華麗なる姉妹の逃避行11
そして時間が過ぎ棺桶艦はやはり撃沈され、
キラとサラはその棺桶から命からがら逃げ出すことに、成功したわけではなく。
この時ばかりはサラですらアンタレスに素直に感謝の言葉を呟いたのだが、実は奇跡的に、棺桶艦はあの修羅のような場を切り抜けることに成功したのだ。
だから自ずとキラとサラも棺桶の中に留まり「これを修羅とか言ったら修羅場に失礼だわ」というキラのごもっともな発言は、この際、書くだけにして。
とにもかくにも、劣っている戦力は戦術というものを武器にして乗り切り、マルスの的確な状況判断と冷静な戦況判断能力をもって回避することに成功した。
艦の乗組員達は殆どの人間が、自分たちの見た人型戦闘機の圧倒的な武力を前に無力化したのも事実だが、だからこそ退けた時の喜びもひとしおで、熱狂的とも言える歓迎でマルス達の帰投を待っていた。
にもかかわらず、そういう場の雰囲気を無視する人間、俗に「空気を読め」と諭されても理解の出来ない人間は確実に存在し、また過去の失敗を教訓にするであるとか、物事を正しく認識できない人間も確実に存在するわけで、この時のナヴァールが統べての項目に該当した。
「こうまで都合よく狙われたのは、絶対にスパイがいるからだ。あの二人に間違いがない」と、声高らかに宣言したのは、マルス達パイロットが戦闘機を降り息つく暇もなく軍服に着替え、報告のためにブリッヂに向かい敬礼するより早くだった。
一瞬、何をしゃべっているのかと理解に苦しんだマルスだが、軽く首を振って、強引に頭を働かせる。
「待ってください艦長。あの二人が通信機を所持していないことは、艦長も確認されたはずです。ましてや、この空域から、信号を発せられたのなら、艦内で探知できた筈です」
「では何故、突然、我々が襲われたのだ、少尉。他の理由など考えられんではないか。我が艦の策敵能力が低いとでも言いたいのかね」
「いいえ、ですが、あの二人がスパイだと決めつけるのは短略的ではないですかと申し上げています」
マルスの進言にナヴァールがせせら笑う。
その笑い方は穏和なマルスが十分な怒りを感じる程だったが、そこで怒ったり言い返したりしないのがマルスだ。
もたげてきた反抗心をぐっと堪える。
「少尉の言い分はわかった。だがこの艦の艦長は私だ。すべての決定権は私にある。さがれ」
そして何故リィが嘆いたかと言えば。
身元を証す物を何も持たず、また名前すら告げない二人の身元照会とは口実で、ナヴァールは早々に「スパイ容疑で二人の少女の身柄を確保しました」と自信たっぷりに報告した。
二人の顔写真は、軍本部に転送されデータ照合された。
データ照合を行った分析官が後に「これがそっくりさんとかであったのならどんなに良かったことか」と、涙ながらに漏らしたことから、どのような騒ぎがあったのか容易に察しが付く。
何度もデータを確認し、どう見ても、スパイ容疑で身柄確保をされた少女2人は、宗教市国ディナルの第3公女と第4公女。
確かにコクーンに住む人々の大半は双子の顔を知らないが、それでも噂くらいは聞いていないのかというナヴァールへの呪詛はそっちのけで、もしかしたら似た顔の人間かもと思い込もうとした。
ところが、その思い込みを打ち消すように、月の有力者であるロセスから極秘裏の通信が入った。
「ディナルの双子が何者かに誘拐され、その双子が乗っていたシャトルが行方不明である。捜索に協力されたい」との申し入れがなされ、それを聞いた担当分析官はその場で気絶した。
一方、コクーン防衛本部の建物が揺れるほどの大パニックを起こしている頃、キラとサラは医務室という名の簡易拘束室から、本当に鉄格子付きの監獄に身柄を移送されてしまっていたのである。
───── 1時間後
第2コクーン群 アルフェラッツェ内
コクーン共同防衛組織軍本部 防衛総帥執務室兼命令室
現実というのは、時として本当に信じられない事実を突きつけることがある。
小説より奇なりという言葉にも表現されるように、現実というのは信じたくない事や、信じられない事が我が目、我が耳を疑うという言葉と相まって衝撃を与えるのだ。
コクーン共同防衛組織軍の長たるベルトーチオは、ずきずきと痛むこめかみを押さえたい衝動と、なりふり構わず叫び出したい気持ちを必死に押しとどめて、自分の目の前に立っている部下に視線を向ける。
自分よりもすでに色を無くして土気色した部下の顔を見れば見るほど、沸き上がるのは部下に対する同情ではなく、事柄の重大性に対する悪態だった。
「これは、間違いがない、のだな?」
「ありません!」
(よりにも寄って、こんな時期に、何て事をしでかしてくれたのだ!)
