小さな親切、余計な計画(序)
巻き添えを喰らうという言葉がある。
往々にして、その言葉を使う場合は、何か良からぬ事を表す場合に多く使われるわけだが、その日のマルスも、まさにそんな「巻き添え」の典型だった。
キャルローラ嬢とサラディーラ嬢の捕獲大作戦、もとい救出劇にともなう騒動で、艦長たるナヴァールを始めとし戦艦アトラスの乗務員は全員「向こう2ヶ月間の50%の減給と、半年間の休暇の取り消し」を言い渡された。
友好国のましてや公主のご令嬢をスパイ容疑で拘束したあげく、無礼千万の数々をやらかした(仕出かしたではなく、堂々とやり通した)のだから、もっと重い、たとえば罷免であるとか、降格処分であるとかを想像していた乗務員達は、一様に安堵のため息をついた。
だが、最悪の事態は免れたものの、マルスとエドのような将来を期待されている有望な士官候補には、大いなる汚点だった。
けれど、元々野心も強い方ではなく、出世することに執念を燃やしている方ではなかったマルスとエドは、取り立てて落ち込むことはなかった。
どちらかといわれれば、数日前に出逢った天使の容姿のキャルローラ公女が忘れられず、夢うつつの状態で、夢に見るのだ。
春の光のように微笑んだ表情も(あの場においてキラの演技を見破れる者など存在しない)宝石のようにキラキラとした瞳も(ライトが反射していたとは全く考えてない)、差し出された手の白くしなやかであったことも。
夢の中のキャルローラ嬢は、その艶やかで美しい口唇から優しくマルスの名前を呟いて「よいお名前ですわ」と微笑みながら「マルス様」と呼んでくれるのだ。
白いしなやかな手を差し出して、首をかしげて優しく自分だけに(マルスの都合のいい夢)微笑んでくれるのだ。
これは完全なるマルスの妄想ではあるのだが、気の毒なことにこの時点ではまだ、キャルローラ嬢しか知らないのであって、一部の人間達が知るところのキラ嬢ではないのだから、当然といえば当然なのだが。
初恋に破れて早何年。
マルスはまさに一目惚れを体験していたのだ。
マルスのこの一目惚れが、自分の人生のいろんなものを巻き添えにするとは当然の如く知らないから、このような都合のいい夢を見ていられた。
後に、その事を聞いたマルスの友であるリィが、マルスを本当に気の毒がったことも、全ては後々のことだ。で、この場にもう一人、別な意味で巻き添えを喰らう人物が居る。
ルノだ。
ルノは戦艦アトラスではなく、アトラスと併走している戦艦アカディネの所属だが、未知の戦闘機に襲われてから、特別措置としてこちら側に派遣されていた。
ルノはここ数日のマルスの覇気のない様子を見ては「恋にうつつを抜かす」とか「恋は盲目」とはよく言ったものだと、別のクルー達と笑いながら話していた。
堅物で真面目で融通の利かない男が、よもやこんなにもふ抜けたヤツになるなんて、想像もしていなかったから新鮮な驚き。
確かにマルスの言うように美しいと思う。
あの双子は。
それこそ神が創造した最高傑作品という言葉を献上してもまったく問題がない。
ないのだが、ルノの何かが触れるのだ
(実は一番、彼が鋭いのだ)
あの美しさの裏に何かがあるような気がしてならない。
儚げな容姿にそぐわない瞳に宿る光が、彼女の儚げな容姿の全てを打ち消してしまう。
確かに美しいのは異論はない。
異論など唱えようもないほどの完璧な美しさなのだが、どうにもこうにもしっくりこないのだ。
一方のエドもマルスほどではないにしろ、こちらも熱に浮かされている模様で、ルノは辟易していた。
だから、今度の休暇にはマルスとエドを伴って、自分が行きつけの遊び場に連れて行って、女に対する耐性と免疫力を付けさせようと、ルノは余計な計画を立てていたわけだが、それは本当に余計な計画だった。
マルスやエドがどれほどキャルローラ嬢に恋をしようとも、熱に浮かされようとも、妄想をその頭の中で繰り広げようとも、身分も立場もまったく違うのだから、しょせんは報われることのない恋だと思っていた。
だから、もっと身近のもっと現実的な女性に目を向けるべきだと思ったかの行動だったが、後日、この計画がルノの身に火の粉となって降りかかり、それこそ生き地獄を見せられるとは、これっぽっちも思っていなかった。
いろんな思いを乗せ戦艦アトラスは、母国に帰還すべく進路を取っていただが、その最中にもたらされた衝撃的事実を前に、三人は呆然と立ちすくんでいた。
「え? リーナがおとこ?」
これまた今まで耳にしたこともないような、マルスのマヌケタ声は、映像から流れてくるディナル公カルロの声にかき消された。




