華麗なる姉妹の逃避行12
そこにいたのは目をこすって確かめたくなるほどの、天使が二人並んでいた。
初めて目にしたときから美しい事は確かに美しかった。
でも、マルスたちの目の前に居るのは絶世のとか圧倒的なとか、とにかく一言では的確な言葉が無いほどの、美しい美少女が2人並んでいる。
戦艦アトラスの手狭な格納庫は今、簡易迎賓館となり艦長を始め多数の乗組員達が、二列に並び二人の少女が微笑みを浮かべながら目の前を通過していく。
シャンパン色の膝丈のドレスは淡い光を放ち、頭に載せられた、同じ素材でできたヘッドドレスが、髪とのすばらしいコントラストを醸し出している。
胸元は、これまた見たこともない程の大きなダイヤが光を反射させている。
マルスたちの目の前に居るのは犯罪者でも、スパイでも、ましてや難民でもなく、宗教本国アンタレスに属するディナル公国の公女。
写真だけなら何度か見たことはあったが、どれも遠目からの写真ばかりで、現物、いや実物がこれほどまでに美しいとは思わなかった。
警備上の都合や、様々な事情が絡み合って、2人の姿が直接メディアに流れたことはない。
確かに噂だけなら沢山存在していたのはしていたが、どれも伝え聞くだけのもので、眉唾物だと思っていたのだが、その現物いや実物を目の前にすれば、その噂がすべて本当のことを言っていたのだと裏付けされた。
宗教市国ディナル公国には、神アンタレスの祝福を一身に受けた双子の天使がいる。
まさに居る。いや居た。
この二人の美しさを見ていると、思い出したくもないここ数時間の苦労も、心労も、とにかく労とつく全てのモノが吹っ飛びそうな気がしてくる。
────数時間前。
本国からの緊急通信のおかげで戦艦アトラスは本当に上へ下への大騒ぎになった。
投獄した二人の少女が実は、宗教市国ディナルの邸から誘拐された双子の姉妹で、ディナルから要請を受けた月政府と、本国のアンタレスがその二人の行方を捜索し、そして正式にコクーンに政府にも捜索要請が申し入れされていると知った。
その通信を真っ先に受けたブリッジでは、いかなる理由があろうともそれだけの重要人物を、犯罪者として拘束したという事の重大性に気が付いた瞬間、気絶する者、言葉をなくす者、現実を逃避する者が続出した。
しかもこういう情報ほど艦内での周りは早く、数分後には全艦内の全クルーに知れ渡った。
当然、自室で休んでいたマルスとエドの耳にも入ってきた。
正体不明の、しかも今まで見たこともなかったような高機能を持った戦闘機に襲われ、表面上は穏やかさを装っていたが、どこか浮き足だっていたこともあり、その衝撃的な事実は艦内を混沌とした恐慌状態に陥れた。
こういう場合にこそ、冷静沈着に物事に対処し艦内をコントロールし、統べて掌握しなければならないのが艦長なのであるが、その艦長の、ある意味では暴挙ともいえる行動の結果なのだから収拾など付くはずがない。
マルスとエドが必死になって艦の頭脳たるブリッヂ内の正常化に努めようとしても、一連のやりとりを(マルスとエドの進言)知っている人間達の耳には届いてくれない。
とにかく言葉では言い表せないほどの悲壮感が漂い、百戦錬磨とはいかないまでも、それなりの経験を積んでいるはずの作戦主任ですら、指示ポイントの座標を読み間違える手痛いミスを犯しかけた。
作戦主任と云えば、艦長不在時には統べての権限を一時的に預かる人物で、その人物の手痛いミスにマルスとエドは、誰も当てには出来ないとため息をつきたくなった。
しばらくは言葉もなくただ呆然と、一段階高い場所に設けられた艦長席に座っていたナヴァールは、マルスとエドの突き上げをくらい、胸を押さえつつ足早に二人が監禁されている監禁室に向かった。
鍵を開けるように指示された警備兵が、ブルブルと激しく震え解除コードを何度も間違えたが、中にいたキラとサラは「あわてなくても平気ですわ」と微笑んだ。