との悪態は、麗しき双子の姉妹に向かって放された言葉であるのか、はたまた、自分の部下の一人に放たれた言葉であったのか。
真実は彼の心の中なので知るよしもないが、対処如何によっては、コクーンの全てが一瞬にして消え去るといっても過言ではない。
その危険性を目の前にいる部下も十分に理解しているから当然、対処を求めている。
あまりの出来事に「コクーンの双璧」の一人と言われているベルトーチオを持ってしたって、直ぐに対応出来るはずもなく、彼に出来たことは、自分とともに「双璧」を担っている外交担当のルイスに通信を入れることだけであった。
──── 遅れて10分後
第2コクーン群 アルフェラッツェ内
コクーン共同議会 議会内外交対策室兼執務室
現実という強烈なパンチをベルトーチオが、かっ喰らってから丁度10分後。
伝染病のようにもたらされた報告は、確実に主要機関を蝕み始めていた。
ただし、特定の人間達にだけ伝染しているのは、一重に普段の指導の賜なのか、はたまた別の理由があるのかを考える余裕を与えられることもなく、ただ言えるのは確実に外交担当であるマイルの肩にコクーンの全てがのしかかってきた事実だけだ。
最初、ベルトーチオから報告を受けたルイスは、冗談だと思い込もうとしたのだが、いや正直を言えば「冗談も大概にしてくれ」と言えたらどんなに楽だったことか。
しばし脳が現実逃避を起こしたことは敢えて伏せるとしいて、つき合いの長さから、目の前の男が冗談を言う男ではないことくらいよく理解しているから、現実に立ち返ることはさほど難しい事ではなかった。
ベルトーチオの話では、戦艦アトラスから犯罪者照会等という通信を受け付けると同時に、別の分析官が月の民政委員であるロセス・クリスタルティアより、国防総帥たるベルトーチオへの直接通信を受け取ったのは、ほぼ同時だった。
ロセスの通信をベルトーチオが受けたのと、別の分析官が恐怖と驚愕のあまりに悲鳴とも付かない声を挙げて立ち上がるのとは僅差で、別の分析官達が恐怖という嵐に飲み込まれた。
正気を保つことに成功した部門責任者がベルトーチオの元に駆けつけて来たのは、ロセスとの通信を切断した直後だった。
「事情は、よくわかった。つまりその誘拐された双子の公女はいま戦艦アトラスにいて、こともあろうに犯罪者扱いされ、拘束を受けていると」
「端的に言えばそうなる」
その後、ルイスは頭を抱える時間さえ、与えられることもなく、ベルトーチオとともにコクーンの最高権力者たるシューリオの元に報告に出向いた。
コクーンの双璧と言われる二人の言葉を聞いて、あまりの出来事に剛胆で知られるシューリオがしばし呼吸を止めても致し方ないことであった。
────── 2時間後
宗教市国ディナル公国 ディナル公邸、執務室
「で、見つかった?」
「見つかった、見つかったけど! キラとサラ、よりにもよってコクーン軍の戦闘艦に犯罪者として拘束されている」
暢気にも、いや心労がたたり倒れている父に変わり、一時、職務を代理している長男のレリファンが、弟から双子の居場所が判明したと報告を受けたのは、コクーンでシューリオが報告を受けてから約2時間後であった。
通信技術の発達の恩恵で、僅かなタイムラグで通信を交わせることはいいことなのか、悪いことなのか考える余力もないまま知らされた事実は、レンを打ちのめすのには十分だった。
確かに生きていてくれたことは嬉しい。
だが、よりにもよって、何故に犯罪者として拘束されているのか。
天使だ、女神だともて囃される麗しく可憐な容姿を持ちながら、実は悪魔の申し子ではないのかと、一度ならず何度も思っていたことだ。
それでも、あくまでもキラとサラなのだから、大きなへまなどすることはないと、タカをくくっていた今までの自分のおでこを思いつきり、どっついてやりたいくらいだ。
「わかった、ロセスにはこちらから連絡をするから、後のことは頼むわ」
「え? ちょっと、それはないんじゃないか? こういう場合は、長男であるレンが行ってくれ!」
「リィ、冷静に考えなさい。地球から艦隊率いてそっちに行くのに、どれだけの時間がかかると思っている。事は迅速を要することくらいお前だってわかっているだろ?」
「判る、わかるけどさ」
「命令! 行け!」
リィに返す間も与えずにレンが通信を即座に切断した。
切断する寸前にリィが何事かを叫んでいたが、そんなことは知るものか、とばかりにレンは一つため息をつく。
ついつい甘やかしたのはレンにも言える。
キラとサラを甘やかしているのは父と母だけではない。
なんだかんだと言っても家族も邸の人間も、そしてキラの信奉者達も、みんなが甘やかしているのだ。
レンは立ち上がると表に待機していた護衛役に指示を与え、父が休んでいる私室に向かう。
さて、どう報告しようかと考えながら。
─────数分後
