華麗なる姫君の特殊なジジョウ2
──── キャルローラという火山が大噴火して数時間後。
サラの予想したとおりキラの部屋はとんでもないありさまで、どう表現すればいいのか困惑するほどの惨状だった。
ある程度、予想をつけていたサラですら「どれだけ暴れたら、こんな状態になるの?」と真剣に聞いてみたいくらいの有様だったのだ。
元の状態を思い出すことすら困難になったキラの部屋は、扉を開けるだけで、サラの部屋と行き来できるように隣に存在し、部屋の中身も全く同じモノで設えられている。
そもそも公邸の中にあるキラとサラの部屋は、父親の持つその特別な身分も鑑み、場合によっては姫とすら敬称される身分を十分に考慮して、優雅で格調高い調度品を惜しげもなく揃えている。
邸に仕える使用人が、その部屋を最大限に美しく見えるように、窓から差し込む柔らかな日差しと、白を基本とした部屋の雰囲気を考えながら日々、美しい生花を部屋のあちこちに飾りたてる芸術の域すら感じさせる程の部屋なのである。
長女と次女の二人が自分の役割を果たすため公邸を明けることが多いことから、使用人達はことさら双子姉妹の部屋を飾りたてることに時間を費やしていると言っても過言ではない。
その使用人達の努力をあざ笑うかのようなその惨状ときたら
……この惨劇の中では会話など出来るような雰囲気ではなく話し出したが最後、キラは今度は窓を割りかねない。
ただでさえ地雷原に触れるような、キラにとっては殺伐とした話なのだから、落ち着いて話したい。
と、サラの心の中にはたくさんの思いが浮かんだが、それを心の中にだけ留め、キラの手を引いて自分の部屋に招き入れた。
今頃は母と使用人が、必死にあの部屋を片づけているはずである。
一方、笑顔を貼り付けたサラに強引かつ優しく手を引かれてサラの部屋に連行されたキラは、不機嫌そうにソファに腰をかける。
テーブルにはサラが自ら用意した飲み物があり、進められるまま、キラはグラスに口をつけ一口飲み込んだ。
目の前のサラの柔らかく、それでいて威圧的な微笑みを前にすると、さすがのキラもいたたまれない気分に陥る。はちゃめちゃなキラの唯一の弱点はサラのこの笑顔なのだ。
そもそも、なんでこんな事になったのかは、あのくそ親父のせいなのだ。と、サラの笑顔の前に現実逃避と責任転換をキラは自分の心の中で言いつのった。
そうすると逆にあのやりとりを思い出し、落ち着いた気持ちがヤサグレてきて、危うく手にしていたグラスを、テーブルに叩きつける所だった。
(あの、くそオヤジ! 何を突然血迷ってんのよ! お見合いだの、婚約だのってアホじゃないの! さすがに穏和な私だって、キレます)
「キラが穏和なら、あの部屋の説明はつかないよ」
と、キラの思考を確実に読んだサラが可愛らしく首をかしげてつっこみを入れた。
その瞬間、逆にキラの思考が停止して、眉間に深い皺が寄る。
宗教本国アンタレスに属する宗教市国ディナル公国のカルロ・カーディナルフェル公には正婦人と4人の公女がいる。
第1公女の名前をレリファン・マールといい、当年で20歳。
彼女は現在、公国の南に位置するアトランティス海域の海上護衛官に乗り込んでいる。
ディナル公の跡取り娘ではあるが、ディナル公を継承できるのは男子のみであり、いずれは彼女がアンタレスより婿を迎え、カーディナルフェル一族を継承することになる。
本来、ディナル公を継ぐ男子は、継承するまでの間、公国の護衛官として勤務することが義務付けられており、レリファン嬢のその強い希望もあり現在は、女性でありながら護衛士官となっている。
第2公女の名前はフランシスカ・リーナといい、当年18歳。彼女はアンタレスの基礎スクールを卒業後、コクーンと地球の親善の目的のためコクーン共同連合の士官学校に入学し卒業。
本国アンタレスの護衛のため現在は、護衛艦メタトロンに乗艦している。
二人とも女性でありながら、ましてや公女でありながら士官となっているのは何故だと当時、話題となっていたのだが、地球がコクーンと一戦を交えるかも知れないと言う情勢や、国連とアンタレスの現在の状況等から、いつの間にかそれが当然の流れと受け入れられた。
二人の妹としてこの世に生を受けた双子姉妹が、予想を遙かに超えた美しさとカリスマ性を持っていた事も、上の二人の士官が意外と簡単に国民に認められた要因でもある。
第3公女と第4公女は双子で姉をキャルローラ・シオン。
妹をサラディーラ・カイト。
上の二人に比べれば、ほどよく自由に、ほどよく甘やかされた双子は、美しさにおいては上の二人をぬきんでている。
淡く青みがかった黒髪は最高級の錦糸。
