第1話 魔王の葬儀へ
7話+おまけ付の構成です。
迂闊だった。まさかこんなことになるとは。え?本当にこれだけ時間が経過したの?
艶の無い、薄汚れた赤く長い髪を携えた人間の少女・クァクレス。彼女は広大な大聖堂の端で、目の下にクマを作りながら脳内で次々とこう呟く。
目の前で繰り広げられるのは偉大だった魔王の葬儀。
本来は今頃、盗んだ金を使って昔とは異なる生活を歩んでいたはず。美味しいものを食べ、快適な家に住み、柔らかいベッドでぐっすり眠る。
ところが・・・。
「それでは只今より、第350次追悼呪文を唱えます。参列者の皆々様も、お手持ちの『魔族の儀式が全て丸わかり!お手軽冠婚葬祭ハンドブック』における784ページをお開きいただきまして・・・」
司会進行を務めるフェアリーは発する、無慈悲な言葉。
「この葬儀・・・いつになったら終わんだよ・・・」
しかし言うことを聞かないと何かしらの罰を食らいかねない。そうなると当初の目的も果たせない。
クァクレスは乾燥している目を擦りながら、『ハンドブック』とは名ばかりの辞書・辞典の如く分厚い本を抱え、フェアリーが指示した通りのページを開く。
それと同時にこうしてこんなことになったのか、後悔も交えながら思い出していくのである。
◇
今から1年半前。人間と魔族とを和睦へと導いた魔王の死は、多くの民の涙を誘い、世界中が喪に服した。
だが魔王の死を偲ぶことができるのは、『そういう余裕』がある階級の人間と魔族のみ。10代後半であるこのクァクレスのように貧しい日々を過ごし、毎日を生きぬことに精一杯の面々は、この魔王の死さえ自分の利の為に利用する。
例えば。
これはクァクレスが実際に目にした事例だが、これまで自身と同じように貧困に喘いでいたあるゴブリンは道端で拾い集めた金属片を加工して魔王の手乗り人形を製作。わざとらしく涙を浮かべながらこれを交差点の角で売ると、それはどう考えても破格の値段ながら飛ぶように売れていった。
クァクレスは、一足先に貧困から抜け出せたそのゴブリンの顔が忘れられない。普段は口にできないような料理や酒を飲み、薄汚れた布切れをまとって寒さを凌ぐ自分のことを見下すように上げていた口角。
だからクァクレスも魔王の死を利用して現況を変えようと試みる。目標にしたのは『魔王の葬儀』だ。
死亡から半年後、世界の中心に存在する大聖堂で魔王の葬儀が行われる。幸か不幸かその大聖堂からそこまで離れていない貧困エリアに暮らしていたクァクレスはこれに目を付けた。
そうだ。この葬儀に忍び込み、参列者の金品を盗もう。魔王の葬儀に来るぐらいだからきっと金持ちや政治家ばかり。沢山の財宝を手に取れるチャンスだ。
そしてクァクレスは準備を進める。何度も廃墟やゴミを漁り、ようやく女性用の黒い礼服らしきものをゲット。さらに同じく拾ったハサミを用いながらそれをカスタマイズし、自分にぴったりのサイズに整える。
それから何とか拾い集めた金属類を換金して、葬儀の日に合わせて最も安く髪を切れる美容室へと足を運んだ。当然嫌な顔はされたがどうにか工面した金はあったため、最低限の身だしなみは作れた。
こうして葬儀当日。クァクレスは葬儀場へと赴く。
一番の難関は大聖堂へと入る目前にいる衛兵の対処。だがそれに対する準備もできている。
「よし、『私は魔王の古い友人だ』と嘘をついて向かおう。それにこう自分に思い込ませて振舞えば、きっと衛兵たちは中に通してくれる」
呆れるほど甘い考え、見通し。
しかしこの世に生を受けてすぐ両親から捨てられ、拾われた孤児院もしばらくして経営難で倒産し、若くして放浪生活を過ごすことになったクァクレス。
これは十分な教育を受けることができなかったそんな彼女が何日間にもわたり、何度も何度も悩みぬいて出した彼女なりの『妙案』なのだ。
この『妙案』を頭にインプットしてクァクレスは大聖堂へと進む。
事前に世間へと通知された情報によると、一般民衆が行けるのは大聖堂の周囲まで。その中に入れるのは魔王一族の者や人間・魔族政府の高官、そして友人知人に限られるらしい。
「私は魔王の古い友人だ。そう、古い友人。大丈夫、中に入れるはず・・・」
こう呟きながら魔王を偲ぶ人込みをかき分けて足を動かすクァクレス。
普通に考えれば彼女は大聖堂内部へと通されるわけがない。そもそもクァクレス、多少は身だしなみはマシになったとは言え、着ている礼服はボロボロであるしまだ20歳前という年齢から『魔王の友人』というのも無理がありすぎる。