護衛艦メタトロン内 リィの士官室
イヤな仕事ばかりを押しつけてくれると、悪態を付くのを必死に我慢してリィが兄の指示に従うべく行動を起こした。
艦長であるニコルに事の顛末を伝え、本国の護衛を一時離れる事情を、身につけたくないローブを身に纏い、本国で執務一切を取り仕切るセレスに断りを入れに出向いた。
その時、そのセレスが口元を隠しつつも「キラは相変わらずだ」とどこか楽しげに笑ったのは、この際だから割愛する。
メタトロンで空域を離れて、キラとサラを受け取るべく、戦艦アトラスに向けて出発したのは、姉が一方的に通信を切ってから1時間後。
戦艦アトラスには、コクーン本部より現状空域で留まるようにと命令が出されており、正確な場所を把握できていたので、6時間もすれば合流できるはずだった。
合流地点まで30分程となり、戦艦アトラスの信号が確認できるまで迫っていた。
こちらの信号を相手にも知らせ、コクーン共同軍とも緻密な連絡を取り合っていたまさにその時に、ロセスから緊急通信によってもたらされた事の次第に、リィは現実を呪いたくなった。
─────そしてまた、数時間後
戦艦アトラス内ブリッジ 艦長席
本当に信じられないことを現実と言うのか。
と、ナヴァールはこの言葉を何度も何度も呟いてみたが、誰も答えることはなく、ましてや、話しかけてくる人間など一人もいない。
数時間前、突如として現れた所属不明の戦闘機と、一戦を交えなんとか帰投したアスランとエドは、所属不明の戦闘機が国連の新型主力機である可能性と、国連が有している武力が自分たちの有する武力と機動力が桁違いであることを、ナヴァールに訴えた。
が、その時のナヴァールは、敵の最新鋭戦闘機の事より少女2人の身元の確認が優先事項だと思っていたのだ。
確かに見たこともない戦闘機を前にパニック状態になったが退けたのだから問題ない。
なにより彼を意固地にさせたのは、それを進言してきたのがマルスとエドだった事だ。
どんな正論でもマルスの口から出ると、何故かプライドを傷つけられた気がするのだ。
けれど、マルスは必死に食い下がり、本部への帰還を進言し続けた。
「早急に本国に帰還すべきだと思います。当艦の戦力では今度、襲撃を受けたら防ぎ切れません」
「少尉、先ほども切り抜けたではないか。それとも少尉は、今度襲撃を受けたら、この艦が撃沈でもするという確信でもあるのか」
その言葉を聞いたマルスは一瞬、腰の銃の引き金を引いて目の前の男を射殺してやろうかと考えた。
これ以上は何を言っても無駄だと判断し、ため息をつきつつ士官室を後にした。
それを聞いていた他の乗務員達も同情混じりの目でマルスを見る。
ナヴァールも本来はこれほど意固地な人間ではなかったのだが、人より数段プライドが高く、野心も人並み以上に持っていた彼を、マルスとエドという2名の士官候補生が刺激した。
そこで刺激をされてしまう人間なのだから自制心というものを持っていなかったようだが、彼にはもう一つ、並々ならない対抗心というものも備わっていた。
若くしてエリートとして配属され、部隊も任されているマルスとエドに対し、対抗心を燃やしてしまったナヴァールは、その対抗心も相まって二人の意見を素直に聞けない。
この時の彼の心境は、出し抜いてやろうと焦ったばかりに、という言葉が生きた見本のような行動を起こしたのだ。
キラとサラを執拗に尋問し、この時サラは、キラが目の前の男を撲殺せず我慢出来ていると、心の中で拍手を送っていたのだが、それに気を取られてポケットからハンディが落ちていたことに気が付かずにいた。
そのハンディを見つけたナヴァールは鬼の首を取ったように喜び、意気揚々と二人を簡易拘束室たる医務室から、捕虜を監禁する拘束室に身柄を移し、本国に犯罪者照会をかけ、本部からのお褒めの言葉を待っていたのだが、その矢先に、もたらされた報告に呆然とした。
艦長席にすわり何事もなく航行していることに気をよくし、マルスとエドの意見など「やっぱり取るに足らない戯言ではないか、所詮は親の七光り」と考えていた時、通信士が「本国からの緊急通信を傍受しました、読み上げます」と告げた。
───現在、アトラスが拘束している二名の少女は、宗教本国アンタレスに所属する
宗教市国ディナル公国の第三公女キャルローラ・シオン嬢と、
第四公女サラディーラ・カイト嬢である。
私邸より何者かによって誘拐され、
ディナル公国と月が密かに行方を追っていた者であり、
共同最高議会を通じて正式に捜索依頼のあった二名である。
コクーンにとっては大切な友好国の公女である──
通信士が全てを読み終わると同時に、その場にいた誰もがナヴァールに視線を投げ、ある者は事の重大性に震え、ある者は悲鳴をかみ殺し、ある者はその場に音もなく倒れ、そしてある者は静かにその場を後にした。




