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華麗なる姫君の特殊なジジョウ

暖かな日差しは当然で。

 温暖な地方である上に空の機嫌もすこぶる良く、見上げる青空には薄雲の欠片も見あたらない。

 まさに抜けるような青空が視界一杯に広がっている。

 かなり膨大な、ともすればどこかの草原ではないかと首をかしげたくなるほど広がるのは一面の緑。

 勿論ここは草原などではなく、とある地方の、とある都市に位置する、とある公邸内の、とある中庭である。

 太陽の光を存分に浴びて艶やかに色づいた緑一面の向こう側には、空に負けないほどに青い海が広がり、海面はキラキラと太陽の光を反射させている。

 その景観たるや絶景というに相応しく、誰もがその美しさに圧倒されること間違いがない。

 蒼い空と青い海を従えて豪華荘厳な佇まいを見せているのは、緑によく映える白い大きな宮殿。

 開け放たれた大きなベランダの外に、壁と同じ配色のパラソルと大きなテーブルとデザインの施されたガーデンチェア。

 テーブルには外気を受けて水滴を散らすガラスのグラス。


「お父様、今、なんとおっしゃいましたの? お見合い、婚約と聞こえたのですが……わたくしの聞き間違いでございましょうか?」


 たおやかに微笑んで首をかしげる様は、まさに天使という形容詞を使うに十分な容姿をした少女。

 淡く青みかがった長い髪は、癖などない最高級の絹糸で出来ているようで、ダメージがないことを示す天使の輪が輝いている。

 見るからに手触りがよさそうなその絹髪は、そよ風に吹かれれば風に誘われるようにたなびく。

 それもサラサラという効果音すら聞こえてきそうだ。


 古来より美しい肌の事を陶磁のようなと形容するが、それも当然当てはまる。

 太陽を浴びてより一層、白くすべすべと光すら放ちそうな肌は見た目に違わずと、触れた者ならは誰もが口を揃えて言うだろう。

 それが決して不健康的な白さではないのだから、美白を手に入れるため日夜日々、努力を続ける女性達の羨望を集めるに違いない。

 化粧で小細工する事など必要としない造作の整った顔にはシミ一つ見あたらず、頬にはうっすらと赤みが差している。


 備え付けられた大きめの瞳はとびっきりの宝玉で、それも滅多にお目にかかれない程の輝きに満ちた。 である。

 ただしのその輝きは美しさだけを物語っているわけではないが……。


 目の前にしっとりと鎮座する少女が自分の娘であると、親ならば誰もが大声で自慢したくなるほどの美しさ。

 それほどに目の前にいる少女は美しい。

 美しい等という形容詞にすら当てはまらない。

 化け物じみたとつけても過言ではない。

 褒めているのか、貶しているのか、判断つきかねるが今はそんなことを悠長に考えている場合でも、自分の娘の美しさを論じている場合ではない。ましてや悦にいる場面でもない。


「いいや、お前の聞き間違いではない。お見合いの後に、婚約しろと、確かに言った」


 父が心の中で褒めて貶した天使が再び首をかしげる。

 本当に些細な仕草でも、絵になる可憐な天使は数度瞬きをすると、あでやかに笑った。


「ご冗談が過ぎますわお父様。わたくしはまだ、16歳になったばかりですもの。順番から申し上げましたら、お姉様達の方が先ですわ」


 姉という言葉に妙な力を込める。が、咄嗟に父が反論をする。

 その早さと言ったら瞬きするよりも早い。


「冗談はお前だ、キラ」

「お父様、ここはお庭でしてよ?」


 玲瓏たる響きをの中に警告めいた音を含ませて、天使が告げる。

 父を見る宝玉には今まで隠されていた光が宿り始めている。


(ああ、ここが庭などでなければ!)

