華麗なる姉妹の逃避行10
──── 宗教市国、ディナル公、私邸内
白で構成された制服の上に、色目も鮮やかなブルーのローブを纏い、それを翻しながら一人の人間が廊下を足早に歩いていた。
ディナル公の長男であるレリファン・マール。
天使の双子が乗ったシャトルが、何者かに撃墜されたのだと、弟のリーナから連絡を受けたのは、かれこれ30分ほど前。
錯綜している情報に苛立ち、とにもかくにも正しい情報の確認と今後の対応のために、自宅である公邸に戻ってきたのだ。
その公邸で父カルロが私邸に居ると知らされた。
ディナル公国内には「ジャスティティア」と「フォスフォール」と名付けられた双子の大聖堂がある。
ジャスティティア大聖堂の横には、カーディナル家が家族で暮らす私邸、フォスフォール大聖堂の横には、カルロが執務を執り行うディナル公邸がある。
公邸から私邸へと移動し正面玄関を入ったところで、一連の経緯を知っている侍女が、顔面蒼白の面持ちでレリファンを待ちかまえ、第一声に「公主さまは、寝室でございます」と告げた。
(お気持ちは判りますが父上、こんな時に暢気に倒れている場合ですか…!)
レンは叫びたい悪態を、口元を引き締めることで回避すると、ローブの裾を翻して父親の寝室へと向かった。
話さなければならないことは山ほどあるのだ。
考えたくもないことではあるが、もし本当にキラとサラが死亡していたら、事はアンタレスを巻き込む事態に陥る。
このような立場にあると身内の心配事など、後回しにせざるを得ないのが実情だ。
妹たちを心配しているのは確かだが、宗教市国アンタレスのディナル公国の公主一族として、通常の一般人とは違うからには政治的にも今後の対策は必要となる。
倒れてベッドの中にいた父は、レンの顔を見ると、その疲労を一層深くし、さすがにこれを言ってやろうとか、これを言わなければと思っていた言葉がレンの中で封印されてしまった。
「大筋はリィから伺いました。リィが、いまシャトルが消息を絶った地点に向かっております。何故、そのシャトルにキラとサラが乗っているとデュオンに知られたのですか?」
父への挨拶も母への挨拶もそっちに追いやって、いきなり本題に入る。
時間は本当にない。
「私にもわからん。ただロセスの報告であるから間違いはない。情報筋を使って調べてはいるが……」
「あのサラが情報操作の段階でミスをするとは絶対に考えられません。二人が邸を出たことを知っているのは父上を含めればわずかで、行き先を知っていた者は殆どいません。だとすれば答えは簡単です」
息子の言わんとした事を父が手を挙げて制する。
「ロセスが秘密裏にコクーンに対し捜索の依頼を出している。消息を絶った空域は月の管制空域だ」
「今回の事を知っているのは、月側だけですか?」
「今はまだ…」
────再び、数時間後。
宗教本国アンタレス空域 護衛艦隊メタトロン内 司令室
それは確かに朗報ではあった。
だが、その朗報を知らされた父が心労のあまり再び倒れ、その父の代わりに月側やコクーン側と連絡を取り合っていたレンも、あまりの出来事に感動や、喜びとは違う意味で涙があふれ出てきた。
ふらふらになりながらも持ち得る精神力で情報収集に当たっていたリィも、朗報を聞いたときには、ため息をついたのだ。
「何だって、コクーンの戦闘艦に助けられ、あまつさえ犯罪者として照会されているんだよ、お前達は!」
とリーナが叫ぶのはもっともだ。
だが、キラとサラの名誉のために弁解をすれば、何も二人だけの責任ではないのだ。
このような事態に陥ったのはキラの即断・即決・即実行の特技が原因だが、犯罪的行為をしたつもりはない。
つもりがないだけだが。
確かに爆破してしまった民間船一隻、自分達を狙ってきたテロリスト(あくまでもキラ達から見れば)の死亡者、少なくとも10名に対して行った器物破損や殺人を除けば、であるが、これは不可抗力のなせる技でもあるのでこの際、キラとサラの記憶からは抹消されている
「自分が死にたくなければ、それなりの事を人間はするのよ」という言葉とともに。
さて、長男のレリファンが、父の寝室で事の顛末の確認と、今後の対策のために打ち合わせをしていた頃、棺桶艦アトラスの簡易監禁室と名を替えた医務室で、キラとサラは艦内に響き渡るエマージェンシーを聞いた。
即座にサラが棺桶艦のメインコンピューターに強引に接続を試み、1分もしないうちに潜り込むことに成功すると、キラにモニターを見るように差し出した。
「キラ、これって、僕たちが遭遇したのと同じ形だと思う?」
サラからハンディを受け取ったキラの目の色が濃くなる。
棺桶艦のメインと強引にリンクさせて(もちろんこの艦の人間にはばれないように)キラが素早く情報を確認する。
その手元の鮮やかなことと言ったら、サラですら舌を巻くほどだった。
しかも、ここが特に重要なのだが、とんでもなくキラがやる気に満ち、ある意味とてもキラキラとしているのだ。
