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*華麗なる姉妹の特別なジジョウ*  作者: 六軒さくみ(咲海)


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33/50

プリンセスの偉大なるみち3

 ──────ここに、

 潜入すること手慣れた泥棒の如く、情報収集能力に至ってはスパイ並のお姫様がいる。



 名をキャルローラ。

 公姫という身分と、アンタレスに属する者であることも手伝い、天上に祀られている姫神ジャスティティアにたとえられることもしばしば。

 あげく彼女の祝福名がその姫神ジャスティティアから名付けられた事も手伝い、ディナル公国内では女神の生まれ変わりとまで言われている。

 そもそも女神自体が空想の産物ではあるのだが、この際、細かなことは気にしてはいけない。


 その姫神ジャスティティアは運命の女神であり、勝利の女神であり、哀しみの女神であるが、彼女の美しさだけにとらわれている民にすれば、そんなことはどうでもいいとばかりに、とにかく麗しい彼女を語るときには女神を引き合いに出して、これ以上ないほどにキャルローラ公女を褒め称える。


 ディナル公国内での式典で、煌びやかなドレスに身を包み、豪華なガウンを纏った彼女の姿は、確かに美しく異論を唱える者は誰一人としていない。

 それは、家族の者もアンタレス内部でも同様で、彼女の美しさだけを問われたのなら、誰も異論も疑問も呈しない。

 さて、これほどまでに非の打ち所のない人間なんか現実にいるはずがなく、いないからこそ絶大な人気を誇っているわけだが、これには裏の事情がある。



 簡単に言ってしまえば、キラ嬢本人が進んでこの虚像を作り上げているから他ならない。


 彼女にとってスキャンダルになりそうな芽や種は総て、キラ自身が摘み取り踏みつけて水洗トイレに破棄している。

 キラの最大の協力者であるサラが嫌味を言いつつも手助けし、彼女の父も母も理性と内なる声を、ディナル私邸の豪華で華麗なタンスの中にしまい込み、二人の兄は、ため息をつきつつも次に何をしでかしてくれるのだろうかと、心待ちにしている部分もある。 

 そしてなによりも、このアンタレスの内部に最大の協力者が存在していて、彼は自分の持ちうるすべてを駆使して、彼女の不利益となるような事柄を抹殺していたのだから、ここに非の打ち所のない人間が誕生しても不思議はない。


 そのキラ嬢であるが、本体自体は大変に見目麗しく本人がそれをきちんと理解して自分をプロデュースする能力にも長けているから、ドレス選びにしても宝石選びにしても抜かりがない。

 彼女が神様から与えられたのは、見目麗しい容姿だけではなく、類い希なる行動力と少女の規格からは外れた生命力と、あり得ないほどの悪運で、彼女のつややかな口唇から発せられる言葉の数々は、キラ迷言集として辞書すらも出来上がりそうな勢いなのだ。 


 これで運動神経がないのかと問われたら、この細くしなやかな体のどこにこんなパワーが溢れているのかと疑いたくなるほど。

 武道に精通した大の男を寸殺することしばしばであり、手に負えないときには武力に訴えることに対してなんの抵抗も持たないことも手伝って、負けたことなど殆どない。

「根性と努力と忍耐が大嫌い」と豪語するキラも、自分の命がかかれば並はずれた根性を見せるし、自分に刃向かった人間や気に入らない人間がいたりしたら、正々堂々と打ち負かすこともすれば、相手に合わせて姑息な手段を用いてコツコツと日々努力を重ねた阿漕なこともする。

 けれどキラの信奉者が多いのも事実で、そんな彼女についたあだ名は女帝だが、これ以上ないほどピタリとマッチする。



 大神殿での式典が終わり、見た目の豪華さとは裏腹に、身につけたならこの上なく重苦しいドレスとガウンを脱ぎ捨てたキラがめ息をつく間もなく、身動きしやすい服装で、サラの目の前にいた。

 外出の予定でも無い限り、キラはその美しいおみ脚を隠すことはない。

 かといって、そのおみ脚を見せびらかすこともないのであるが、ディナルの私邸にいるときも、ここアンタレスに滞在する時も、適度に清楚で上品なワンピースを身につけているから、身動きのしやすい服装に着替えているということは間違いなく、どこかに外出しようとしているのだ。

