余計な計画2

 ───── 同時刻



「揃いも揃って、このアホどもが!」



 頭上から落とされた怒鳴り声に、反論する余地もなく、エリートたる紫紺の制服を身につけたマルス・エドアール・ゼノの三人は、本日幾度目かになる怒声をその身をもって受け止めた。


 今はひたすら首を垂れることしか道は残されていない。

 コクーン共同防衛組織軍の総帥たるベルトーチオは、怒鳴り声を上げるたびに痛むコメカミを押さえつつ、その痛みの原因が目の前の三人だと思うと、痛みは倍増するばかりだ。

 自分の息子のエド、幼い頃からよく知っている息子同然のマルスが含まれている事実を改めて確認すると、痛みと一緒にまた新たな怒りがこみ上げてきた。

 ディナル公女の不当捕獲、もとい不当監禁から上がりっぱなしの血圧を気にするだけの余裕もなく、再び辺りが震えるほどの怒声を張り上げた。




「本当に行く気なのか?」


 マルスの困惑に満ちた声色には多少の非難も受け取れたが、ルノはあえて気づかぬ振りをして、同じように胡散臭いと謂わんばかりの瞳を向けるエドを押すと、その場所の扉を開けた。

 ディナル公女に恋いこがれてそれこそトチ狂った感のあるマルスを堪能するのはまた一興であったルノだが、一方ではあまりのふぬけ振りが心配にもなった。

 そこでルノは多少羽目を外して、ガス抜きを(どの方法であるのかは大人におまかせするとして)思い、補給のために立ち寄ったエリダヌスで与えられた二日間の休暇を利用することにした。

 この二日間を逃すと下手をすれば一年間は故郷に戻ることもかなわず、休暇も戦艦の中でしか取れない状況が待ち受けているのだ。

 嫌がるマルスを引っ張り出すのにはそれなりに苦労したが、メンカルにある繁華街に来たまでは順調だった。


 この一時間後に身の毛もよだつ、いや今後の出世の汚点になりそうな出来事に遭遇することになったのだ。


 ルノがマルスとエドを連れてやってきたのは、いわゆる若者がたむろする場所で、そこかしこにエネルギーが澱んでいるような場所であった。

 上流階級に所属するマルスとエドが進んで訪れようとは思えない、どちらかといえば無縁の場所で、隣の人間の声すら聞こえないほどに大音量で鳴り響く音楽、会場の中に漂うスモークとアルコールの匂いが悪臭となって鼻を刺激する。

 目を漂わせれば、自分達と同年齢の若い男女が堂々とキスしたり、抱き合ったりと目も当てられない。

 遊び人の父親のおかげで免疫のあるマルスはため息をつきつつ、呆れた視線をルノに向けたが、エドに至っては今にも叫び出しそうな程だった。

 本人達の自覚の無いことが一番の原因なのだが、エリートたる紫紺の軍服を身につけていなくても、こんな場所ではマルスもエドも目立つ。

 私服であるにも拘わらずとにかく目立つ人間だ。

 普通の場ならば目立たない二人も、自分達とは違う場では、とにかく目立つのだ。

 白いゴミ袋の中に、黒いゴミ袋が入っていれば目立つというように。

 だから人目を引くのは仕方のないことで獲物、もとい職業としてではなく一夜の恋人や、寂しさを紛らわせるために訪れた女性達から、熱い視線で値踏みするように見られてもそれは仕方のない。

 その視線の意味を痛いほど知り得ているマルスは、再びルノを睨み付けた。


 最初のうちは多少なりとも愛想良く、三人の座っているテーブルに次から次へと訪れる女性たちに振る舞っていたのだが(中には女性でない方も混ざってはいたのが、鄭重かつ時に慇懃無礼に払って)それも30分も続けば嫌気も差してくる。


 で、現在、ナニユエ上官の大怒号をその身に受けているかと言えば、三人にも未だに理解できないのだ。



 マルスの隣に座っていた女性が(実はキラだったのだが)自分の連れが別の男に手を取られた瞬間、何かを呟き、それに対して男が数人の仲間と女性になにか卑猥な言葉を投げつけた。

 あまりの卑猥さにマルスですら眉を潜めたものだ。

 言われた女性は反論することもなく肩に置かれた手に自分の手を添えると、体の向きを変えないまま男を床に叩きつけた。

 瞬間の出来事だったので、何が行われたのかマルスにもエドにもルノにも分からなかったが、とにかく一瞬で男が二人床に寝そべっていたのだ。

 そうなると男の仲間達が激情して飛びかかるのは至極当然の流れで、目前で行われた出来事に驚愕した。

 たわわに実った胸を押しつけて、耳元で何かをささやきつつ股間に手を伸ばしかけた女性の手を、礼儀正しく押し返したところで、いきなり背後から誰かに殴られ振り返ればすでに店の中では大乱闘が繰り広げられていた。


「休暇中であろうとも、己の身につけている制服の色に恥じない行動と、言動を諸君らに求める」


 という上官の言葉が頭をよぎった時には、店の中は過激派ゲリラの襲撃を受けたような有様だった。

 ここまで来るとマルスも考えられる余裕もなく、余裕のない頭は頭なりに働いて導き出した答えは、たとえ卑怯者だと言われようとも自分の立場を考え、このどさくさに紛れて逃げ出してしまうことだった。

 エドとルノの姿を探し出す前に、いきなり背後を取られて天地が逆転した。

 あまりの痛みに呻きつつも、不覚にも後ろを取られた上に叩きつけられた屈辱と、理由も無しに振るわれた暴力に怒りがこみ上げてきて、軍隊で鍛え抜かれた事も手伝い瞬時に立ち上がり、自分に屈辱を与えた相手を確認しようと構えた途端、今度はすかさず足を取られて、しこたま尻を打ち付けた。


