華麗なる姉妹の逃避行3
─────だ、か、ら、イヤなんだ
の後に続いた暴言の数々をマルスは必死に飲み込んだ。
そりゃもう必死に。
どれくらい必死かといえば、嫌いな食べ物を出されてそれでも食べなければ自宅に帰れないと宣言された幼稚園児のようにそりゃもう必死に。
最初はスマートに優雅に演技をしていた。
顔にはスマイルを貼り付けて。
それが段々と苦痛になり、引きつってきた頃には我慢の限界点がマルス自身にもはっきりと見えてきた。
今まで点滅していた赤いシグナルは、すでに常時点灯状態で、いつ叫びだしてもおかしくない状態だが、それを必死に理性と根性と努力で押しとどめている。
隣に立っているエドは、先ほどから感じられるマルスの信号を正しく認知しているのに、どうして目の前にいる着飾った女性たちには通じないのだろうか。
その図太さと鈍さには感心すると同時に呆れるばかりだ。
そして先ほどから同じ言葉を繰り返す。
(いい加減にしてくれ)
戦艦アトラスが補給のため、コクーンの軍事港に寄港することになり、約一ヶ月振りの暇をマルス達は与えられた。
今までならば宿舎なりホテルを利用していたマルスも、ルイスの恋人がいないとなれば、避ける必要もないことから、足取りも軽く自宅に帰省した。
その夜帰宅した父から、翌日の夜に評議会大総統の主催で行われる晩餐会に、ルイスの代理として参加するように命令をされた。
華やかな場所が好きなルイスと違い、マルスは大嫌いなので、「三日間しかない休みをもっと有意義に使いたい」とやんわりと反抗したのだが、親善目的としてコクーンを訪れているディナル公が、マルスとエドに逢いたいと言っていると聞かされては出席するしかない。
事は外交問題を含み、ルイスの立場を考えれば、無碍に断れる相手でもない。
ましてやコクーンはこれからそのディナルの技術協力を仰ぐのだ。
けれど、それを差し引いてもやはり参加したくはない、というのがマルスの本心だったが、根っから真面目者のマルスは仮病を使うとか、何か別の出来事をでっち上げるなどという器用な芸当が出来るはずもなかった。
儀式などの時だけ着用する典礼用の制服を身につけて、ルイスの秘書官の運転する車で会場であるホテルに向かうと、ホテルのエントランスで、マルスと同じように不機嫌顔をしたエドと遭遇した。
三日間を母や妹と過ごせると思っていたエドは、わずか二四時間でエリダヌスに呼び戻され予定していた妹との外出をキャンセルしたのだと、愚痴をこぼし、マルスも「俺は気が進まないんだ、本当に」と、こちらも愚痴をこぼした。
会場に入るための扉の前で、本当に回れ右をして帰ろうかとマルスは真剣に考えたのだが、後ろから現れたエドの父親に、強引にエスコートをされ会場に足を踏み入れてしまった。
最初は厳かに始まったパーティーはそのうち、がやがやとにぎやかになり始めた。
「マルス、相変わらず、こういう席は嫌いか?」
「ああ。エドは?」
「そんなこと言わずもがなだな。お前と一緒だ」
若い士官候補が揃ってため息をつく。
ため息の原因たる人間達は二人を遠回しに見ては値踏みしている。
その視線の鋭いことといったら優雅であること、上品であることを前提に身につけたドレスが体からずり落ちそうだ。
マルスもエドも自分の立場は良く理解している。
父親はコクーンの権力者であり、自身も軍内では昇進が約束された士官候補で特別な制服を身につける立場にいる。
ある程度のパーティーへの出席は、任務であり義務だと理解し、横のつながりの重要性も十分すぎるほど理解してもいる。
これから軍内部で生きていこうとするのであれば、必然的に必要なことでもある。
けれど、そういう事情を差し引いたとしても、マルスもエドもこの雰囲気が苦手だった。
パーティーには何故か若い女性が多い。
年頃の娘を持つ野心的な権力者や、打算上手な地位のある者達が、将来有望な有力者の子息を見つけ出そうとしているからだ。
当然、娘達もその意味を存分にわかっているから、これ以上ないほどに着飾り、これ以上ないほどに気合いが入る。
そしてこれ以上ないほどに演技をするのだ。
いかにして権力者の子息の目にとまり、いかにして自分を売り込むか。
それはもう──── 肉食動物の補食と同じだ。
値踏みする女性達にすれば、輝かしい将来を約束され家柄も申し分のない相手に不満はない。
先の見えない人間を捕まえるよりは断然将来が明るい人間の方がいい。
世の中には、有り余るお金が嫌いだという女性はほぼいない。
愛だの恋だのとうつつを抜かすのは、今でなくともいい。
地位と名誉と権力と三種の神器を持っている人間が目の前をうろうろしているのだから、久しぶりの食事にありつける肉食動物にだってなる。
ましてやマルスやエドは三種の神器の他に容姿端麗という特別に美味しいデザートまでついているのだ。
婚約までこぎ着けなくても知り合いであるとか、お近づきになれるだけでも自分の価値は十分にあがる。
本人達と恋人になれなくても、その友人でもいい。
数多の女性と浮き名を流したルイスのおかげで、マルスの女性を見る目は厳しく冷たい。
女性に興味がないわけではないが、とかくあのような父を持ったがための苦労は、すでに何度も味わってきた過去もあるし、マルスにも理想はある。
一方のエドも、あれほどの美少女を身内にもてば女性に対する目が厳しくなるのは当然で、母親は良妻賢母の鏡とまで言われている人物であるから、理想が高くなりがちだ。
だから二人は良家の子息スマイルを浮かべながら、ダンスに誘われるたびに断り続けているのだが、敵もなかなかにしたたかで手を変え品を変えては次から次へとやってくる。
ワインをこぼすという初歩的な手段から、めまいを起こしたといって倒れ込むなど、バリエーション豊かに。
その状態が二時間も続けば、危険信号が点滅し我慢の限界だって見え始めて当然だ。
決して気の短い方ではないマルスがこの状態なのだから、エドはとうに一度爆発をしている。
このままでは自分も同じ道をたどりそうだと、もう臨界点だと、危うく怒鳴りかけた、まさに口を開けて息を吸い込み腹から声を出そうとしたその瞬間。
大きな爆発音が響き渡りマルスの爆発を防いだ。
二人はそれが緊急事態だと咄嗟に判断すると、周りに群がった肉食動物のような女性達を無理矢理押しのけ、ドアから走り出していった。
玄関の前は爆発の余韻でまだ辺りが白いもやに包まれていた。
爆発の衝撃で吹き飛んだガラスや標識などは原型を留めていない。
不幸中の幸いなのは、爆発が起きたこの場所が大通りより外に面しており、車寄せの前に大きな庭園があることで二次的被害は免れたようだった。
爆発を聞きつけてすでに警護兵や警備兵などが集まり始め、一部の警備兵が野次馬の整理を始めている。
その煙の向こうに見た気がした。
走り去る一人の少女の後ろ姿。
二年前に月で見かけた青みがかった黒髪。
その後ろ姿を見た瞬間、マルスの足は自然と駆け出していた。