 しかも、ここからが重要なのだが、お忍びで外出しようとしているのだ。

 でもなければパンツ姿でサラの目の前にいるはずがない。



「キラ、どこに行く気なの?」

「婚約者の顔を拝みに行こうかと思って」

「え? お父様から教えてもらったの?」


 身につけていたローブから、こちらもやはり身動きしやすい服装に着替えながら驚いたとばかに声を上げる。 

 父はあれほどこのお見合い話に自信を持っていたし、一連の大騒動の事もあるから当然、お見合い当日までは絶対に相手の身元を証すことはないと思っていたのだ。


「お父様が教えてくれるわけないでしょう。というか、今の地球の状況でお父様と話す機会なんてないわよ」

「良く言うよ、なければ作るのがキラじゃなかった?」


 軽い嫌味にキラが笑う。


「まあ、いつもならね。でもどうせアンタレスに呼ばれていたんだし、ついでならこのお見合いを持ち出した張本人に聞いた方がいいと思って」


 白いパンツに包んだ長く形の良い脚を伸ばし、ソファに腰掛ける。

 足元はキラの最大の武器となる白いヒール。

 今日はそれを武器にするつもりはないらしく、ピンではなく普通のヒールだった。

 キラが武器として活用するピンヒールはあの細さで人一人の全体重を支えているだけでも不思議なのだ。

 逆を言えば、全体重をたった二本のピンで支えているのだから片方の脚で上がられた暁には激痛なのだ。

 キラはそれが判っているから、必要なときにはまったくためらいなどしない。

 今日はひとまず戦う気はないらしい。


「キラの見合いの元締めって月のお祖父様じゃないの?」

「甘いわよサラ。月のジジィに出来る事と言えば、たかが知れてるわよ。ジジィの後ろにはいつも、セレスよ」

「え?」


 月の親類に向かって、しかも月の民政委員であり権力者であり、年上たる人間をジジィと発したキラの暴言はこの際、聞かなかったことにする。


「でも、なんで?」

「私もコクーンの棺桶に捕獲されるまでは、怪しいとは思わなかったんだけどねぇ。サラ……勇者は、月の眠り姫の一人息子なのよ」


 そこでサラも思い当たったかのように、キラを見つめる。


 勇者はアンタレスでは言わず知れた「マルス」という名を意味する。

 月の眠り姫と言えば一人しか思い当たらない。

 そこで、サラは思い返してみる。

 自分達を助けてくれたのはマルス・ローダリールという名前の人で、祝福名をアッシュ・アルバだと名乗っていた。

 ジャスティティアやフォスフォールに比べればアッシュもアルバもありふれた祝福名ではあるのだがアッシュ・アルバと二つ名をつける人間は少ない。

 しかも眠り姫の一人息子だと言われたら一人しか思いつかないのだ。


「マルス・ローダリールって……キラのお見合いの相手は、彼なの?」

「そう。まったく、あの狸ジジィ!」

「眠り姫の針だった僕たちとその息子の組み合わせなんて、波乱含みなのは火を見るより明らかなのに……というよりも、このご時世にコクーンの人間との婚約なんて、火に油を注ぐだけなのに」

「注ぐつもりなんでしょ、アンタレスはというよりセレスがね。なかなかやってくれるじゃないの」


 着替えを終えてキラの隣に腰掛けたサラは絶句して、その次の言葉を紡ぎ出すことが出来なかった。

 けれど、それはほんの一瞬のことで、普段から理知に富んだと言われるサラの頭が急速な勢いで再起動を始める。 

 そうすると疑問に思うことは一つで、その一つの可能性をいくつか考えると、思い当たることはやはり一つしか無く返ってくる答えは粗方予想はついたもののキラに問いかけてみた。


「キラ……その情報はどこから仕入れたの?」


 父親からこの話を持ち出されたときサラは、お見合いの存在自体はそれとなく知っていたし、父がキラに伝えるときも同席していた。

 そのお見合い騒動を自分達は利用され、キラとサラはまんまとアンタレスに乗せられたのだが、あくまでもお見合いであって婚約者だとは一言も聞いてなかったしサラには初耳だった。