 マルスがいつものように冷静を保てていれば、当初の目的に従ってエドとルノを探し出し店を逃げ出す事も出来たのだが、一度ならず二度までも不覚を取った自分に対する叱責や、苛立ちとともに相手に対する怒りに頭も心も体も支配され、とにかく相手に一矢報いなければと、マルスには珍しくいきなり脳みそが方向転換してしまったのだ。


 三度目の屈辱を味わい相手の顔を確認しようとした時、警護官が店になだれ込んで来て、言葉を発する前に自分の腕にはめられたモノを見て、今度は蒼くなった。


 拘束された三人は素直に自分達のIDを提出した。

 その数分後、身元引受人として出頭してきたのはエドの父親で、彼は怒りを隠しもせず三人を睨み付けると、しばらくは言葉もなく、その場に佇んだ。

 ベルトーチオの怒りのオーラに怯えつつ、保安局のビルから無言のまま、20分の移動時間を終えての第一声は、耳を塞ぎたくなるほどの怒号で、外に控えていた書記官や女性事務官が飛び上がったほど。


 身に覚えがないという弁明も虚しく、ただひたすらに大怒号を受けるしかなかったのだ。


「だから俺はあんな所に行くのはイヤだと言ったんだ!」


 3時間も掛けて怒鳴られ続け、軍人としての品格と自制心に欠けていると説教を喰い(そもそもエドの父親は説教を始めると長いのだ)最後には「士官学校からやり直してこい」とまで言われた。

 苛立ちのあまりベルトーチオは本当に送還命令書を事務官に作成させた。

 命令を受けた事務官が涙目になりながらその書類を作っていたまさにその時、タイミングを見計らったかのように乱入してきたのはルイスだった。

 ルイスがベルトーチオに何事かを囁くと、しばらく部屋が沈黙した。

 大音声がひっきりなしに響き渡っていた部屋の中に、先程までとは違う緊張感が漂い始め、ベルトーチオは立ちすくんでいる3名をじろりと睨みつけた。

 その視線の剣呑な事と言ったら、刺し殺されそうな程であったが、右手で出て行けと指図され、3人は這々の体でその場を後にした。


 擦れ違いざまにルイスは「あのような場所に出入りするとは、それほど女性に苦労しているのか? やはり早く婚約してしまえ」と嫌味たっぷりに言ってよこした。

 自慢ではないが、女に苦労した覚えもないし、これからだって苦労したいとも思わない。ましてやデュオンの娘との婚約などもってのほかだと叫びだしたい衝動を必死に堪えて「ご迷惑をお掛けしました、父上」と頭を下げた時のあの屈辱とやりきれなさは言葉には出来ない。


「仕方ないしょ、まさか~あんな大乱闘が起こるなんて誰が予想したよ?」

「そもそもあんな場所に行かなければ、こんなとばっちりを喰らう必要なんてなかったんだ」


 やり場のない怒りと、以て行き場のない苛立ちから、今度はエドが怒鳴り散らしている。


「大体お前も! あんないかがわしい場所に出入りするな。俺たちの立場を考えろよ」

「だから! 俺が通っていた頃はあんな場所じゃなかった! 普通じゃないけどちょっと羽目を外せる場所って感じでさ」


 まったく反省の色のないルノの言葉にエドが全身で怒りを表す。

 その姿はさながら全身の毛を逆立てた猫に近い。


「ルノ!」

「マルス~なんとかしてくれよ」

「なんで俺に助けを求めるんだよ! 俺もエドと同じ事をお前に言いたいよ!」


 襟首を掴まれたルノが情けない声でマルスに助けを求めたが、帰ってきたのは本当に素っ気ない言葉だった。


「ルノ、俺からも助言だ。今後は行く場所はきちんと確認した方がいい……あそこに何故、あんなにタイミング良く警護官が来たか知っているか?」

「え?」


 両手でぎゅうぎゅうに襟首を締め上げられていたルノと、そのルノを締め上げていたエドの手が止まり、二人とも急に静かになる。


「……これを見たら、エドの父上が怒鳴り散らすのも判る気がする」


 マルスの視線に促されてルノとエドがその画面をのぞき込む。


「俺は本当に知らないぞ! こんな事!!」

「俺は二度とお前とは一緒には出かけないからな!」


 本当に腹に据えかねたとばかりに、足音も荒々しく部屋を出て行くエドの背中にマルスは「大音声で怒鳴るのは遺伝だな」と静かに呟く。

 その呟きを耳にして、今度はゼノが苦虫をつぶしたような、不味いモノを食べたような、形容しがたい表情をつくる。


(こいつは無神経なんだか、それとも図太いんだか)


 それでもやはりマルスに視線を向けると、素直に頭を下げた。


「……わるい…」

「……もう少し自重しろって事だな。まあ、気が進まないと言いつつ、お前に乗せられた俺も悪かったけど………」

「どうした?」


 急に黙り込んで顔色を変えたマルスに、ルノは何度か名前を呼ぶが、マルスは手にしていたクリアカードを凝視している。

 しばらくして言葉もなくマルスがルノに差し出したのは、ルイスの嫌味とともに手渡されたモノだ。

 てっきり減俸であるとか、降格であるとかそのような文章が書かれているだろうと思っていたルノだが、そこには全く別の単語が躍っていた。


「エドを連れ戻してくるわ、一時間後に召集とは、きついな」

「……逆を言えばだから釈放されたんだろな、俺たち…」



 エリダヌスにある防衛本部の士官控え室でマルスがため息をついていた頃。

 アンタレスに戻ったキラとサラも同じ事を聞かされた。



「………そう」


 キラの口唇から零れたのはその短い言葉だけだった。


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