キャルローラ嬢の瞳は類を見ないほどのヴァイオレット・サファイア。
その宝玉のような瞳から人々は「暁の明星」と称えている。
サラディーラ嬢の瞳もこれまた類を見ないほどのスター・サファイア。
姉の宝玉同様「蒼天の空」と称えられている。
造形の整いすぎた二人の姿はアンタレスに属する民達には誇らしく、他の国にはよい被写体で、年に数度行われる祭儀に姿を現すだけで大地が揺れるとまで言われている。
──── が、その実態はこれだ。
世の中には知らない方が幸せだという真実は確かに存在する。
多分、自分たちの姉の事もそのうちの一つ、そしてキラの本性についてもだ。
かくゆうサラにも当てはまるので、その総てを思うとサラは国民に謝罪する。
もちろん心の中で。
サラが心の中で国民に頭を下げていた頃、その責任の大部分を占めるキラは、最悪としか言えない一日を振り返った。
とかく、今日はキラ嬢にとっては最悪な一日だった。
朝から夢見の悪かったキラ嬢は、まず起き抜けにシーツに脚をとられて危うく転倒は免れたが、脚の小指をベッドの脚にぶつけた。
あの奴当たる場所のない痛みは、腹が立つことこの上ない。
気を取り直そうとテラスで朝食をとっていたのだが、そこで出されたコーヒーで舌をやけどをした。
あげく、その席でアンタレスのカレッジを追い出されたことを、母親にやんわりとたしなめられた。
元来、キラは人に頭が下げるのが嫌いな性分で、人に弱みを握られるのが何よりの屈辱だと感じている。
もちろん、自身が悪い場合は誤るだけの素直さはあり、分別は持っている。
こういう家に生まれついたからには、世の中すべてが自分の思い通りなる訳ではないことも人並みには理解してる。が、人間誰しも我慢の出来ない事は存在する。
この日のキラは母からのお説教で一度は忘れていたはずの怒りが再燃して押さえ込むのにひと努力した。
カレッジを確かに追い出されはしたが、決して自分のせいではないというのが、キラの言い分だった。
嫌いな科目は放置していたが最低限の提出期日は守っていたのだと。
「そもそも、一晩でできあがるようなものを、何が悲しくて何日も何日も、小分けにしてやらないといけないのか理解に苦しむ」と暴言まで飛び出した。
それに対してサラは「それが教育というものでしょ」とたしなめようとしたものの、逆に「どこかよ。結果良ければ総て良しでいいじゃない」と反論されて、さすがのサラも押し黙った。
結局、キラは教授と大喧嘩になり、その教授の痛い所をピンポイントでついてしまい退学を言い渡された。
そのときもキラは「戦いに置いては、いかにして相手の弱点をつくかかが、勝敗を左右するじゃない」と言い放ち(勿論、カレッジの授業は戦でも戦争でない)果ては「取引に置いては自分に有利に事を運ばなければ意味がないじゃない」と反省の欠片もなく口にした(当然ながら、カレッジの授業は取引ではない)。
アンタレスのカレッジを自主卒業(※キラの言い分)追い出されたと聞いた父親のディナル公は怒ればいいのか、嘆けばいいのか、しばらく呆然とした後、言葉無く項垂れるだけだった。
但し、間違いの無いように明記するとすれば、キラの成績は決して悪いわけではない。ただ、サラの言うようにキラの成績は性格が如実に表れている。
気性の激しさが成績に出て落差が激しい。
その激しさと言ったらある意味では天才的でもある。
その辺りは、幼い頃から、父や母に幾度となくたしなめられているが、性分など早々変わるモノではない。
手にしたグラスの液体を飲み干す頃には、再びやさぐれ始めていたキラだが、サラからもたらされた見合いについての新情報のおかげで気分は一瞬にして切り替わった。
「エースパイロット? 何を考えてるのよ、あの馬鹿オヤジ。娘を嫁に出した早々、若い未亡人にでもするつもり?」
キラが心底呆れたというニュアンスを含ませて、声を張り上げる。
「何で、そこで未亡人になることがが決定してるの、キラ?」
「エースパイロットなんて、聞こえはいいけど最前線の捨て駒と一緒じゃない。こんなご時世なのよ、死ぬ確率は一般人に比べれば遙かに高いでしょ」
確かに一理ある。
軍のエースパイロットという呼び名はエリートにだけ許された地位であるのが一致した認識だ。
新型機を与えられる可能性も高く、当然、各艦隊の花形でぽっと出たての人間が簡単になれるような地位でもない。
すぐに敵にやられてしまうようなら、エースにまではなれない。逆に言えば軍で出世を目指そうとか、のし上がろうとか、野心のある人間ならば絶対に就きたい地位なのだ。
総合的に考えれば、確かにキラの言葉は一理だが、これは言葉にしちゃいけないでしょ、とばかりにサラが窘める。が、相手はキラだ。