鍵が解除され扉が開くととともに、ナヴァールは恭しく頭を下げたのだが、ここで素直に謝罪が出るような男では無かった模様で、2人に嫌味の一つか二つ吐いた。
どのような言葉であったのかは、立ち会っていた部下が呼吸を忘れたほどであるから、それなりの言葉であったのだろが、言われたキラは、
「どうぞ、お気になさらずに。名を証せずにおりました、わたくし達にも責任はございます」とそっと微笑んだ。
なんとか艦内が落ち着きを取り戻した頃、ディナルの護衛艦とのドッキングを無事に完了し扉を開けたとき、そこに姿を現したのは、エドとマルスの見知った人物だった。
アンタレス護衛騎士団隊の証である真っ白な身ごろに、大きくアンタレスの紋章を金糸で左胸に刺繍したその特別を意味する制服。
青い糸で紋章を刺繍した騎士団服を身につけた、数人の部下を従えている姿は勇ましい。
「よお、マルスにエド元気か」
「リーナ」
片手を挙げて軽やかに挨拶をするリィを見た時、マルスとエドの胸に去来したのは安堵という言葉だった。
艦内の正常化に努めながらも、2人の頭を占めていたのが、今後発生するであろう、外交問題。
しかもマルスとエドはコクーンとディナルの秘密裏の会談も知っているだけに、生きた心地はしなかった。
自分たちがこれから戦うことになろうであろう敵側の高度な科学技術力を理解し、それに対抗するためにはディナルの科学力が必要なのだということも知っている。
だから、もし、ダメになった時のことを考えると、胸が痛いどころの騒ぎではない。
「今回は妹たちが迷惑をかけたな」
「いや、こちらこそ……」
マルスが本当に申し訳なさそうに言葉を濁す姿を見て、リィが気の毒だとばかりに、苦笑いするが、それがどのような意味が含まれていたのかはもちろんこの二人には解るはずもない。
一方リィは目の前にいる友達にすべてをぶちまけてしまいたい衝動に駆られるも、男でありながら公女となっている立場とそれに連なる「家庭の事情」なども含まれてくるから結局、苦笑いを浮かべるのが精一杯だ。
「本当に迷惑をかけた。すまない。家族全員がついつい甘やかし気味で………」
そこから先の言葉がリィの口から漏れることはなかった。
何故ならばリィの口から出た言葉に意味がわからないとばかりに首をひねったマルスとエドを見て、後ろに控えていた護衛役が、
「リーナ様。キャルローラ様とサラディーラ様に、一刻も早くお逢いなされた方がよろしいのでは。心細くいらっしゃるはずです」と至極ゴモットモナ事を口走ったからだ。
反論したい気持ちをぐっと押さえつけて「そうだな」と呟く。
心の中では「心細いなんて言葉、キラとサラに存在しないだろ」とか「アイツらが、特にキラが黙って誘拐されるなんて、なんの笑えない冗談だ」とか、思いつく限りの繰り出してはみたものの、表向きはあくまでも拉致されたのであって、決して自分たちから進んで邸を抜け出し、あまつさえ民間シャトル一機を粉々に跡形もなく、それこそ証拠もなく吹っ飛ばした事は存在してはいけない事実なのだ。
ともかく、これ以上、ボロが出ては大変だという認識はリィも持っていたから、マルスとエドに「また後でな」と告げて、クルーの案内で妹たちが保護されている部屋へと向かった。
「リーナ様、不用意な一言はお控え下さい」
「わかってるっての。うるさいな。だからこういう事はレンがやれって言ってるんだ。私は、本当にこういうのは苦手なんだよ、お前だって知ってるだろう」
さもありなん、とリィより高い長身を持った護衛役は、ため息をついた。
黙して語らず長男気質のレンに比べれば、次男のリィは確かによくしゃべる方だ。
裏表のない性格も相まって、人を騙すとか欺くなどは苦手としている。
それがいけないというわけではない。
無いのだが、こんな場面のためにも、今後のためにもレンの、どちらかと言えばキラのポーカーフェイスと全てを欺く演技力は見習わせるべきかも知れない。