「こんなことはわかっている! だが、上のあの二人が嫁に行けると思うか」

「無理です、絶対に!」

「サラ!」


 今まで傍観していたもう一人の少女が突然、間に割って入った。

 こちらも美しい少女で、見目形は隣にいる天使と、顔立から造作にいたるまで良く似ている。

 まるで合わせ鏡のように。

 大きく違うのは、肩の下あたりで切り揃えられた髪とその宝玉の色だった。

 キラと呼ばれた少女の瞳の色はヴァイオレット・サファイア。

 サラと呼ばれた少女の瞳はコーンフラワー・ブルー。

 父は天使二人を見比べると、ため息をついた。


「私の4人の子供のうち、嫁に行けるのは間違いなく一人しかおらん。だったら自ずと答えは決まっている」

「何を言ってやがりますの、お父様」

「これは決定事項だ!」

「怒鳴らなくても聞こえてますわ。こんなに近いんですから。それよりも、お見合って何の事! 婚約ってどういう事! 私をどこの誰に人身御供として差し出す気ですか!」


 娘の突然の変貌に驚いた様子はない。

 娘の言葉にかっとして思わず椅子から立ち上がると、父と目線をあわせようと少女もイスの上に立ち上がった。

 素早い身のこなしに一瞬、感動すら覚えたが、危険な事に二人ともすでに臨戦態勢だ。


「二人とも落ち着いて、父上も……キラも!」


 サラの言葉など聞いていない父と娘のテーブル越しの睨み合いは続く。

 ほんの数分前までは、可憐な天使だった少女はすでにそこには居ない。

 いるのは臨戦態勢に入った戦女神だ。


「キラ……人身御供などと嫌な言い方をするものではない。これは和平だ! 父親の命令だ! お前の幸せのためだ!」

「そんなの横暴の何ものでもありません! このくそオヤジ!私の嫁入がなんで和平なのよ! 私の幸せのためだなんてなんて詭弁でしょ! どこかに頭でもぶつけてオカシクなってるんじゃないの? 今すぐ、病院に行ってください!」

「父親に向かって何を言う!」


 耳をふさぎたくなるほどの大声を張り上げた二人の低レベルな言い合いは続く。

 見るからに可憐で愛らしく、たおやかで美しい天使は、天使という着ぐるみを付けた、雄々しく勇ましく猛々しい戦女神だ。

 その戦女神が臨戦態勢に入ったからには、ここに死体の山が出来ることは間違いない。

 この場に群衆も兵隊もいないのは幸いだが、これほどの大きな声で激論を繰り出していれば、周りに聞こえないとも限らない。

 この広大な公邸の声がよもや風に乗ってまる聞こえなどとということは、ありえないだろうが、いや確実に無い。

 もし、聞こえていたならば、この天使の生態なんてとっくに国中に知れ渡っているはずだ。

 美しく聡明で思慮深く、邸の奥でしとやかに、慎ましく暮らしている深窓の姫君。というのが、国中のいや世界中の一致した認識なのだから。

 だが、あまりにも長く放置しておくと、被害が自分に及ぶことは間違いないので、サラはとりあえず無駄だとは解っていも努力だけは一応してみる。


「どうか落ち着いてください、お父様も、キラも」


 案の定、無駄な努力に対して帰ってきた言葉は見事なハーモニーを奏でた一言だった。


「うるさい!」

「こんな時にだけ、そっくりな親子なんだから…」


 聞こえないとわかっていても、嫌みのひとつ愚痴のひとつも言いたくなるのが人間というものだ。

 当然、二人の耳に聞こえるはずもない。


「これは決定だ。カーディナルフェル家としての決定事項で、ディナル公国としての命令だ」

「……! 私のお見合いの相手ってもしかして例のリストの誰かとか言わないでしょうね、お父様」

「あたらずも遠からずだ」


 恵まれた高い身長を生かし娘を見下ろして言い放つ。

 哀しいと思えばいいのか、それとも虚しいと思えばいいのか、一度として娘キラとの親子喧嘩に勝てた試しのない父である。

 圧倒的に自分が有利な時くらい威厳を保ちたい。

 決して、娘が父をないがしろにしているわけではないのだが、ないのであるが、一方的にやり込められて頭を抱える回数が多い。

 交渉ごとに置いては何者にも屈せず、そして何者にも妥協を見せず、かといってはねつけるだけでもない、海千山千の名ネゴシエーターと呼ばれる人間が、よもや娘との口げんかに一度として勝てた試しがないということを誰が思うだろうか。

 勝ち戦に勝った時くらい胸を張りたいのは人間、誰しもが持つ感情だ。

 哀しいことに父も人間なのである。

 時間にして約一分強、冗談でもなんでもなく、本当に辺りの空気がピリピリと確実に肌を刺した次の瞬間、何の前触れもなく、キラがいきなり大音声を発して大噴火した。


「勝手に人の人生を決めないでよ、この馬鹿オヤジ!」


 噴火と同時に少女がテーブルを駆け昇る。

 二人がその怒号に驚いて自分を取り戻した時には、少女はすでに邸の中にその姿を消していた。 

 よほどの怒りなのかキラの歩いた跡には、蹴飛ばされた鉢植えやイスなどが散乱している。

 熊は自分の体の大きさを知らせるために、木をなぎ倒すというが、ここが森であればキラは確実にそにの方法をとったに違いない。

 ぺんぺん草もはえないという言葉があるが、彼女の怒りが炎に変換できるなら、この庭の美しい緑は彼女の歩いた場所は焼けこげているのは確実。

 サラはこの後のキラの部屋の惨劇を想像しため息をついた。


(まあ、それはそれ。これはこれとして……)