「夕べ、セレスを締め上げて、セレス本人の口から聞いたの」


 キラがこともなげに紅茶をすすりながら口にする。


「もしかしてセレスの寝室に夜ばいをかけたの?」

「そんな色っぽいもんじゃないわよ。どうせ夜ばいをかけるなら、私のお眼鏡にかなった男のベッドに忍び込むわよ」


 キラに対して多大な幻想を抱いている民たちには絶対に聞かせられないセリフが次から次へと飛び出す。


「…ばれてないよね?」

「この私が失敗すると思うのサラ! それにばれてたらもっと大騒ぎになってるわよ。忍び込むなんて久しぶりで逆にわくわくしちゃった。例の件以来よね」


 一人ご満悦で満面の笑みを浮かべるキラに、悪びれる様子なんか微塵も感じられない。

 下手をして見付かっていたらどれほどの騒動になるのかすら判って居なさそうなキラを見るにつけ、サラは逆に言いたいことも言えないままため息をついた。

 そんなサラの心情を知るべくもなく、またあえて知ろうともしないままキラは夕べの事の顛末を語り始め、それを聞いたサラは一度、大きなため息をつくことになる。



 ─────── 遡って昨夜



「セレス様は読書がお好きですの? 実はわたくしも大好きですの」


 流麗たる響きが後ろが聞こえ、剛胆で知られる彼ですら椅子から尻が確実に20センチは跳び上がった。


 とあるものが縮むとか、恐怖のあまりにその場で粗相をするとか、自分には関係のない事だと今まで思ってきたが、この時ばかりはその状況下に置かれた人間の気持ちを理解するには十分だった。

 神をあがめ神に仕え、神に身を捧げている人間ではあるが、現実主義者でもあると自己を分析している現アンタレスの法主ガブリエル10世ことセレスですら、最初のその声を聞いたときは生き霊がいるのかと思った。

 自分の情報が正しいならば、声の持ち主は大神殿の南に位置する部屋で休んでいるはずの人物なのだ。


 アンタレスの法主に与えられているこの私室は心臓部といっても過言ではなく、地球を始めコクーンに至までの総ての情報や経済状況、はては信者の家族構成までを一瞬にして探り出すことの出来る場所。

 ここにある様々な特権や権力やそれに類する陰の部分を用いれば、世界征服だって夢物語ではない。

 だからこそ、その私室たる心臓部に入れるのは法主とそれに使える二人の使司のみで、それ以外の人間は立ち入る事は出来ないようになっている。


 大神殿から続く廊下には多数の警備兵がおり、認証システムは常時作動し、防護システムも抜かりなく作動しているはずで、下手をすれば小さな虫すらも入れるはずもないのだ。

 だからこそ、声を聞いたときには心底驚いて肝を冷やして身の(とある場所の)縮む思いをしたのだ。


 意を決して振り返り声の持ち主を自分の目で確認した時には、相手に間違いなく脚があることに喜んでいいのか、この場にいることを激怒して斬り捨てよいのか迷ったものの、斬りかかった途端に斬り返されてしまうのは目に見えていたので、彼は深呼吸を一つして背筋を伸ばした。


「……シオン、そなたに聞くのは野暮なことだとは思うが、一応は聞いておこう。どこから入ってきたのだ?」


 それとなく威厳を込めたつもりでも、声がわずかに震えているのは仕方ない。

 未だに衝撃から立ち直れずにいるのだから。


「正面から正々堂々と忍び込むほど私は無謀者でも愚か者でもございません。ですから、言わずと知れたところからです」

「……自慢のできることではなかろう」

「あら…わたくしの取り柄の一つは、身のこなしがこの上なく上品でかつ柔軟なことですの。運動神経に関しては人並み程度には持ち合わせておりすし」


 上品であるというのは、その身のこなし物腰、仕草が穏やかで美しいことを指すのであって、キラの言わんとしている忍び込む事に対してを指す言葉ではない。

 そもそも上品かつ柔軟性に飛んだ泥棒なんぞ聞いたこともない。

 確かにキラは泥棒をするためにこの場に現れたわけではないだろうが、入っては行けない場所に入ってるのは事実で、またその場所に何の苦労もなく入ってきたその現状に、彼のコメカミ辺りが激しく痛み出した。