「おい。ちょっと待て。お前が魔王様のご友人というのはさすがに無理があるだろう」
実際、彼女は葬儀会場の目前で衛兵であるオークたちから普通に止められた。身分証明書の提示を求められ出せず、魔王との具体的なエピソードを口に出すこともできなかったがために。
「あー・・・。えっと、その・・・」
「怪しい奴だな。おい、この女をひっ捕らえろ!」
晴天に響く衛兵オークの指示。ところが、ここから事態は予期せぬ方向へと進んで行く。
「おや?これはこれはクァクレス様。魔王様のご葬儀に来てくださったのですね?」
こう声をかけてきたのは高価そうな燕尾服に身を包んだ年老いた男性のエルフ。彼が近づくと衛兵たちは一斉に頭を下げ、そして何やらコソコソと話をし始めた。
だがクァクレスの方はと言うと、「どうしてこの魔族は自分の名前を知っているんだ?」と不安そうに首を傾げるだけ。もちろんこのエルフと彼女は面識など全く無い。
そのまましばらく待っていると、衛兵オークは申し訳なさそうな顔を浮かべながら、クァクレスへと近づいて道を開けた。
「これはこれはクァクレス様。まさか本当に魔王様のご友人だとは。どうぞ、中へと」
「・・・?」
さすがの彼女もこれは不可思議な状況だとは分かっていたが、それでも千載一遇の機会を逃すわけにはいかないと、精一杯に『(クァクレスが勝手に思っている)権力者のオーラ』を出しながら足を進めていく。
あのエルフが何者で、どうして自身を大聖堂内部の葬儀会場へと通したのかは不明なまま。
「うわぁ・・・。すげえ・・・」
大聖堂内部は圧巻だった。
見たこともないほど大きく綺麗なステンドグラス。その真下には参列者から中が見えるよう斜めに鎮座している棺桶。周囲には色とりどりの花々。
棺桶の中には魔王が眠っている。
クァクレスは魔王を始めて見たのだがその巨大な躯体と、没してもなお醸し出す風格に、相手は永眠しているにもかかわらずたじろいでしまう。
それに。多くの偉そうな態度の魔族と少数の人間という構成になっている参列者たちの装いも彼女の予想通りだった。
皆が高そうな服に身を包み、宝石を身につけている。革製の小物も手にしているし、きっとあの中には金銭も詰まっているのだろう。
大聖堂の端に設置された長椅子に座り、盗みの機会を虎視眈々とうかがっているクァクレス。そんな場違いの彼女に対して他の参列者は冷たい視線を送るが・・・。
ここが貧困から抜け出す最大のチャンスであるクァクレスにとって、そんなことどうでも良い。彼女はただ自分の利の為に葬儀場に訪れているから。
と言っても生まれて始めて来た環境の中でソワソワとしていると、「そこの人間様。こちらをどうぞ」と落ち着いた女性の声が耳に届く。
驚いたクァクレスが声のする方向へと顔を動かすと、そこにいたのは握りこぶし大ほどのフェアリー。そんな彼女はクァクレスの目の前まで移動し、宙に浮かんだまま指をパチンっ!と弾く。
するとクァクレスの膝の上には、辞書や辞典ほどの厚さを誇る本が出現した。
「な、何これ?滅茶苦茶重いんだけど!」
持ってみるとズシリと重いそれだが、フェアリーはペコリと頭を下げて「こちらは人間様向けの『魔族の儀式が全て丸わかり!お手軽冠婚葬祭ハンドブック』となります。どうか魔王様を偲ぶためにそれをご利用ください」と続けてどこかへと飛んで行ってしまった。
「こ、これハンドブックじゃないでしょ・・・。こんな厚い本なんで今まで見たこと無いんだけど・・・」
持ち上げると手に痕が残るほどのそれだが、次第に参列者が増えてきて大聖堂に並べられた席が埋まってきていることに気づき、クァクレスはやや背筋を伸ばして座り直す。
何度も言うが、彼女にとっての目標はここにいる参列者たちが持っている金品などを盗み、今の貧困から抜け出すこと。
「必ずその機会は来る。よく知らないけど葬儀なんてそんなに長くするわけじゃないでしょ。どこかでここにいる金持ちの荷物を漁ってやる・・・!」
周囲には聞こえないようこう呟き、目を光らせるクァクレス。
「それでは只今より、偉大なる魔王・ガルンファ様のご葬儀を始めます。お座りの皆様はご起立し、まずは黙祷から・・・」
こうして魔王の葬儀が始まったのが・・・。
冒頭から、実に1年前だったのだ。