 突然、お見合いなどと言い出した父の真意を確かめるべく、サラはイスに座り直すと父と向かい合う。


「お父様、随分と突然、切り出されたのですね」

「こうでもしないと、アレの火遊びは止められない」

「お父様。結婚させたからといって、キラの火遊びが止まるとは限りません。キラのことだから、気に入らなければ相手の寝首を取るくらい平気でやりそうです」


 白いベッドの上で男の生首を持ち上げて高笑いする娘の姿。

 銀の皿にのせたら完璧だ。

 想像した自分の想像力と創作力に軽く目眩を覚えつつ意識を変える。


「サラ、怖いことをいうものじゃない」

「でも、本当の事ですよ、お父様。キラの気性を考えれば簡単に想像ができるじゃないですか」


 本当のことだとサラに言われて、それもそうだとばかりに思わず頷いた自分に父が舌打ちをする。


(ああ、そうだ。そうに違いない。キャルローラの気性ならば 確実に)


 寝首をかくことなど、あの娘には朝飯前だ。

 下手をしたら、自分の手は全く汚さずに、手を下し、あげくは悲劇のヒロインを演じて、世界中の同情を買うことも可能だ。そして、事件は闇に葬られて行く。


「お父様、キラも火遊びの危険性は承知しています」

「ならばサラ、何故、キラを止めない」

「僕はキラの味方ですから」


 サラがにっこりと微笑む。

 キラと違い穏やかな気性の持ち主だが、この娘だってあのキラの双子の妹なのだ。

 見目形に騙されるととんでもなく痛い目を見る。

 綺麗なバラには刺があると、誰が言った言葉であろうか。

 綺麗な顔をした悪魔とは、よく真理をついた格言だ。

 古来より、この世のものじゃない美しさは大抵、悪魔と形容されものなのだ。

 この緑豊かな公邸にいるのは、双子の天使などではなく双子の悪魔なのだ。

 それも、とびっきりの美しい容姿と、類い希なる頭脳と、ずば抜けた行動力をもった悪魔。


「あれが何を求めているのか。この父にも判っている。だが、これ以上キラの手を、間接的にとはいえ汚させるわけにもいかない」

「僕もキラも、お父様の庇護のおかげで、生活をして生きていけるのですから、当然の事だと思います。キラも口には出しませんが、そう思っています。でなければあのキラが自分で動くことなどあり得ません」


 父が再びため息をつく。


「逆かもしれない。私はお前達に守られている。キラの火遊びはアレの想いだ」


 キャルローラの気持ちは痛いほど理解しているのは、サラだけではなくこの父もだ。だから、その危険性を理解した上での行動だと言われて、喜べる父親などこの世にはいない。

 本来ならば、父親が護り慈しむべき娘のはずなのだ。

 父の気持ちを察するように、サラが軽く微笑むが、口から飛び出した言葉は気持ちを察したとはほど遠くかけ離れた、父に対するトドメだった。


「でも、本当にこのまま何事もなくお見合いが出来るとお思いですかお父様? 相手の人の乗ったシャトルが不慮の事故で爆発炎上とか、乗っていた車のブレーキが故障して崖から落ちるとか、突然、テロが横行して宿泊していたホテルや官邸が跡形もなくなるとか、命に関わる大怪我をするとか、いくつもの想定外の出来事が思いつきます」


 美しい顔の、美しい唇から繰り出される物騒な羅列に父は心の中でため息をつく。


(ああ、神よ。我が主アンタレスよ。私は一体どこで、双子の教育を間違えたのでしょうか?)


 宗教本国アンタレスに属する宗教都市ディナル公国のディナル公カルロは、我が信じる神アンタレスに問う。


(だが救いはあるのだ。なんと言っても切り札なのだ。最後の最後で神は自分に味方しているのだ)


 と妙な自信を垣間見せる。


「サラ、その点は安心して大丈夫だ。あれのお見合い相手はコクーンの軍人だ。士官候補のな。現在はステラだ」


 まるで自分のことのように自信満々に、胸を張って告げる父の言葉にサラがその自信を叩きつぶすに十分な破壊力をもって即座に反応した。


「お父様、なおさら危険です! お見合いの後に、キラに撃ち落とされたらどうするんですか?」

「あの娘といいとこ勝負の男だ」


 破壊力のある言葉にすら父の自信は揺るがない。

 余裕すら垣間見せて、微笑みを浮かべる父の表情をしばらく見つめて、サラはため息とともに告げる。


「今回は自信がおありなんですね、父上」

「もちろんだ」


 一人ご満悦な父と対照的に、サラはこの後の騒動を予測して痛み始めたこめかみを押さえた。


(お父様、キラの性格を本当に理解していますか?)


 サラはその言葉をグラスの中の生ぬるくなってしまったアイスティーとともに飲み込んだ。



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