それはさておき、護衛役たるアレンの目の前を威風堂々たる様子で歩くリィにしても実は下の双子にはとことん甘い。
悪態つきつつ、文句を言いつつ、レン同様に下手をしたらそれ以上に。
メタトロンの中で「今度こそ、説教してやる」とか「しばらく閉じこめてやる」なんて言いながら何一つ出来ないのは分かり切っている。
妹からの「お姉様、ご心配をお掛け致しました」という通信が入った途端に心底嬉しそうな表情を浮かべ、その妹の注文に従い、手には妹たちの衣装を持っているのだから。
現在、ディナル公国の大公カーディナルフェル家にキラに勝てる人間など存在しないのだ。
アレンはいろんな思いを込めて、再び静かにため息をついた。
───── そんなこんなで、数時間後。
戦艦アトラスの格納庫は即席の迎賓館で出発セレモニーが執り行われている。
自分の隣に父が居ることに若干の居心地の悪さを感じるマルスが(何故ここに父が居るかと言えば、当然と言えば当然なのだが、この二人を無事にディナル側に渡すためだが、何も自分の隣に陣取らなくてもいいじゃないかと思いつつ、それを口に出せないのがマルスの真面目さなのか、それとも別の要因なのかは本人にも判らないが)正装をして自分の目の前に現れたキラとサラに目も、心も奪われたのは仕方のないことだ。
他のクルーも同様に美しさにただ見とれていた。
見とれていて、キラがマルスの目の前を通過せずに立ち止まり、声をかけられたときは現実を把握するのにかなりの時間を要した。
何度も瞬きをして、ルイスから小突かれ自分がキラに話しかけられているのだと理解すると深く一礼をした。
「どうぞ、お顔をお上げください」
凛と静かに響く声に頭をあげたマルスは、目の前にある紫色の眼差しに瞬時に魅入られて、視線を外す事が出来なかった。
目の前に居るのが敵愾心を持っているディオン一族に連なるものだとしても、それすら忘れるほどの美しさと穏やかさ、そして慈愛を称えた瞳。
汚れがないであるとか純粋であるとか、この世の美しいと形容されるすべての言葉がいまここに存在している。
「お助け頂きましたのに、お礼を申し上げておりませんでした。この度は御救出頂き誠に有り難うございます」
優雅な一礼に面を喰らったマルスが再び頭を下げる。
「いえ、当然の事をしただけです」
「ご挨拶が最後になってしまいましたが、わたくしキャルローラ・シオン・カーディナルフェルと申します。妹の名をサラディーラ・カイトと申します。差し支えがなければ是非、お名前を教えていただけますか」
「マルスです、マルス・ローダリールと申します」
「失礼ですが、マルス様はアンタレスでいらっしゃいますの」
キラの問いかけにマルスがすぐに頷くと、ふわっと、柔らかな笑みを浮かべた。
その笑みは、その辺り一帯を暖かくするのではないかと錯覚するほどの綺麗な笑みで、男である以上、マルスが見惚れてもそれは仕方のない事だ。
「マルス様、祝福名を教えていただけますか」
祝福名というのは、アンタレスに伝わる伝統的な儀式名で、アンタレスに属する者は、自分の名前の他に祝福名を用いる。
「アッシュ・アルバです」
マルスが祝福名を告げたとき、キラは一瞬だけルイスを見る。
その視線を辿るべく、父を見ようとしていたマルスの耳にキラの声が柔らかく響き、再び、マルスの意識はそちらに持って行かれた。
「アッシュ・アルバ……そして御名はマルス様。とても勇ましいお名前をお持ちでいらっしゃいますのね。祝福名であるアッシュとアルバは共に夜明けを意味している。アンタレスにおきましては神に使える神獣の名前で、女神ジャスティティアの守護戦士でもあります。マルスは軍神であり勇者を意味しています。とてもよいお名前だと思います、マルス様。わたくしの祝福名はジャスティティアと申します」
「ジャスティティア……女神の名ですか?」
「はい。マルス様、またお逢い出来ますこと。そしてあなた様にアンタレスの光と希望がありますことを。ジャスティティアの幸運を祈ります」




