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*華麗なる姉妹の特別なジジョウ*  作者: 六軒さくみ(咲海)


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華麗なる姉妹の逃避行5


──── 戦艦アトラス



 の専用休憩室は今や嵐が吹き荒れて脚を踏み入れたが最後、その嵐に巻き込まれて二度と出てくることができないと、嘘なのか実なのか誰も確かめようとしないまま時間の経過とともに噂は広まり続ける。

 本来、噂というシロモノは、尾びれ背びれが付くことが当然で、この噂も例外ではなくいつの間にか、立派な背びれやら尾びれがついてて確実に広まり続けた。

 そして噂の悪魔の巣窟ではなく、戦艦アトラスの休憩室に嵐を巻き起こしているのは、実はたった一人の少年だった。


 暴れているわけでもなく、物に八つ当たりをしているでもなく、叫んでいるとか、人に当たり散らすとか迷惑行為は一切していないのだから、嵐の原因と呼ばれるのは本人には甚だ不本意であるに違いない。

 だが、他の乗組員にしてみれば、体から発せられるそのどす黒いオーラは、人間特有の危機感がこの場所が危険で回避の必要を示唆しているのだ。

 そのオーラに飛び込まざるを得なかった勇敢な、どちらかといえば絡め取られた被害者のエドとゼムルーノ・クシルミナの二人は、不機嫌さMAX状態のマルスにつき合う羽目になり、どうしたものかとため息をつく。

 なだめる術はなく、かといってこの状況をなんとかしなければいずれ確実に被害は広まっていく。


「それにしても、お前のオヤジさんも随分と砕けた人だな」


 マルスがじろりと睨み付けると慌てて口をつぐみ、愛想笑いを浮かべる。

 横ではエドが「お前はアホか」と云わんばかりの冷たい視線を向けている。

 二人の人間から攻撃を受けてたルノは両手を上げて降参だとばかりに頭を下げ、口直しにコーヒーを口に含んだ。

 態度だけなら飄々としているルノだが、内心ではいつマルスの腰の銃が自分に向けられて、その銃口から鉛玉が発射されるかと、冷や冷やしていた。

 

 なんと言ってもマルスは射撃の成績も優秀だった。

 気が付いたときにはルノ自身の胸が血で染まり「なんじゃこりゃ」なんぞと叫ぶことになる事態だけは遠慮したい。

 ならば、軽口など言わなければいいのだが、ついつい余計な一言を口から出してしまうのはルノが自他供に認める悪癖だ。


 マルスとルノは同じクラスになったことがない。

 なにせマルスとエドは一握りの人間だけが許される士官候補生クラスに所属し、ましてやそのクラスでもトップを張っていた生徒で、一方のルノは通常の士官クラスだったのだ。

 だからといってルノが落ちこぼれというわけではない。


 第1コクーン所属アルフェラッツで生まれ、士官学校入学まではアルフェラッツにある有名校で学んでいた。

 士官学校の入学試験もそこそこの成績だったのだが、同じ期にマルスとエドという本人の意志とは全く関係なく目立つエリートや、地球のディナル公国の公姫が入学したりで、二〇名しか許されない特別士官クラスに漏れてしまったのだ。


 そこで腐るような人間ではないのがルノだった。

 なんと言っても、ルノの信条は「何事も最低限の努力で最高の結果を」なのだから、漏れたことを逆にラッキーと受け止めた。

 目立つ地位につくと、それなりの苦労が伴ってくるのは誰もが知る事だ。

 ほんの少し出世が遅れることと、自分の自由を天秤にかければ一目瞭然。


 士官候補と違い前線に立つことが多少多くなろうとも、自由を犠牲にするより格段にいい。

 が、予想に反してその士官候補のマルスとエドが前線に送られているのを見た時には驚いたものだ。

 それでもマルスやエドの苦労に比べれば、ルノは気楽な位置にいる。


 マルスやエドと、ルノが何故、一緒にいる機会が多いのとかいえば、ルノはエドの小さな頃から学友で学生寮時代にはエドの悪友だった。

 いろんな意味を含めた悪友で、親友であるエドとは違ってルノの女癖の悪さは有名で、その割には一度として女関係で揉め事を起こしたことがないのだから、ある意味では確かに有能だ。

