華麗なる姉妹の逃避行6
────宗教本国アンタレス空域 護衛艦隊メタトロン内
「リーナ様、ディナル公より緊急入電です、至急司令室へ」
「すぐに行く。内容はわかるか?」
「それが……」
「いやいい、すぐに行く」
カルロに不機嫌に対応されたのか、半泣き状態の通信士相手ではこれ以上の事情はどうやら聞くことは出来ないと瞬時に判断すると、リィは制服のジャケットを羽織り自室を飛び出した。
リィが与えられている自室は通常の乗務員より広い。
護衛艦隊に乗務し勤務しているものの、本国に連なる者であり、ましてや市国の公女なのだから、それ相応の身分に従った部屋をと、半ば強引にこの部屋に押し込められた。
本人は自分の生まれや身分に拘りもなく、かさに着るタイプとはほど遠いから、与えられた部屋を見た瞬間に露骨にイヤな顔をしたくらいだ。
司令室に出向くと、正面のモニターに映し出されていたのは憔悴しきった父の顔で、これは何かキラに絡んだよからぬことだと直感が働き、ほんの一瞬だけ親不孝にも踵を返して、その場を立ち去ろうと考えた。
「父上、キラですか?」
先制して問いかけるとカルロが静かに頷く。
「やっぱり」とばかりにリィは苦笑いを浮かべると、思いつく限りのキラを思い出す。
天使の容姿に天使の声、宝石と称えられる瞳、神の祝福を受けた至宝と呼ばれる妹の、麗しい見目形とはかけ離れた、下手をすれば別次元に存在するであろう気性と性格そして逞しさ。
兄として妹の欠点すら愛している自分もすでにおかしいことをは理解しているが、あの妹に限ってはどうも甘くなりかちだ。
「で、父上、今度はどうしたのですか? そういえば聞きましたよ、エリダヌスでの件。本家の計画を最小限に抑えたのですからキラは相変わらず上手に火遊びをしますね」
いっそにこやかに告げてやった。
いつものカルロならばここで言葉を詰まらせ、恨みがましさと諦めの相反する二つの感情を込めた目で見返してため息をつくか、時によって逆上するのだが、今日ばかりは反応が違う。
「父上?」
リアクションの返ってこない沈黙に、リィが父親譲りの紅玉に少しばかりの問いかけを浮かべ、肩で無造作に切りそろえられた金色の髪を揺らす。
「キラとサラが民間機で月に向かった」
「護衛は?」
当然の問いに、カルロは死した魚のような目でジロリと睨みつける。
その様子にさすがのリィも後ずさる。
憔悴しきった表情の中、窪んだ瞳が異様に恐い。
溌剌として明るく物怖じしないリィも、後ろに控えている護衛係も押し黙る。
その次にカルロから告げられた言葉にリィは吃驚して思わず声を張り上げた。
「民間機で月に向かったんだ、あの二人は」
「民間機って! このご時世の、この時期に護衛も付けずに民間機に乗り込んで月に向かう姫がどこにいるんです? 父上!」
「キラとサラだ!」
心配と不安とがやり場のない完全なる怒りとなって変換されたであろうカルロの怒号が指令室内に降り注ぎ、その場に居合わせた通信士に至っては泣き出す始末だ。
怒号の大きさに、スピーカーはハウリングを起こし、キーンとした独特の音が狭い司令室に木霊する。
「人のことは言えませんが……父上、ここは護衛艦の中なんです、大声をださないでください」
片耳を押さえて進言する息子の声に我を取りもどしたカルロ公は肩を落とすと事情を説明したが、その説明を聞くうちに今度はリィが表情を失う。
自分の護衛であり副官である男から報告を受けた瞬間、さすがのリィも目眩を覚えたのだ。
「……父上、遅いみたいです、キラとサラの乗ったシャトルは月の軌道に入る前に何者かの襲撃を受けた模様です」
しばらくの沈黙の後、どさりという音と供にモニターから父の姿が消え、母の悲鳴が響き渡ると司令室で立っていたリィも椅子に腰掛けるのがやっとの状態だった。
***
宗教市国ディナル公国は、宗教本国アンタレスの出先機関であり、本国の警備も担っている。
ディナル公国を統べているのは、カーディナルフェル家といい、当主はカルロ・イシリス・カーディナルフェルで地球における統一機関たる国際連合本部の事務局長も兼任している。
そのディナル公国カルロには正婦人マリアリリーナとの間に四人の姉妹がいる。
四姉妹の長女(長男)はレリファン・マール、二四歳。
父親譲りの淡いセピアの髪とガーネットの瞳の持ち主で、肩よりすこし長めの髪を後ろでひとつにまとめ、制服を着て立つ姿は惚れ惚れするほどの凛々しさを持つ。
中性的な美しさから別の意味で人気が高い。
次女(次男)はフランシスカ・リーナであり二二歳。
母親譲りの金髪を肩で切りそろえ父親譲りのガーネットの瞳と屈託のない明るさ。
男性的な言動すらも高い人気を誇る。
三女と四女(三男)は双子。
上をキャルローラ・シオン、妹(弟)をサラディーラ・アオトといい、共に本年二〇歳。