「……シオン、くだらん言い訳はするものではない」

「お祖父様にだけは言われたくありませんわ」


 勧められる前にすでにソファに腰掛けていたキラが、わざとらしく頭をふった上にため息をつく。

 その態度のでかいこと傲慢なことに、さすがのセレスも一瞬だけ怒りを覚えたが、冷静に考えればこういう場面においては相手を怒らせた者が後に主導権を握ると、幼いキラに教えた込んだのが自分なのだと思うと説教も出来ない。

 キラはセレスが望むとおりの人間に育っているのだ。

 多少、予想していたよりも傍若無人で、理想よりも大胆過激で、希望していたよりも雄々しく猛々しいだけで。


 キラとサラの双子をこのアンタレスに引き取ったとき、一族間の紛争が原因で、生まれてすぐ家族と引き離され、家族の愛情や母親の慈悲を受けることのできない身の上を、不憫に思い心から同情した。

 過去に一族間の紛争が元で命を落とした女性を見ていたセレスは、三家で唯一の女の子として生まれたキラの行く末を心配し、心底不憫に思ったのだ。

 キラには一人の女性である前に一人の人間として、一族の犠牲になることのないよう人生を歩んで欲しいと、セレスの持ち得る生きていく術を教え込んだ。

 なにもそれは虐げられることのないよう、流されることのないよう、出来れば幸せで居て欲しいという思いからであって現在のキラになるとは夢にも、露とも思わなかったのだ。

 確かに凛とあれとは教えたが凛々しくあれとは教えていない。

 いつも正面を向いてとは教えだが、雄々しく進軍しろとも教えていない。

 ささやかに幸せにと教えはしたが、雄々しい女王になれと教えるはずもないのだ。


(主アンタレスよ。私は罪深い人間です)

「このような時間に何用だ、シオン。話なら明日…」


 彼は持ち得る冷静さと、かき集められるだけの体裁や威厳を繕って言葉にしたが、最後まで言い切らないままにキラからボディーブローを喰らった。

 キラがセレスに向けて一枚のカードを投げて寄越し落としかけ拾う姿は、威厳のへったくれもない。

 これではどちらが目上の者なのかわからないと心の中で愚痴る。


「マルス・ローダリール。祝福名はアッシュ・アルバ。祝福名の名付け親はお祖父様だそうですわね。5才の頃に祝福名を変更。現在はコクーン共同防衛組織軍の少尉で戦艦アトラス所属のパイロット。月の眠り姫の一人息子で私の婚約者ですか?」

「……」

「先ほど、お祖父様の名前でティタニスに働いてもらいました……相変わらずいい仕事をしますわ」

「何故そなたが私のマドリガーレを知っている、シオン!」


 事は一大事なのだと、語気を強く荒げるもキラには全く通用していない様子で再び、わざとらしいため息をひとつつく。


「あまり興奮すると蒸発してひからびますわよ、脳みそが。だだでさえお年ですし、せっかく就いた権力の座なのですから、今しばらくはお楽しみあそばしませ」


 などと言われた時には、自分を抑えるために両手をきつく握りしめて深呼吸した。


(こんな娘に誰がした! 幼い頃はあんなに……)


 の後が出てこないのは、幼い頃のキラを思い出してみても素直であったとか、愛らしいであったとか、少女らしいところを何一つ思い出せないからだ。

 三つ子の魂百までとはどこの名言だかは知らないが、これほど実感できる事などそうそう無いに違いない。


(シオンそなたが男であったなら、どれほど……)

