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*華麗なる姉妹の特別なジジョウ*  作者: 六軒さくみ(咲海)


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華麗なる姉妹の逃避行4


「あの……本当に何も見ていらっしゃらないのですか?」



 何度目かの同じ問いかけに何度目かの同じ答えが返ってくる。


 爆発事件から四時間が経過し、時刻は深夜を超えている。


 ホテル側が用意した最上階に位置する豪華な部屋に設えられた見事な調度品。

 その調度品の一つでもある柔らかなソファに優雅な態度で(という言葉以外に言葉がみつからないほどに)応答するディナル公を前に、マルスは心の中でため息を吐いた。

 

 どのような事態にも顔色を変えず、いつも微笑みをたたえて交渉事を進めていくネゴシエーターとの誉れ高いディナル公が相手では、若輩者のマルスやエドが太刀打ち出来るはずもない。


「上官が話された方がいいのでは?」とマルスは進言したのだが、何故なのかそのごもっともな進言は、国防総帥の「君たちの担当だ」という一言の前に却下されてしまった。


 立ちこめる煙の中で垣間見た少女をディナル公も間違いなく見ているとマルスは思っているのだが、質問に対してディナル公は「少女ですか? さあ、そのような方はお見かけしていませんが」と柔らかな口調にはっきりと否定を告げられてしまい、心の中で舌打ちをした。



 あの時、煙の立ちこめるあの場所で、走り去る一人の少女を見たのは間違いない。



 二年前、月の空港でやはり煙の向こうで聞いた声の持ち主であの少女だと確信したから、咄嗟に追いかけようとしたのに、そのマルスをディナル公が止めたのだ。

「お待ち下さい、私の護衛が一人爆発に巻き込まれて」と。


 そんなのは別の人間にと言い出すことも出来ず、目の前で人が血だらけで呻いている姿を見たら、人として見捨てるわけにはいかない。

 結果として救護の手配から、警備兵の増援依頼、パーティー会場への説明、参加者の避難など、一連の行程についてマルスとエドは携わらず得ない状態に陥っていた。

 

 上官や増援が到着し解放されると踏んでいたマルスとエドの期待は呆気なく打ち破られはしたが、自分たちの立場上、当然のことであると思い直し、一通りの事を済ませると、今度こそ帰宅出来ると思っていた。


 その矢先、無情にも国防総帥の一言でディナル公の部屋まで呼ばれ、あげくこの状態。


 パーティーで女性達のいとも優雅で上品な勝手に繰り広げられている争奪戦にくらべればましな状況ではあるが、ディナル公を前にすると、自分たちがまたひよっこだと言うことを思い知らされるから、どうにも居心地が悪い。


「もう一度お伺いますが、本当に何も?」

「お役に立てずに申し訳ありません」


 マルスもエドも心の中でため息をつく。

 締め切られたカーテンの隙間から、夜間警備の光が差し込み、辺りがまだ騒然としていることを嫌でも知らせている。

 有力者があつまるパーティーで宗教市国ディナル公国の公主であるカルロ公を狙ったテロだとすれば事は外交問題に発展しかねない。

 爆発騒ぎの後、直ぐにルイスも駆けつけ、鄭重な謝罪を申し入れ記者会見でこのテロに対する憤りと謝罪を伝えた。


 会見を受けたディナル公の「心が痛みます、怪我をなされた方の一刻も早い回復をお祈り致します」との声明が発表され、コクーンが不安視した外交に陰りは出ないことを伝えたものの、このご時世を考えれば、拭いきれる物ではなくプレスも浮き足立っている。


 四時間の間に起きた出来事や対応で疲労感すら漂わせていたマルスやエドとは対照的に、ディナル公は疲れも見せずに「どうぞ」と恐れ多くも自らカップについだ紅茶を振る舞う始末だ。


 大声では言えないがテロの後すぐに現場を事実上支配していたのはこのディナル公だった。

 エリートと呼ばれるマルスもエドも最初は浮き足立って何をし始めたらいいのか周りを見渡したとき、マルスに的確な指示を示してくれたのは何を隠そう、彼らの目の前で微笑みを絶やさないディナル公。 


 自分たちの不手際、不甲斐なさ、未熟さを認識するには十分すぎた。


 威厳があり手強い交渉人でありながら、朗らかで優雅な物腰を持つディナル公を前に、マルスやエドなど赤子同然。

 けれど、この尊敬に値すべきディナル公が娘との口げんかに一度も勝てない事実はこの時まだ知らないのだ。


「ディナル公、出航の準備が整ったそうです。ご移動をお願います」

 


 ドアから入ってきた外交官の一人が恭しく伝えると、それを合図にディナル公がマルスとエドの前に立つ。

 そして、今までの事などなかったかのように微笑むと別れの挨拶を告げた。


「ご迷惑をお掛け致しました。機会がございましたら是非、下の娘のキャルローラとサラディーラをずれご紹介させて頂きたいと思います」

 