二人の姉や両親とは似てもにつかないが、絶世の美女と謳われ、ディナルの白百合と称えられた人物から遺伝した美しい錦糸の髪を持ち、整った造作にこれまた整った肢体。
どれをとっても美という形容詞に所属するパーツ、神が造った傑作品との呼び声は高い。
神アンタレスの祝福を受けて生まれたと言われる双子の天使は絶大な人気を誇る。
このように、ディナル公国のカルロ公には、百花繚乱の娘が存在し、本国の元首でさえもその美しさを称えている四姉妹である。
四姉妹のうち、護衛の仕事についている上の二人に比べ、妹達は地球にあるディナルの公邸の奥深くでひっそりと静かに暮らすまさしく深窓のご令嬢だ。
姿を見せるのは市国や本国で行われる主要な式典や、親善を目的とした訪問などに制限され、滅多にその姿を見ることは叶わない。
だから人々は想像する。
今日も深窓の令嬢らしく、邸の奥深くの緑豊かな庭で、照りつける太陽の下、白いパラソルを広げて優雅な音楽を静かに流しつつ、微笑みながらアイスティーを口に含んでいる。
なんて想像どおりであるわけがなく。
そのキラとサラは、実はコクーン共同防衛組織軍所属の軍艦の、厳重に鍵をかけられた医務室にいたりするのだ。
しかも二人揃って。
「ねぇサラ、この戦艦って、もしかしなくてもだよね…」
小さな耐熱ガラスの向こうに広がる、宇宙の闇を見つめながらキラが呟くと、ベッドに腰掛けるサラが呆れ半分、諦め半分の表情でため息をつく。
「間違いなくキラの予想通りだと思うよ」
帰ってきた返事にキラが珍しくため息をつく。
何故、こんな場所に閉じこめられているのかと言えば、この数時間のうちに起きた出来事のなせる技で、思い出すだけでも、サラは疲れる。
キラはどうか判らないが、横顔に見る限り、疲労感はない。
地球で父親の命令に大爆発を起こし、噴火した活火山のように部屋で大暴れを演じたキラが、暴れると同時に考えていたのは、自分のお見合いをどう回避するかの手段たった。
このお見合い話が月にいる知人からもたらされたと知り得ると、月に向かうことに決めたのは大爆発からわずか十分程しか経過していなかった。
相変わらずの即断・即決・即実行を本当にやってのけるキラにサラがある意味では感心して、別の意味で呆れて、なす術なくため息をついたのは当然のことだ。
但し母親のお腹の中からずっと一緒にいれば耐性が付いてくるのは道理であり、全ての思考を切り替えてキラとサラが手に手を取って邸を抜け出したのは月に向かう宣言からわずか三〇分後。
邸を抜け出すことを得意としている(公女としてはあるまじき行為で、他人には絶対に知られてはいけないことであるが)キラにしてみれば、たいした時間など要することではない。
楚々としたワンピースを脱ぎ捨てて、美しく長いその足をブルーのパンツ包み、品格を損なわない程度にフリルのついた白いブラウスに着替えて、宇宙港から民間人として民間のシャトルに潜り込んだ(通常ではありえない手段を持ってして)。
大気圏を抜けたのは、大爆発から三時間後なのだから、その行動力には頭が下がるばかりだと、内心サラは呟いた。
この行動力と決断力と実行力があれば、ディナルの未来は明るいのにと、父が零したことがあったが、まんざら父の欲目ではなかったと、改めて実感した。
父のカルロ公がキラとサラの行方を必死になって探し、民間のシャトルに潜り込んだと報告を受けた時には、二人のシャトルははすでに大気圏を抜けて軌道修正を開始していた。
急いで宇宙にいるリィに連絡を取り、二人を保護するようにと話していた最中に知らされたのは、その民間機が所属不明の戦闘機に爆撃されたとの報告。
父はその場で昏倒し、母は悲鳴を上げ、姉もふらつく体を支えるのにやっとの状態であるのに、該当者たるキラとサラは、コクーンの軍艦の中に居る。
「よりにもよってコクーン側の戦艦に捕獲されるなんて」
「捕獲じゃなくて、救出されたの間違いでしょ、キラ」
間違いは訂正しなければとサラがキラの耳元で告げるが、キラは馬の耳に念仏とばかりに聞き流す。
何故、耳元で話ているかと言えば、まがりなにもキラとサラはディナル公国の公女であり、この場にいてはならない存在。
それに自分たちの身分を考えれば、キラのいうとろこの捕獲ではあんまりだ。
捕獲という単語は本来、動物に使うのであって、人に使うようなものではない。
但し、キラに限っては保護より捕獲の方が正しいかも知れないと、サラは心の片隅で思ったのも事実なのだが。
複雑なサラの心情を慮ってくれるようなキラではない。
ここで一つ確認すれば、キラはサラを大切にしている。
それはサラだって同じだ。が、がつくのは、キラは暴走すると脇目を絶対に確認してくれないから、こういう時に何を求めても無駄ということだ。
(キラ、わざと僕のため息を聞き流してるでしょ?)
