麗しきカーディナルフェルの家の事情2
─── 恐いものは何かと
聞かれたら、私は間違いなく『この世と自分』と答える──と、キラは常日頃から公言している
その理由は簡単で、人の心なんてどう変化するか誰にも計れず、その心の闇が引き起こすものは、大概、恐怖の対象だからだ。
もちろんそれらは「戦争」や「人殺し」も含まれている。
それとキラは自分が恐いと思っている。
キラはキラなりに自分を理解し分析している。一度、切れると前後の見境がなくなることがあるから、それは恐いとキラ自身は考えている。
人間はいつ何時「心の闇」に負けてしまうことがある。
で、総合的に考えると、キラにとって恐いものは、この世と自分となる。だから、一般大衆が言うところの、死んだ人が生き返ったとか、死んだ人の魂を見たとか、その手の話を聞いてもキラは恐いと思った事は一度もない。
この世の中は生きてる人間の方が断然、恐いと断言していたキラでさえ一瞬、本当に一瞬だけ驚きを覚えた。
いろんな意味の恐怖だった。
いつものように、公私の「公」を演じた後でキラは、全てから解放されたくて水に浸かりたくなる。
幸いなことに、ディナル公邸には専用の入り江と浜辺がある。
防犯・防衛用に設けられているもので、公邸が何者かに攻撃された際に、この浜辺から逃亡出来るようになっている。
もっとも浜辺を押さえられたら逃げ道は他になくなるが、そもそも、切り立った崖の下に専用の脱出口があるなど誰も思わないだろう。
ばれていたら抜け道とか秘密って意味はなくなる。
この逃げ道を利用するためディナル公国の公家の人間は幼い頃から水泳を仕込まれる。
多分に漏れず、キラとサラもそれに該当している。
キラはそのおかげで、プライベートビーチを手に入れて、天然の飛び込み台まで用意されているから、ちょっと変わった家系であることを大歓迎している。
キラは父カルロから万が一の時を教えられ、この場を訪れてから一目で気に入った。
サラが危ないからとキラに泣き付いても譲れなかった。
ごめんねサラ。これだけは譲れない。この自由になれる瞬間だけはどうしても譲れない。
ドレスを着て着飾るのはキライじゃない。女の子なんだし当然の心理。
ヒールを履いて歩くのも苦にはならない。姿勢がよくなるからね。化粧もキライじゃない。
女の子は誰だって綺麗になりたい。
微笑むのも、演技するのも苦にはならない。でも素の自分が大好きだから、解放されたい、自由になりたい。
この場から海に飛び込むこの瞬間が、たまらなく好き。
水は人間の体を構成する重要なもの。そして生命誕生を促したすべての元。
子供は原始の記憶と同じように、母親の羊水から生まれてくる。
この地球に生命が誕生した奇跡を生み出したのはこの水であり、育てる母なる大地と対をなす、この母なる海。
海に向かうこの瞬間、
海に受け入れられるこの瞬間、
海に包まれて浮かぶこの瞬間、
すべてが好き
この日もいつものようにバルコニーから素足で外に出て、海に受け入れられて、泳ぎを堪能した後、キラは浜辺に上がった。
そして、そこに人がいた。
キラはてっきり父カルロが「危ないから早くあがりなさい」とか乳母が「お嬢様そんなあられもない格好で」と言いに来ているのかと思っていたのだが、目の前にいたのは、キラと歳の違わない二人の少年だった。
危うく「 」と呼びそうになったキラを現実に返したのは、とんちんかんな言葉だった。
おかげで、邸に帰る道すがら、キラは沸々とわき上がる怒りに、叫び出す寸前だった。
(「お怪我はありませんか」って、アホじゃないの?
人を自殺と勘違いしてるんじゃないの?
怪我がないから歩いてるんじゃない、見ればわかるでしょう。このデコっぱち)