 これが所謂マルスやエドが言うところの、上昇志向の強い権力者や、いろんなモノに目がくらんだ野心家の言葉であるのならば、その裏に潜む「娘を紹介しあわよくば」と考えているのではないかと、不埒な憶測をしたのだろうが、ディナル公の言葉にはそれを感じることは出来なかった。

 そもそも、マルスやエドの親とは比べものにならないほどの、権力者であり、娘達は二人と比べれば途方もなく地位がある。

 だからマルスはディナル公の言葉に「そのような機会がございましたら」と返し「地球までお気を付けて、ディナル公」そう告げて優雅に一礼をした。


 その一礼を最後に肩の荷が下りた、と思ったのはマルスが甘いのか、それとも現実が厳しいのか。


 人間が甘いと言われるのは仕方ない。

 まだ、人生発展途上の少年の域を出たばかりの成年の手前に位置していて、現実の厳しさなんてほんの一部しか知らないのだから当然といえば当然だ。

 当然なのだが、疲れたなんぞというだけの理由ですべてを片づけるには片づけられない、聞き逃せない事を聞いた気がする。



 マルスは正しく働こうとしない頭を強引に必死に賢明に働かせてみる。


 ディナル公の出発で肩の荷が下りたとはかりに疲労困憊の躰で帰宅したマルスを待っていたのは、自分よりも早く帰宅していた父親からの呼び出しだった。

 普通は下っ端の人間よりも、上の人間が処理に追われるものなんじゃないのかというマルスの不満と疑問は、経験上問いかけても無駄なことだと理解しているから、ため息をつくことでやり過ごした。


 体力がすでに尽き果てる寸前であったので、ルイスの呼びつけに「明日にして下さい」と告げたのに、はなからマルスの言い分など聞く耳を持っていないルイスは「着替えたら書斎へ来い」と言い放ち歩き出して行ってしまった。


 何度も言うが、本当に疲労困憊で立っているのだってやっとで、意識が保たれているのかすらあやしい状態で、歩くことすらも億劫なほどだった。

 どんなに若くても、どんなに体力があっても限界とか限度というものは確実に存在するのだから、仕方のないことなのに。

 それでもそこで「ふざけるな、馬鹿オヤジ」と叫んで無視を決め込み寝てしまう等の芸当が出来ないのがマルスで、心の中では罵詈雑言を吐きながらも、素直なおぼっちゃまらしく、父の書斎に出向いた。


「婚約が決まった」

「父上のですか?」


 いつものマルスの頭脳ならばこんなアホな事は口に出さない。

 父はまだ月で眠る母と正式に離婚はしておらず、コクーンは重婚を認めていないから、結婚出来るわけはない。

 何度も繰り返すが、この時のマルスは本当に疲労困憊だった。


「何を寝ぼけた事を言ってるのだ、この馬鹿息子が。お前の婚約に決まっている」

(人を馬鹿息子、馬鹿息子って言うなよ。馬鹿オヤジ)


 実はマルスも父親を馬鹿オヤジと連呼しているから似たもの同士であるのだが、この時はとにかく(以下略)


(今、俺の婚約って言ったか?)

「父上、婚約とは俺のですか?」

「他に誰がいる馬鹿息子。お前の婚約に決まっている」


 父親の言った言葉をため息をつきつつ反芻する。

 とてつもなく重大なことを告げられているのは間違いがない。

 ないのだが、頭が疲れの余り本来の能力である思考を放棄してしまっている。

 だから本当に有り得ない一言が飛び出した。


「それもいいかもしれません。そうすればパーティーで疲れるようなこともなく」


 半分夢うつつだ。

 朦朧とした意識を必死に立て直そうと試みるが、ほんの刹那の後にソファの座ったまま眠りかけていた。

 その眠りを断ち切ったのは、正しくは飛び起きるほどの衝撃を告げられたのは次の瞬間だ。


「お前の意思は通用しない。断れない縁談だ。お見合いではなく正式な婚約だ」

「………相手の方は?」

「地球のデュオン家の人間だ。正式にはデュオンではないが」



 今、聞き逃せない事を聞いた。



「ふざけないで下さい、父上! 母上の事件に関与しているかもしれないディオン家の娘とお見合いしろだなどと」

「誰が見合いだと言った。正式な婚約だと言った」



(───尚更、わるいわ!!)



 停止していた脳が、自分でも信じられない速さで一挙に沸騰して活性化する。

 身体を支配していた疲労感も、朦朧としていた意識も全てが一瞬にして吹き飛んで、マルスはソファから跳び上がると、父親の机をバシと両手で叩いた。


「俺は聞いてません!」

「だから今、言った。馬鹿息子。話は終わりだ」

「ふざけるな! 馬鹿オヤジ、断って下さい!」

「断れない縁談だと言った」



 激しい遣り取りの後、マルスは「話になりません」と捨て台詞を残すと、ドアの前で心配そうに見つめていたトリアスに「荷物は宿舎に届けてくれ」と告げ、着の身着のまま家を出て行ってしまった。




 宿舎に戻ってきたマルスから一連の話しを聞かされたエドは、暫くは言葉を失ったまま、呆然とマルスを見つめていた。



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