「サラ捕獲だよ。この艦、何処に向かってると思う?」
(やっぱり聞き流してるでしょキラ?)
ほんの少しだけ不適切な言葉を発するのとは裏腹に、にっこりと首をかしげて問いかけるキラの自分とよく似た顔を見ているうちに、自分の心情なんてどうでもいいことのように思えてきた。
そんな自分の思考に悪態を付きつつ「月の中継基地じゃないの?」 なんて言葉を返してしまったのだから。
(やっぱりキラに甘いんだな、別な意味で)
今さら認識してもと、自分の中に聞こえてきた言葉を思いっきり封印した。
「コクーンに戻ってるこの艦。私は月に行きたかったのに」
自分の心情を封印すると同時に、何か聞き逃せない言葉を聞いたサラが表情を曇らせて、押し込められた医務室の机に置かれたパソコンに目をとめる。
そういえば、ここに閉じこめられて監視カメラがないことを確認した直後キラが何かしていたような気がする。
「キラ、どうしてこれの行き先がコクーンだってわかったの? 例のアレやったね」
出来る限りの怒っているという顔をしてみるが、案の定キラにはまったく通用しないようで、逆に茶目っ気七割、悪戯っ子三割を配分したような顔で切り替えされた。
「ちょっとね、調べたの」
「調べた、じゃなくて、覗き見の間違いでしょ」
「そういうサラだって。データのぞき見してたでしょ?」
「今後のためにね。きっとキラの役に立つと思うよ。立たない方が本当はいいんだろうけどね……そうも言ってられない情勢だし」
二人は互いの目を見合わせると、やっていることは同じだとばかりに微笑み合う。
またキラにごまかされてしまったとか、またキラに乗せられているとか、またキラにとたくさんの「また」がサラの中に渦巻いたが、今さら言ったところで何かが変わるわけではないので、この際、思考ごと切り捨てる。
この辺りはキラとサラは同じ思考をしているのだ。
そんな二人のモットーは「なんとかなるさ、ではなく、絶対になんとかしてやる」だ。
でも、忘れてはいけない。
キラの思考に煽られて、サラはすっかり忘れかけていたことを突然、思いだした。
何故、自分たちが今ここにいるのかを。では、そもそもの発端はなんであったのか?