「シオン、そなたのその技量があれば、学校を追い出されることはなかっただろうに」

「お祖父様の嫌味はそれだけですか?」

「話をすり替えるな。それにこれは嫌味ではなく、その気の短さを諭しておる。その技量とそなたの知性があれば出来ることは多かろうに」

「アホらしい。出来ることが多くても、本当にしたいことが出来なければ生きている意味も、勉強する意味もありません。先ほどの話をそらさないで下さい」


 先ほど自分が発言した論点をすり替えるなという言葉を返されてセレスの言葉が詰まる。

 昨日、そして今と二度の敗北を素直に認めたセレスは、キラを見据えた後、肩を落とす。

 つい数年前までは間違いなく自分の方が確実に上であった。

 キラをやり込めることも、表面上だけでも従順にすることも可能だった。

 だが、今は完全に血の巡りで負けている気がする。


 それにキラが危険を冒してまでこの場に忍び込み、はたまたタブーであるティタニスを動かしてまで情報を集めたのは何が理由があるはずだ。

 と、一度、冷静になれば立ち直りは断然早いセレスだ。


「お父様からお見合いだと伺っていましたの。ですのにロセスは婚約だとおっしゃるからオカシイとは思いましたのよ」


 首を斜めにかしげてこちらを見上げる瞳には熾烈な赤い焔がと灯っているが、姿だけなら微笑ましいほどに可愛らしく年相応の可憐さがにじみ出ている。

 実体なんかを知らなければ、微笑み返して抱きしめて、両方の頬にキスしたいくらいだ。

 それをやった途端に、投げ飛ばされるのは間違いないだろうが……。


「とってつけたような言葉遣いなどしなくてよい。何処まで気づいたのだ?」

「殆どだと思います。フォレストのこと以外は。結婚相手に異論はありません。こんなご時世ですし、コクーンのあり方の問題も絡んでますから、仕方のないでしょう。三家再編も、まあ仕方ないとしますが、私の婚約や結婚を勝手に決めたことに腹が立ちます」


 そこで一端、言葉を切ると鮮やかに笑う。


「ですから、相手を見に行っても、お祖父様はトメダテなさいませんわね?」


 斜めに愛らしく首をかしげ、大きな瞳を潤ませて、穏やかな口調、丁寧な言葉でお伺いですわという態度ではある。

 表情を見る限り、持ちうるすべての五感の感覚を研ぎ澄ましていれば、キラの体から発せられている正しいメッセージが


「人の結婚勝手に決めるなバカジジイ! 相手の男が気に入らなかったら責任とらせるからな!」


 であることは一目瞭然だ。

 そもそもキラが気に入るような男など探してくる方が一苦労だし、下手をすれば存在しているかどうかすら保証の限りじゃない。

 何故ならば一度、確認をしたことがあるのだ。


 昨年、キラとサラが一五歳を迎えこのアンタレスで祝福の祭典が行われた際、そろそろキラにもそれなりの相手を捜さなければならないという話になった。

 ディナル公の娘でありアンタレスに属する者である以上、政略結婚は免れないものの、それでも幸せになって欲しいというのは事実である。

 出来れば三家(といってもカーディナル家は存続していないが)特に本家などは論外で、かといってアンタレスの卿達の親類も除きと、月のロセスも交えて議論したのだ。

 その時、カルロが「娘の意見も聞いて欲しいのです」と、父親らしい一言を告げ、一般俗に言うところの花婿の理想とか、好みなんかをキラに聞いてみたのだ。

 もっとも聞き終わった直後に聞かなければ良かった、知らないままの方が良かったと、様々な感情が渦巻いたのは推して知るべしだったわけだが。


 セレスは遠回しに聞こうか、俗世的な言葉でダイレクトに質問しようか、一分あまり思案した。

 思案した後、どうせ遠回しに聞いても血の巡りの言いキラはすぐに察するでろうし、かといってダイレクトに聞いたのでは冷笑されるであろうと思い、遠回しでありながらもダイレクト問いただそうとした。

 結局、あれだけ迷いながら上手くはいがず「シオンには特段、花婿に対する希望はあるのか?」と聞いてしまったのだ。

 その言葉にキラは数秒、黙っただけで軽く微笑みを浮かべた。


「お聞きになりたいのですか?」


 冷笑するか、にっこり笑ってアホじゃないのと返すかと思っていたレンとリィは、セレスのキラの間の妙な緊張感に虞をなしつつも、好奇心を刺激され、聞き耳を立てた。


「出来れば……参考までは聞いてみたいのだが」


 くすりと笑って艶やかに微笑むキラの口から、予想も遙かに超えた言葉が出てきたのはこの直後だった。


「わたくしが殿方に求めます理想を教えて差し上げますわ、セレス様。まず、わたくしより背が高く知性と教養もわたくし以上に持っていらして、腕力も兼ね揃え尚且つ、殿方としての甲斐性もおありで性格もよろしく、容姿が端麗。わたくしと並びましても見劣のなさらない非の打ち所のないような殿方ですわ。わたくしちゃんと自分を理解してますでしょう」