艶やかで瑞々しい口唇は見た目だけで、その口唇から繰り出される言葉は想像を絶するほどの毒だったりする。
「世のエースパイロットが聞いたら怒るよ、その台詞」
「でも、事実でしょう? エースパイロットで長生きした人なんてあんまりお目にかかったことはないわ。もっとも、私の人生なんてわずか一六年だから、なんとも言えないけど。それに、軍人の元に嫁に出すって事はそういう事も当然あり得る話なのよ。まあそれなら、それで遺族補償で悠々快適って生活もあるわね。気に入らなかったら、後から撃ちおとしてやるわ」
「それだけは絶対にやっちゃ駄目だよ、キラ……」
(やっぱり…)
予測の範囲内の答えにでサラがため息をつく。
別に予言者を気取っているわけではない。いや、キラの事だけを問うならばサラは十分に予言者に近い。
今まで一度たりとも予測をはずしたことがないのだから。
科学が進んだ今日でさえ時には見事に外れる天気予報。地球の自然は偉大なもので、進んだ科学を持ってしても、未だに予測の出来ないものが存在する。
メカニズムはわかっていても突然、鳴り響く雷のように。
その点、キラに対するサラの予測がはずれたことは一度としてない。
今回も気に入らなければ、相手を撃ち落とすことくらい、高笑いしながらやりそうだ。容易にその姿が想像できる。
別に相手の人が気の毒ということではなく、揉め事を起こしたくない関わらせたくない、というのがサラの切実なる心情だ。
キラの気が変わるとは思えない、というか絶対に変わらないとは思うが、なんとか思いとどまらせようと、説得を試みる。
「でも、相手の方は士官候補って言ってたからエースパイロットとは限らないよ? 僕に話せばそのままキラに流れることはお父様だって判っているから、本当の事を言ってないかもしれないしね」
「士官候補? 士官候補様がなんで最前線のパイロットやってるのよ。尚更、怪しいじゃない! これは絶対に何か裏がありそうね。あのくそオヤジ、お見合い当日まで相手の名前も所属も教えない気なのかしら? 調べてみたけど、警戒してるのか何にも掴めないし」
その言葉にサラの眉がわずかに上がる。
今何か信じられないことを聞いたとばかりに。
頭の中でキラの言葉を正しく認識した瞬間、考えるより先に言葉が出た。
「裏があって当然でしょう? キラのお見合いなんだよ。それにお見合い当日に、不測の事態が起きて来れなくなるような事でもなったら困るから、キラには絶対に教えないし、絶対にばれないようにしてるんじゃないの」
キラが探れないのだとしたら、今回ばかりは、父も並々ならぬ気合いを入れている。
その気合いにほんの少しだけ、感嘆したサラは口元に柔らかな笑みを浮かべた。
その表情でサラの考えがわかたキラが面白くなさそうに口をとがらせる。
キラの豊かな表情はサラから見ても可愛くて自然と笑みがこぼれた。
普通の人はキラとサラを見分けるにはその宝玉を見分けるようにしている。
それは当然の事といえる。
造作が似ていて髪の色も肌の色も、何もかもを分け合って生まれてきたから、当然似ている。
そんな中にあって唯一違うのが二人の瞳の色だった。
けれど、上の二人の姉も両親もキラとサラを見分けるのは、その表情だと言う。
キラの表情の豊かさはサラとは比べようもない。だから、同じ顔をしていてもサラから見れば、キラは眩しいと思うし可愛いと思う。
「どっちの味方なの、サラ」
「この件に関してはちょっとだけお父様の味方。僕は、相手の人がどんな人か判断してから、行動を起こしてもいいと思ってるから相手の人の味方でもあるよ。だからねキラ、のぞき見はお断り」
サラがこの件はお終い、とばかりに両手をあげる。
それを見たキラがふて腐れた顔をしたものの、本当にふて腐れた訳ではないことは、その瞳で一目瞭然だ。最初から断られることを予測していたのだろう。
サラがキラについての予測をはずしたことがないのだとするのなら、その逆もしかりなのだから。
「サラの裏切り者。まあ、いいわ。一人当てがあるから。この話はロセス経由だから、その辺りから探りを入れてみるわ」
「月のおじいさまの?」
「そう、あの祖父さんが関わってるからには、裏にとんでもないからくりがあるのは決定よね。ということで、私はいまから月に行ってくる。サラも一緒に行く?」
「勿論だよ! キラを一人にしたら、事が大きくなっちゃう」
(お父様、やっぱりお父様はツメが甘すぎます)
サラは満面の笑顔をキラに向けたまま、頭の中に父を思い浮かべ、その額を思い切り叩いた。
こうして麗しき姉妹の、どちらかといえばキラの大きなサクリャクが幕を開けた