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第2話 クァクレスとシェルヨト

1年間。いや正確に言えば、1年間を少し越したところ。


魔王の葬儀はこんなにも長く行われているのだ。


「な、何で他の参列者たちはこれに疑問を抱かないの?これが普通なの!?」


大聖堂の端にいる少女・クァクレスは、涼しい顔をして木製の大きな長椅子に腰かけている参列者のことを眺めながら、この状況に驚きを隠せずにいる。


彼女はこれまで誰かの葬儀に出席したことなどない。それでも孤児院や、道行く通行人や、同じく貧困に喘いでた同じような境遇の人間や魔族から話を聞き、一般常識としての『葬儀』という概念ぐらいは知っている。


ただその時に聞いた話でもここまでの期間というのは聞いたことが無いし、常識的に考えて例外中の例外だということはこのクァクレスでも分かる事態だ。


この1年間、実に葬儀は厳かに行われてきた。


当然食事休憩やシャワー・トイレ休憩、そして仮眠などの時間こそ存在している。これらの休憩をする際には大聖堂内にいくつもある別室を利用しているのだが、各所に設置されている外へと繋がる窓は固く閉ざされたままだ。


しかしクァクレスのこの間、『参列者の金品を盗む』という当初の目的を果たせずにいる。


もちろん休憩時間には参列者が隙だらけになる瞬間は山ほどあるのだが、大聖堂の隅々に魔族の衛兵が配置されているし、たとえ盗みを達成できても逃走するスペースが皆無。


彼女はこの1年の間で他の参列者の顔、衛兵の顔はすっかり覚えてしまった。裏を返せばクァクレスの顔も他の面々は記憶している可能性が高く、不穏な動きを見せると非常に危険だということに繋がる。


「どうすんだよ・・・。このままここにいろっていうの?こんなよく知らない魔王のために・・・?」


葬儀の主役である魔王・ガルンファはとても偉大だった。


争いを続けていた人間に対話を試み、時に人間側の戦力によって血を流してもなお和平を諦めることは無かった。


根気よく交渉を続けて、遂に話し合いの場を設けられると、人魔が共に生きる世界の枠組みを提案。


当初はそれに懐疑的だった人間サイドも次第に魔王の言葉に耳を傾き始め、とうとう和平は達成される。


今では人間と魔族とで家庭を築くこともそこまで珍しくなく、世界中の経済も安定し、多くの面々がその平和を享受しているのだ。


しかしクァクレスのように恵まれず貧困に苦しむ存在も、平和になった世界には当然いる。一般的には『世界中から尊敬されている魔王』であっても、その偉大なる功績からの恩恵を受けることができていないという者からすると、『よく知らない魔王』という扱いを受けてしまう。


大聖堂の後ろに設置された長椅子、その端。


他の参列者の背中を眺めながら、この状況をどうにか打開できないかクァクレスはギリギリと歯ぎしりをしていると・・・。


「おい、お前。いい加減自分の本当の身分を明かせよ。誰だ?」


突然隣に座っている男から小声で話しかけられた。


「・・・は?」


「だからお前は誰だって聞いてんだよ。俺らと一緒で1年近くここにいるが関係者じゃねえだろ?」


クァクレスは慌てて顔を横に向ける。


そこにいたのはボサボサの青い髪に、口元やもみあげには髪と同じ色の髭が伸びている男性。大方クァクレスよりも少し年上の20代中盤というところだろうか?


「な、何だよ。私は魔王の古い友人だ。参列してる金持ちの隙を狙って金品をかっさらい、すぐにここから逃げ出そうと画策している部外者な訳ないだろう?」


「おいおい。動揺して全部出てるぞ。てめえガッツリ盗人じゃねえか。何でここに入れたんだよ?」


クァクレスとは異なり前方に顔を向けたまま、呆れたようにため息をつく男性。彼はそのまま「衛兵がしくじったのか・・・?」と小さく首を傾げるが、クァクレスは小さな声で懸命に言い訳をする。


「だ、誰が盗人だ!私は本当に魔王の友人なんだ!」


「証拠は?」


「・・・」


「その沈黙、もう答えを吐いてるのも同然だぞ」


「あ、あんたこそ誰だよ!そっちだってここに侵入した部外者の可能性だってあるだろう?」


「俺は魔王様の専属料理人・シェルヨトだ。関係者中の関係者、魔王様が亡くなる直前まで料理を用意していた。で、お前は誰だ?」


そのままクァクレスは膝の上で両手を握りしめ、必死になって頭を回転させる。


まずい。バレた?どうしよう。通報される?捕まったら・・・もしかして投獄される・・・?