 と、口元を扇で隠して軽やかに笑った。


「なんか、キラのヤツすごいこと言ってるぞ」とリィが感心するやら呆れるやらで言葉にすれば、

「言えるだけすごいよねぇ、キラって」などとサラが軽やかに笑い、

「でも、事実として言えるだけの娘ですからね、キラは」とレンが長男らしい冷静な口調で言葉を続けると、喧々囂々と議論が開始され、最後にリィが


「でも、キラの理想を完全に満たした男なんて、この世になんか絶対いない」と総括した。



 一方、三兄弟の議論を片耳で聞いていたセレスは立ち去るキラの後ろ姿を見送って、残された三兄弟に視線を飛ばしつつ、大きな大きなため息をついた。

 本気なのかそれとも口が滑っただけなのか、はたまたいつもの戯れ言なのかは不明ではあるが、少なくともこのときのセレスも心情的にはリィと一緒で「絶対にそんな男は存在しない」という結論だった。



「…シオン、そなたの相手に選んだマルス・ローダリールは見所のあるよい青年なのだ」

「見所があっても、なくても。その見所を判断するのは、お祖父様ではなくて結婚する私です」


 当然でしょ! 

 とばかりに告げられるとやはり二の句が次げなくなった。

 セレスが知る限り、キラの結婚相手として白羽の矢を立てたマルス・ローダリールは見所のあるよい青年で、事前調査も行い、彼を幼い頃から知っているロセスからも話を聞いた。

 確かにキャルローラ嬢には似合いの相手であることは間違いが無い。

 それは胸を張って言える。

 キラの似合いの相手であるかと問われるれば口を噤むが。

 そもそも先に述べたようにキラの言ってる条件を満たした相手など存在するはずもないのだから、この際、キャルローラ嬢にあてがうに充分であればいいのだ。

 どんなにセレスが自己完結してみても本人のキラがくせ者なのだ。


「……お祖父様、その相手は月の眠り姫息子ですよ……納得するとは思えませんが」

「それはシオンがなんとかすればよい」


 その一言で辺りの気温が下がったことを、セレスは悟ったが、あえて気づかぬ振りを決め込む狸ぶりをここに来てやっと発揮しだした。

 今まで呑まれてばかりだったが、立ち直ればセレスはそれなりに強いのだ。その努力も数秒で再びキラに飲み込まれた。


「…ということは、私が気に入らなければ好きにしてもいいということですのね? 生殺与奪権をお祖父様から頂けたと?」

(だから、何故、そうなるんだ!)



 この際、すでにもう何を言っても無駄である。

 それでもセレスはこれだけは告げなければならないと、キラに念を押す。



「キャルローラ・シオン。頼むから相手の青年を殺すのだけは勘弁してくれ……」



 ────── そして、翌日


 そこに山があるから頂を目指すのだ、そこに助けを求める人間が居るから助けるのだ、と。

 そして、そこに美女がいるから口説くのだと言った人間もいる。


 それと同じ感覚で、理屈ではなく直感で動く人間が居る。

 キラは立ちふさがるモノがあれば邪魔だからと排除する。

 サラに「なんで夜ばいなんかかけたの?」と聞かれたら「仕組んだ本人に聞くのが手っ取り早い」と普通の人間ならば絶対に考えない方法を用いて忍び込み情報を収集した。


 あげくに「それならなにも夜中に忍び込まなくても」と言われたキラは「あのスリルがたまらないのよねぇ。たまにはスリルを味あわないと、生きてる実感とかないじゃない。それにね、サラ。昔から忍び込むのは夜中と決まっているでしょ?」とサラには理解不能な言い訳をした。


 もう呆れるやら、変に関心するやらでサラはそれ以上、追求するのは諦めた。

 そんなサラがため息をついて視線をキラに向けたときにはすでに、キラは立ち上がりサラに手を差し伸べている。


「一緒に行くでしょサラ?」


 サラは差し伸べられた手を握り替えして答えるのだ。

 いつものように。


「僕が一緒に行くのは当然でしょ? キラを一人にしたら、大変な事になっちゃうよ」と。



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