優雅に勝利のダンスを3
表面上だけならば至極機嫌のいいキラが(あれを機嫌がいいと判断しては家族なんてやっていられない)サラを伴って、ダンスの練習(という名のストレスを発散の為なので優雅なダンスを練習するとは考えにくい)に向かうために部屋を退出した後、その場を支配したのは重苦しい空気だった。
その重苦しい空気は非情な決断を聞かされたからではなく、今まで知らなかった事実を知らされたからでもない。
今後アンタレスを巻き込んで起こりえる全ての事とレンの立場、リィの立場、そしてキラとサラの行く末に対する重苦しい空気だった。
その息をするのも歩くことすらも困難になりそうなこの空間の中で、一人楽しげな母親を見るに付け「母はこの状況を判っているのか? きちんと理解しているのか?」と、この母親の腹から生まれたレンとリィには、当然に沸き起こってくる疑問だった。
兄妹の中で一番の常識人であると自負だけはしているリィは、兼ねてからの疑問をこの際だからぶつけてみようと思った。
「お母様は随分と楽しそうですが、分かっていますか? キラはこれから戦争に加担するんですよ?」
「それが? どうしたの?」
と返されて。
リィだけでなくレンの柳眉も上がる。
少し離れた場所から様子を伺っていたカルロは夫婦である所以か、それとも何か別の勘が働いた結果なのか、この後の二人の息子の心中を十分に察していたに違いない。
リィの質問を耳に入れた途端に天を仰ぐように困った顔をしたのだから。
兄弟がそれを見てなかったのが不幸と言えば不幸なのだ。
「キラはキラなのよ。あの子が生き残ると言っているのですもの絶対に生き残りますわ。そしてサラも、アンタレスを握ると言っているのですから必ず握りますわ」
「母上、その自信はどこから来ているのですか?」
「レン、リィ、良くお聞きなさい。家族というものは信じることから始まります。結婚し夫婦となり、子供を儲けたとしても、夫婦が他人である事実は永遠に変わりません。ですがそこに信頼があるから、愛も生まれ慈しみも芽生えるのです。他人である夫を信じ愛しているのに、血の繋がった娘の言葉を信じられない親が、どこにいるのでしょう」
おっとりと微笑む母の思わぬ反撃に、レンもリィも言葉を噤む。
言っていることは至極まっとうで、素晴らしいがいかんせん言葉尻になにか不穏なというか、微妙なニュアンスを感じる。
「キラには、絶対に生き残ってもらって、幸せな結婚をしてもらいたいのです。娘はキラ一人。花嫁衣装を用意できる楽しみは一度しか味わえないのですよ?」
(言いたいのはそれか!)
「悪かったですね、息子で」
そう思わず呟いてしまったのはリィの、不用意な一言を咎めるようにレンはその脇腹に一撃を入れた後、自分たちの母を見遣る、が、泣いているであろう予想は裏切られた。
母は息子二人を視て再びにこやかに微笑む。
「仕方ありませんわ。最初に男ばかりを生んでしまったわたくしにも責はありますもの。ですからキラが女の子であると知ったときのあの歓び、あの幸福感。今でも言葉にできません……我が家には殿方は三人もいるのですもの、一人娘に期待して何故、咎められなければなりませんの? 答えなさい、レリファン、フレンシスカ」
「いや、咎めているわけではありません。キラがこれから戦いに向かうというのにあまりにも暢気におっしゃっているから」
レンが言葉を選んで言い訳をするが、母には一切聞こえていないらしい。
「あなたたちを娘として育てると、カルロに告げられたとき、どれほど嬉しかったことでしょう。わたくし絶対に女の子を産むつもりでしたのに、最初は男の子ばかり……自分のお腹を怨んだくらいです。それでも女の子として育てる事が出来るならばと、ドレスを選び着せ替えをする日々、それはもう幸せでしたわ。なのに、その歓びを感じられたのはわずかに数年……このフリルはイヤだ、このレースはイヤだと駄々をこね始め、幼年舎に入る頃にはシンプルなスカートやパンツばかりを好んでしまって、わたくしはどれほど哀しかったか。きっとあなた方には一生わかりませんわ」
(そりゃ当然だろ!)
男三人が同時に叫ぶ。
そんな言葉は耳に入ってもすぐに抜けてしまったらしく、母はゆったりと、世間様から「慈愛に満ちた」と称される美しい微笑みを浮かべると一気に言い放った。
「何度も繰り返しますが、キラの花嫁衣装はわたくしの夢なのです。手塩にかけて育て上げ、ましてやあのように美しく可憐に育ったキラに、純白のドレスを着せる日をそれはそれは楽しみにしておりますのに、それすら叶わないまま、なにゆえアンタレス如きに差し出さねばなりませんの? そのような事態になるのでしたら、わたくしがアンタレスを爆破しますわ」
(ここまで来れば我が母ながらあっぱれだ。いや違う。女は強い……)
だからもう、アンタレスを爆破しようが、アンタレスを乗っ取ろうが、棺桶の上でダンスを踊ろうが、なんでも出来そうな気がしてきた。