 しかも二股、三股なんかは当たり前なのに、不思議と女性から恨みを買ったと聞いたことがない。


 女性に対しては潔癖で純情なエドや、父親の素行の全てを知り得ているが故に女性に対して無関心なマルスから見れば呆れるよりも眉を潜めたくなる。


 マルスがルノの事を綺麗な顔した悪魔の使いと称した事があるのだがあながち間違ってはいない。

 やたらと人前では猫を被るのが旨く、愛想もいい上に上官受けもすこぶる良好なのだ。

 一方、自分に対するマルスの言葉を聞いたルノはマルスのことを言葉を話すアンドロイドアイドルと称したことがある。


 それもあながち間違ってはいない。


 マルスは生真面目で、素直で、育ちも良く騙されやすい。

 あげくに眉目秀麗なのだ。

 派手に馬鹿をやることもないし、感情を爆発させることもない。

 女性の永遠の憧れたる白馬に乗った王子様を連想させるに十分な素材である。


 だからこそ今、ルノの目の前にいるマルスのその不機嫌に隠された殺気だったオーラに尻込みしそうになる。

 士官学校からかれこれ二年近くが経過して、初めてマルスのなにか一片を垣間見た気がする。


 戦場でも淡々としていて、取り乱すことなど皆無な男が、怒らせると実はこんなに危険人物となるなどと、誰が想像できたことか。

 自分が一言多すぎるのだという自省がない辺りは、ルノは十分マルスの親友なのだ。 

 とにもかくにも、マルスが父親から突然告げられた婚約はマルスの堪忍袋の緒を切るには十分なハサミであり、今こうして迷惑を被っていることだけは確かだ。


「それにしても叔父上は正気なのか? よくもデュオン家と婚姻を?」

「父上に聞いてくれ。俺だって未だに信じられないんだから。何を考えているかなんて謎だ」

「相手の女性はデュオン本家の人間なのか?」


 地雷に足を置かないように極力努力しながら、恐る恐るルノが問いかけると、マルスの動きがぴたりと止まった。

 体中から発散させられていた不機嫌なオーラもビタリと停止する。


「婚約を持ち出されてデュオンだと、その聞いた段階で、頭に血が………」

「聞いてないのか?」



 同じ言葉、同じタイミングでつっこみを入れたエドとルノにマルスはため息をもって肯定の返事をした。



 ─────  同時刻



「キラとサラはどこにいる?」


 自分の周りにいた護衛に下がっていいと合図を送ると、カルロは出迎えに出ていた侍女に、娘二人の居場所を聞いた。


「キャルローラ様とサラディーラ様は私邸のお庭です」とにこやかに告げられた。


 廊下に面した窓から外を見遣って、カルロは自然と笑みを零す。

 今日は天気もよく、この季節は最高の昼下がりだ。

 二人が白いパラソルの中で、優雅にお茶をという気分になるのも当然な陽気。

 コクーンの完全管理された天候が悪いとは言わないが、地球の織りなす自然には太刀打ちできない。

 降り注ぐ太陽のまぶしさも、躰を包む込む空気も微かにそよ吹く風も、その風に乗って運ばれてくる潮の香りも、どんなに科学が進んでも完璧に作り出すことはできないのだ。

 だからカルロはこの地球を愛しているし、娘達も地球を心から愛している。


 しばらく人払いを、と侍女に告げるとカルロは庭に出るためにベランダを開け放つ。

 そこでは暖かな日差しの中、パラソルの下、何事かを話ながら朗らかに笑う双子の娘キラとサラがいた。


 その様子はまさに天使が二人と形容して、なんら違和感も異論も唱えられることはない。


 美しい白い肌が一層眩しく輝きを放ち、風に微かに揺れる絹糸の髪は頭上に輪を浮かび上がらせ、耳に飛び込む声はまさに極上の囀り。

 しばらくその二人を見つめていた父のカルロは、意を決して歩き出した。


 父から天使と形容された双子は、こののち十分後の運命を知らず、そしてこの後に動き出す運命も知らず、キラに至っては父を最上級の笑顔で出迎えたのもつかの間で、



 突然、ピンポイントで発生した落雷は確実に、辺り一帯を震撼させた。



 感電者がいなかったのは不幸中の幸だったが、逆にこの被害者たる者が存在しないことが、より大きな被害に繋がることになるのだと誰しも思わずにいた。

 

