プリンセスの偉大なるみち
「ドレスを纏った女性は決して後ろを振り返りませんのよ、降りそそぐ光の中、前だけを見て歩くものですわ」
と豪語した人間が、目の前にいる。
名をキャルローラ・シオンという。
清楚・可憐・上品とそれに付随してくる女性としての持ち物をすべて与えられ、人々の羨望と称賛を一身に受け、お姫様と呼ぶにふさわしい人物だ。
一方で、雄々しく、凛々しく、逞しくと、男にこそふさわしい称号を彼女は家族に与えられ、一部の人間達からは女帝と呼ばれる人でもある。
そのキラが、その言葉を実践したかの如く、美しい姿で立っていた。
この日の彼女は念願の権力を手に入れ女帝の席についた。
わけではなく、これから行われる『正義の名を借りた悪逆非道』(キラ語録)に不本意ながらも参加することを本国最高権力者であるガブリエル10世こと、セレスに伝えにきたのである。
二ヶ月前、
市国ディナル公カルロの衝撃宣言は、天(アンタレスを始めとしたコクーン)と地(そのまま地球)を揺るがし大地は混沌とし、正装してこの場に向かわざるを得なかった我が身に、キラもサラも呪いの言葉を吐きつつ到着してからはお面のように笑顔を貼り付けていた。
その仮面の下に憤怒を隠していたが、キラの機嫌は大層悪く、大神殿に入殿する際に挨拶をするふりをして微笑みながら、自分達を出迎えた卿の全員の足をピンヒールで踏みつけたのだ。
もちろんそれを、レンもリィも見てみないふりを決め込んだ。
と言うより、意見や注意などしたが最期、自分達も血祭りに上げられそうな雲行きに、口出しなど出来ないというのが本心であった。
人間誰だって余計な火の粉なんてかぶりたくないのは当然で、これで大火傷を負っても自己責任だ。
レンもリィも雷鳴轟く豪雨の中を傘も差さずに、いや雷鳴が響いていたらたとえ傘を持っていたとしても、外に行くような無謀者でもない。
目の前にそびえているから、という理由だけでその高い山に、己の限界を試すため敢えて挑戦するような勇気溢れる挑戦者でもなかったので、我が身かわいさに黙って口を噤んでいた。
それでなくともシャトルの中は、キラ様ワンマンショーとばかりに、それはもう、いとも上品で優雅な毒の入った言葉が飛び交っていたのだから。
ただ、キラの名誉回復のために言えばこの二ヶ月間、キラは本当に我慢に我慢を重ねいた。
即断・即決・即実行、類い希な行動力をもったキラが、二ヶ月間も邸奥で静かにしていたのだから。
「お姉様からお兄様に変わられてしまいましたのね。残念ですわ、お似合いでしたのに。ローブ姿だなんて無粋でしてよ」
突然聞こえてきた涼やかな声は大理石の廊下に静かに響いた。
問いかけられたリィが、声の持ち主を確認するまでもないが、あえて無視をする必要性もないことから振り返ると、そこには想像通りの人物、妹であるキラが、大神殿の奥殿に入るための正装に着替え立っている。
立っているだけでさながら女帝のようで、我が妹ながら賞賛せずには居られない。
淡い桃色の最上級のシルクで造られたプリンセスラインのドレスが嫌味なほどに良く似合っている。
ドレスの上には両肩からリボンで止められた同色布で造られたガウンを纏い、長い髪の横の部分だけを結い上げ、頭上には、光り輝くティアラを乗せている。
ごく一部の人間以外には身につけるとこの許されない、アンタレスの紋章が金の糸で大きく刺繍されたガウンとドレスの裾が大理石の廊下を夕日に作られる影のように長い。
女王然とした姿は惚れ惚れするほどに美しく、どこまでも上品に見えた。
家庭の事情でつい半年前まで、キラと同じ姿を自分もしていたのだと思うと、リィは今の姿が本当にありがたい。
似合わなかったとは言えないまでも、これほど見事に着こなしていた自信は欠片もない。
リィは男なのだから当然ではあるのだが、苦労をしてリィやレンを女に見せるために日々精進していた付き人にはそりゃもう、頭の下がる思いだ。
だからこそキラの美しさは自分とは違う天然ものだと思うと、リィはこちらにも頭が下がる思いだ。
「やっと解放されて清々したよ、これからは思い切り自由な格好ができる」
「あら? お兄様が進んでお姉様であったことなど、わたくしの記憶にはございませんわ」
「あたりまえだ。毎日、毎日、ドレス姿で生活しているお前とサラを尊敬するよ」
「まあ、それは心がけが違いましてよ、お兄様。着慣れてしまえば服など、どれも一緒ですもの」
どこをどうすれば、心がけ次第でドレスなんて着慣れるのかリィはあえて突っ込むことは控えた。
突っ込んだところでキラにやりこめられてしまうのは目に見えているので(と言うより不機嫌続行中のキラなので攻撃した途端に撃ち返される)代わりにキラをもう一度、上から下まで観察した。
そして再び感嘆する。
背筋を伸ばし前を見据えて立っている姿は、本当に凛々しく美しく神々しい。
だから、リィはその賞賛の言葉を素直に口に出してキラを褒める。
「リィお兄様も、それなりにお似合いになられていましたわ。そういえば、小耳にしたのですけれど、お兄様はコクーン士官学校時代に、殿方から絶大な人気がおありになったそうですわね。お気の毒様ですわ、ご学友の方々の心境を思えば、わたくし涙が出ます」
「そのわざとらしいしゃべり方止めろよ、キラ。つーか、俺は元々は男なの。男に求愛されても嬉しくないし嫁にも行けないんだ。どうせなら可愛いく素直な女の子がいい」
「だけど、人気があったのは事実なんでしょ?」
キラの後ろからひっこりと顔を出し会話に加わったのは、紋章入りの白いガウンを肩から流し、下にはアンタレスのローブを身につけたサラだった。
今までキラと同じドレスを身につけていたサラを見慣れているだけに、今ひとつ違和感を覚える。
「サラ、お前以外と似合っているな、その服装」
「そうかな? 僕としてはキラと同じドレスの方がしっくりくるんだけどね……」
「ドレスが好きって……奇特だなお前は。俺なんてこれからは堂々と男として振る舞えると思うと、本当に嬉しくて、嬉しくて涙が出たぞ。そのドレスときたら、振り向くのも困難だし、歩くのも大変だし、着るまでだって億劫だし、何かあったときに絶対に走れないんだぞ」
と、力説する兄を見てキラが華麗な笑顔を浮かべた。
「お兄様、ドレスを纏った女性は決して後ろを振り返りませんのよ。何もかも振り捨てて降りそそぐ光の中、頭を上げて、前だけを見据えて歩くものです。何時いかなる時も歩くのですわ。ドレスを着ている女性の前には、道は自然と開いていきますもの。さあ、お兄様。奥殿に狼煙をあげに参りますわよ」
その言葉にリィは軽い目眩を覚えつつサラの先導の元、美しい妹の手を取って歩き出した。