それはもちろんキラの性格から派生した一連の流れだったがこの際、それは横に置いておく。
宇宙港でサラの特技とキラの行動力を駆使して、月行きの民間シャトルに乗り込み(しかも特別室に)無事に大気圏を抜け、月に向かって軌道修正を経て入り安定した航行をしていた二人のシャトルは。
それに最初気が付いたのはキラだったのか、サラだったのか。
「キラ」
「気が付いてる。さっきから後ろにいるね」
「このシャトル、誰か重要人物が乗っているのかな?」
自分たちも十分に重要人物であることはキレイさっぱり忘れて、サラが手元のハンディで乗客名簿を確認し軽くため息をつくと、そのハンディごとキラに手渡す。
「ごめんねキラ、今回は完全な僕の失態」
乗客名簿を確認したキラは次の瞬間、表情を引き締めると、サラの手を取って避難用ポットのある前方デッキに走り出す。
「ねぇキラ、このシャトルに僕達が乗ってることどこから漏れたの? と言うか、なんで僕達だけしか乗ってないの?」
「そんなことは、本家の人間に直接聞くしかないわ」
こんな時に頼りになるのは確実にキラだ。
父も、兄たちもそしてサラさえも認めるその類い希なる圧倒的なその行動力。
わずか一分前までサラの手を握って前方を走っていたキラは、サラが気が付いたときには避難ポットの付近にいた大の男二人を瞬時に跳び蹴りで床に叩きつけると、持っていた銃で(なんでそんなものを持っていたのか)ロックを強引かつ迅速に破壊すると、サラに乗り込むように促した。
特別室を出てからほんの五分ほどの、流れるような動作にサラは危うく感動するところだった。
デッキの異常を察知してその辺から沸いてきた(不適切ではあるが、沸いてきたとしか思えない人数だった)男達全員と格闘するのかと思い、さすがのキラもこの人数を相手にするのは絶対に無理だからと止めようとした矢先、キラは持っていたバックから小型の何かを取り出して、投げつけると同時にポットのドアを閉め切った。
これではポットは放出されることはないし、小さな檻の中に入ったと同じ事だと、サラが悲観したのもつかの間、キラが微笑みを浮かべた。
昔から、この笑顔が語る不穏な意味を正確に把握しているサラが言葉を紡ぐより早く、キラは手にしていたスイッチを押す。
何度も言うがそれはそれはとびっきりの笑顔で。見る者すべてを虜にしている天使のその笑顔で。
「何で、そんなものまで用意してるのキラ?」
声が震えているのは何も恐怖心からではない。
キラが手にした小型の爆弾が爆発して、シャトルの前方が吹っ飛んだせいでもない。
その爆発に驚いて後ろを付いてきていた所属不明の戦闘機がシャトルを撃ち落としたからでもない。
なんで泣きそかと言えば、キラがその小型の爆弾を何処で、どのようにして利用しようとしていたのかを考えると、サラは自分の暢気さに嫌気が差したからだ。
キラは多分、いや間違いなくお見合い相手を確認し、その相手にお怪我なり、脅しなりをしかけて、見合い自体を文字通り吹っ飛ばすつもりだったに違いないのだ。
(お父様の大馬鹿者! どうせならギリギリまで隠せばいいのに!)
サラの悪態は、キラの耳には届くことはなく、そして父もその報いを受けていることなんて知ることもなく、暴れたおかげでどことなく機嫌のいいキラと今にも泣きそうなサラの二人を乗せた非難ポットは救難信号を発しつつ付近を漂っていた。
シャトルを打ち落とした戦闘機がポットを捕獲することなく引き上げた様子から、二人の生け捕りが目的で、シャトル爆発と同時にその目的がなくなった。
ポットが撃ち落とされる心配はなくなり、シャトル撃墜で二人が無事に逃げ出したことを証言する人間もみんな宇宙のチリとなった現在は、心配事はこの避難ポットを発見して貰えるかどうかだ。
一難去ってまた一難と言うが、もう災難続きだ。
なのに全ての発端である当のキラは薄暗いポットの中で、暢気にも居眠りを始めたため、サラは言葉もなく涙を流すしか道は残されていない。
キラの所構わず爆発することを子供っぽいとか、所謂ヒステリーだとか言っていたが、その暴れるという行為に隠されたストレス発散の仕方を知り、このときばかりはサラも真剣に暴れようかと思った程だ。
「サラも寝ておいた方がいいよ」
キラが発した言葉を聞いたときは、その頬をつねってやろうと思ったが、次に繰り出された言葉に納得して結局、暴れることもキレる事も、キラの頬をつねることも、説教をかますことも全て封印して眠ることにした。
「寝ている方が空気の消費がすくないのよサラ」
かくして目が覚めたら薄暗いポットから白い部屋に軟禁されたのは、まだ続きが存在する。
キラに抱きついて促されるまま、サラがまぶたを閉じた途端、ポットが何かに繋がれた感覚に目を覚ました。
小さな窓から外をうかがえば、戦闘機らしき翼が見えたのだが、それが何処の所属かは解らなかった。
こちらから通信を開こうにも旧式のポットには通信機能は付いておらず、キラもサラも苦虫をつぶしたのは仕方がない。
「僕たち、どうなっちゃうの? キラ?」
「なるようになるわよ、サラ。大丈夫よ」
「キラ、その自信はどこから来るの?」
サラの泣き言にキラが優しく頬に口付けると、そっと耳元にささやく。
「安心してサラ、私が絶対に守ってあげる」
「答えになってないよ」とは言わずにサラはお返しにキラの頬にキスをした。
(主アンタレスよ、どうかキラをお守り下さい)