次第に顔を真っ赤にしてうんうんと唸り出し始めたクァクレス。そしてそんな彼女に向け、シェルヨトは腕時計をチラリと確認した後に淡々とこう伝えた。


「おい盗人女。今から休憩時間だ。ちょっと話があるから俺についてこい」



休憩時間。


クァクレスはシェルヨトという男性から連れ出され、大聖堂の2階部分にある小さな部屋にいた。


「で?本当は盗人なんだろう?どうやってここに入り込んだんだよ?」


シェルヨトは腕を組んでクァクレスに問う。それに対してどうにか弁明しようと目が宙を泳ぐクァクレスだが、じきに観念してがっくりとうなだれた。


「そ、そうだよ。私はクァクレス、魔王とは何の関係も無い女だ。そして私はとても貧乏なんだ。だからここに侵入した。そ、それで・・・」


肩を震わせてこう言葉を紡ぐクァクレス。


ああ、ここでもう自分は終わってしまう。きっとこの男から衛兵に通報されてしまうんだ。この大聖堂からつまみ出されるのはまだ良い方で、最悪は逮捕・投獄されてしまうかも・・・。


彼女は予測される展開を想像して目をぎゅっと瞑り落ち込んだような様子を見せるが、しかしシェルヨトは声のトーンをやや落とし、諭すように話をし始めた。


「・・・クァクレス。これから先、この葬儀は面倒なことになる。だから早くここから逃げろ」


「・・・は?」


「だからここから早く逃げろ。予定通りならもうすぐ葬儀のクライマックスを飾る、とても面倒な行事が始まるんだ」


薄暗い中、真剣な表情でシェルヨトは続ける。


この葬儀において重要なのはその最終盤に行われる行事であって、実は主役である魔王を偲ぶことではない。


シェルヨトをはじめ、あらかじめ参列予定者に伝えられていたのは『葬儀が終わる直前、最も胸に響く魔王への弔辞を読めた者に、魔王が遺した財産を渡す』というものだというのだ。


「こんな長ったらしい葬儀に参列者が耐え抜いているのも、それがあるからだ」


「・・・。あれ?私以外もこの葬儀って長いって感じてたの?」


「当たり前だろ。どうやらしきたりに沿ってこの長さに設定してるらしいが他の参列者もぶっ倒れる寸前だ。それでも皆、金に目がくらんで欲望だけで耐えてるんだよ」


苦々しい表情を浮かべてこう話すシェルヨト。ところが彼の話を聞いたクァクレスは途端に目を輝かせ、シェルヨトに詰め寄る。


「な、何だよそれ!私もそれに参加させてくれよ!魔王が遺した財産欲しいんだよ!」


「バカかお前は!弔辞ってのは魔王様に対して最期のお言葉を伝えることなんだぞ!部外者のお前ができるはず無いだろ!」


だがシェルヨトは呑気そうに喜んでいるクァクレスの両肩を掴み、顔を近づけて注意を促した。


「弔辞をきちんと読めなきゃお前は部外者だってことがすぐにバレる!そしたら衛兵に捕まって即投獄だぞ!だからさっさとここから逃げろって言ってんだよこっちは!」


鬼気迫る表情のシェルヨト。次第にその不穏な雰囲気に気づいたクァクレスは、恐る恐る彼に尋ねる。


「な、なあ。あんた、どうしてそんなに私のことを逃げ出そうとするんだよ?初対面だろ?」


眉間に皺を寄せてこう漏らすクァクレスだが、シェルヨトが懸命に「街に溢れている魔族は別だが、魔王城では魔王様だけが特別だったんだ!特に魔王様のご家族は、俺たち人間のことを・・・」と言ったところで。


「あら。こんなところで何をしてるのかしら?シェルヨト」


美しく、だがクァクレスでもすぐに分かるほどの禍々しいオーラを発する、魔王にも引けを取らないほどの躯体を誇る魔族の女性が部屋の扉を開けてきたのであった。

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