 マルスが父から婚約を言い出され、自宅を飛び出していた頃、コクーンのエリダヌスに親善に出向いていた父の突然の帰宅にサラもキラも驚いていた。


「サラ様、キラ様、公主様がお二人にお話があるとおっしゃっています」


 年若いメイドのこの言葉にサラもキラも瞬きしつつ、首をかしげても致し方ないことで、だからといって逢わない理由もなく、話を聞きたくない事情もない。


「お父様がおよびなの?」

「公主さまがこちらに出向かれるそうです」


 庭に出向いてくるという言葉を聞いて、尚更サラとキラは首をかしげた。

 サラがその時なにかこう胸騒ぎとか、ただならぬものを背中に感じたのは、仕方のない事で、哀しいことに何か良からぬこと、特にキラに関係しては、サラには人智の及ばないものが備わっているので瞬間的に、キラを見た。

 この時点ではまだ、すこぶる麗しいとは言えないものの、ことさら機嫌が悪いと言うこともなく、キラという名の破壊的な落雷が落ちてくるなどとは思いもしなかったのだ。



────その落雷のせいでシャトルの中にいるわけなのだが。




「キラ、月のお爺様の所に行って、相手の人を聞き出したとして、どうする気なの?」

「相手を聞いてから判断するわ」


 民間シャトルの特別室に陣取ったキラは不機嫌など通り越し憤怒の様相で、キラの二面性を知っている者すら震え上がった。

 サラにも、こうまで憤怒にまみれたキラを落ち着かせる方法などあるはずもなく、かといって一人で行動などさせては、本当に相手の人を暗殺しに行きかねないと、一緒に付いてきたのだが。


「キラ、お見合いがそんなに気に入らないの?」

「いらない」


 ゆったりシートに腰を据えたキラが、サラの方を見ることもなく答える。


「いい人かも知れないじゃない」

「いい人でも、イヤなものはイヤ」


 とりつく島もないとか、にべもなくとか、そんな単語が頭の中を駆けめぐり、サラは軽くため息をついた。

 こうなるとサラにもお手上げで、逆にとばっちりに遭いたくないので、ここは静観を決め込むことにした。

 キラはブレーキのない車と一緒で感情が爆発してしまったら歯止めが効かなくなることは、二〇年ものあいだ片時も離れず一緒にいれば判ること。

 そのキラのハンドルを操作して雪山なり花畑なり、何の障害物のない場所に導くのがサラの役目なのだ。

 先ほどから黙り込んだキラに視線を転じれば、憤怒の表情はなりを潜めて、口に元に淡い笑みを浮かべている。

 絶対に良からぬことを考えているのは間違いがない。

 こんな表情のキラは要注意だ。


(お父様、やっぱりお父様は甘すぎます)


***


「キラ、少し父と話をしてくれないだろうか?」


 と穏やかにキラの部屋のドアを叩いてみた。 

 いかに今回のお見合いに自信があろうとも、当事者は自分ではなくキラだ。

 だからここは怒らせたままでは目覚めが悪い。

 本来ならばお見合い当日まで打ち明けることは控えていた相手を伝えようと思ったのだ。

 さすがにキラも自分の立場も情況も理解しているだろうから、話せばいつものように


「仕方ありませんわね、お父様。お父様のお顔を立ててさしあげますわ」 と言って、微笑んでくれるとカルロは思っていた。


 結婚をしろと強制するつもりなど微塵も思っていなし、ましてや嫁に出す気などないのだ。

 だが形だけでも婚約を取り付けなければならない事情がある。その事情をきちんと説明をしてキラに理解を求めよう。

 最初はカルロだってあんな形で話をするつもりなど、更々なかったのだから。

 まあ所謂、売り言葉に買い言葉ではないがこじれてしまったことは否めない。

 なのに何故、世の中というのは物事が悪い方へ進むときばかりこんなに加速するのか。



───  神、アンタレスよ、



 と始まる、ディナル公邸の、それも侍女や護衛など多数の人がいる前で宗教市国の公主自らが、悪態をついても、事情を知り得たる人間達は誰も責めることは出来なかった。



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