その様子にあきれ果てたサラが
(やる気をだせばできるのに……そしたら、カレッジを追い出されることも無くて、今、こんな情況に陥ってないかも知れないのに)と、多少の嫌味を口の中で言っても無理のない。
言ったところでキラに口げんかで勝てるわけが無く、ましてや自分もその無謀とも言える家出に荷担したからには、説得力が無いことも十分に理解しているので、敢えて口の中で言ってみただけなのだ。
「でもキラ、さっき僕たちが狙われてから、ここまでってことは」
「約数時間だから、地球からって事はなさそうね」
「整備や補給を入れたとしても」
「場所は限定されるわ。ここからの距離で時間を考えたとしても、月の空域内よ」
キラの言葉にサラが静かに頷く。
「でも、それって……」
「国連軍は大手を振ってこの空域を渡ることは出来ないわ。もし不振艦がいれば、ロセスが黙っていない。だとしたら考えられることは一つよサラ」
キラの言わんとしていることを察してサラの表情が曇る。
自分たちの、特にこの手の事に精通しているサラの裏をかかれた事や、狙われた事を考え合わせれば導き出される答えは一つしかない。
キラとサラがその高いハッカー能力を駆使して、この艦の指示プログラムやらなんやらに、いともたやすく潜入して順調に情報を収集している頃、ブリッジでは見たこともない戦闘機の攻撃に大騒ぎになっていた。
それもその筈で、安全と言われているコクーンの空域内で襲われるなどとは、誰しも思っていなかったのだ。
戦時中なら、どこからでも狙われているというのが常に念頭に有るべきなのだが、コクーンは元々戦争というものに慣れている訳でもなく、ましてや歴然とした戦時中であるとも言えないのでどこかで油断していたという感もある。
だから突如の襲撃に棺桶内は大騒ぎになった。
それが自分達の知っている戦闘機とはあきらかに違う形式であることがより一層、騒ぎを拡大させたのだ。
こういう場合にこそ冷静沈着に物事を判断し、より的確な指示をもって艦を統制しなければならない艦長たるナヴァールに至っては、次から次へと報告されるオペレーターの声がまるで悪魔の呪文のようにしか聞こえないらしい。
そのような艦長の下で指示や命令を待っているオペレーター達は未知の敵機だけではない漠然とした恐怖との戦いにも突入した。
が、その時に、まさに神の言葉のように響き渡った。
「艦長、出撃許可をお願いします」という、救いの声が響いたのはブリッジがパニックに陥る寸前の出来事で、マルスの妙に落ち着き払った小憎らしい程の声は、瞬時にナヴァールの反感を買うことに成功し、彼を立ち直らせるに十分だった。
「出撃を許可する」
艦長席で先ほどまでの錯乱状態など微塵も感じさせず、ふんぞり返るナヴァールの一言に息を吹き返し(正しくはマルスの一言ではあるが)パニック状態はひとまずなりを潜めた。
管制指示に従いマルスとエドを筆頭に各小隊合わせて8機の戦闘機が、棺桶艦から飛び立つのを、キラとサラは医務室兼拘束室の窓から確認した。
「やっぱりこの艦、棺桶艦だわ。本気でデュオン相手に戦争をする気なの?」
「する気だろうけど、キラの言ったとおり、これじゃ一ヶ月でケリがついちゃいそうだよ」
「一ヶ月どころか、私ならこんな戦艦ごとき一時間もあれば撃沈出来そうだわ」
「一時間持てばまだいいほうじゃない? だって、あの艦長だよ?」
「最悪の事を考えて、逃げる方法を考えておかないとね。死んだら嫌でも棺桶に入れられるのに、死ぬ前から棺桶に入れられて、その中で死ぬなんて絶対にイヤ」
そんな失礼極まりない会話を可憐な少女達が交わしているなどとは、露ほども知らないマスルとエドは、未知との遭遇ではなく、未知の相手と対峙していたのだ。
こちらは本当に命の危機感を持って必死に戦っていたのだ。
有無を言わず戦場に飛び出し、とにかく自分たちの乗っている艦を守るために善戦するマルスとエドの苦労も努力も、その危機も知らず、キラとサラは暢気な会話を続けていたが、内容は暢気とは遙かに離れた次元で交わされていた。
小さな窓からマルス達の戦いを見ていたキラが珍しく、本当に珍しく感嘆の声を挙げると、滅多にないことに褒めたのだ、その戦い方を。
それも本当に心から感心するとばかりに。
そうなると、サラも気になりキラと一緒に小さな耐熱ガラスで出来た窓から、外を覗く。
「あの戦力の違いでよく戦えているわ」
「パイロットの腕、かな?」
「でしょうね。操縦技術も戦術センスもいいのかも知れないわね。戦えば戦うほどのびるタイプ?」
「それで空間認識感覚もあれば、因子だね」
「そうそういる者じゃないけれど、でも、例のアレに乗せたら面白い逸材かも知れないわ」
「キラが言うならそうかも知れない。後であの人たち、特にキラが褒めていたブルーの二機のデータもらっちゃおうか?」
サラの言葉に肯定の意味を含めてキラが微笑んだ。
外ではキラに褒められている事を知るはずもないマルス達が必死に戦っていた。




