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不運な遭遇

 ドレスで乗馬は裾がバサバサしてはしたない……とそう教育された私は、要らん悪評を立てられると面倒なのもあって最寄りの街トゥールズの手前で降り手綱を引いた。誰にも見られてなければOKよね。


 トゥールズの街は昔王家主導で一から建設された街で、商人の街とも言われている。メジャーなのからマイナーなのまで様々な業種の店が軒を連ねているから面白い。当然王家の直轄地よ。

 まあそれは置いておくとして、エバンズ侯爵家とうちウェルストン伯爵家はこの街の周辺に領地を賜っているご近所さん同士。

 両家は長年関係良好で、両親世代の歳も同じ頃。ビジネス面でも持ちつ持たれつと言った部分もある。だからこそ婚約なんて話が成立したんだろう。


 賑わう街中じゃ馬を連れて歩く人の姿は特に珍しくもなく浮いたりはしない。でもさすがにドレスだとちぐはぐな組み合わせみたいで目を向けられる頻度が高いなあ。動きやすい乗馬服に着替えていたらマックス様とかち合うかもしれないと急いだから仕方なかった。


「うーんどこに行こう。無計画に飛び出して来たからなあ。とりあえずプラプラするかあ~」


 ところで、街角には案外カップルが多くて複雑。傷心だから余計に彼らの幸せな笑顔が眩しく感じられる。ああ心が抉られるー。

 耐え忍んで歩いていたけど、やっぱりじくじくしてきた気持ちに落ち込んで自然と視線も下がった。


「ぅおっと~、気を付けろよお嬢さん」

「あ、すいません」


 危なく行商か何かの人とぶつかりそうになって慌てて顔を上げて道の端に寄った。悪い人じゃなかったようで絡まれたりしなくて良かったわ。気を付けようと溜息を落とす私の目は、ふと、道のやや先にある一つの看板を捉えた。


「魔法具専門店? ……気になる」


 普段は使う機会のないそれらに興味をそそられ、馬を預けて入ってみる。

 マックス様みたいに魔物討伐に向かう人はよく使うみたいだけど。

 意外にも整然とした店内には魔法の武器防具の他、攻撃や防御だじゃない回復や痛み止めなんかの魔法薬も並んでいる。物珍しい様子で眺める私を冷やかしの類いと思ったのかもしれない。店員からは怪訝な目で見られた。

 一回りしたら出よう。

 それでも気まずさと新鮮さ、感心を胸に棚を眺めていると、気になる物を見つけた。


「惚れ薬?」


 そんな胡散臭い物があるとは思わなかった。


「……本当に効くのかしら」


 無意識に声に出していたのをしっかり店員は聞いていたみたい。


「勿論抜群に効きますよ~」


 ぬっと横から棚を覗き込んできてびっくりした。首を伸ばしたカメを彷彿とさせる仕種の眼鏡の女性店員はにやりと不気味な笑みを浮かべる。長い金髪を編んで二つのお下げにしているのは可愛い。とは言えまだ若そうなのに毎晩三角帽子に黒ローブでイーヒヒヒヒと笑いながらドロリと沸騰する大鍋を掻き回す古来の魔女を連想してしまう。


「お客様にはどなたか意中の相手がおいでなのですか?」

「……振られました」


 隠すのもかえって情けなく思い正直に告げた。


「おや、何とまあ、それは悲しいでしょうね」


 曖昧に笑うだけにした私をどう思ったのか、店員は急に悪い顔になる。


「ならお客様、振られた相手にこの薬を試してみたいと思いませんか? 今月はもう既に二つ三つ売れているのですよ」


 少し私は物が言えなかった。

 どうして世の中にはそんな発想をする人間がいるんだろうって呆れたのと薄らとした憤りを感じたせいだ。


「嘘の気持ちを捧げられても嬉しくありません。空しいだけです。それは好きな相手を貶め傷付ける行為そのものですよ」


 ついでとばかりに店員を窘めると、店員は眼鏡の奥の青い目をぱちくりとさせてから機嫌良さそうににんまりとした。


「お客様はとても素晴らしい方ですね! 振られたと仰いましたけど、すぐに素敵な相手が現れますよ!」

「あ、はは、どうも。そうだといいんですけど」


 無神経だと怒る気も失せて気の抜けた声しか出なかった。

 でも、惚れ薬か。


「あの、これを飲むと誰かに惚れるんですよね?」

「はい、そうですよ。ベタですが飲んでから一番初めに目の合った相手を好きになります」

「なら、今の恋を消してすぐに新しい恋ができますよね」

「ええまあ可能ですよ。お客様……その……まさかご自分で?」


 私は明確には答えずに惚れ薬の代金を取り出すと店員へと差し出した。

 やや高い買い物だったけど、これで救われるなら安いものだとも思った。

 マックス・エバンズ以外の男なんて誰でも同じだもの。誰を好きになろうと構わない。


 自棄酒を飲むのにも似た気分。まあ自棄酒を飲んだ経験はないけど、この場合は自棄惚れ薬ってわけね。


 青汁色の液体の入ったガラスの小瓶を受け取って店の出口へと向かう。街の広場に行って適当な誰かに惚れようと決めてドアの取手に手を掛けようとした矢先、外から開けられた。


「え?」

「フェリシア……」


 入ってきたのは何とマックス様だった。何か急いでいたのかだいぶ息を切らしているようだけど。

 一瞬その目に安堵が見えた気がしたのは私の気のせいだったらしく、よくよく見ても彼の表情はいつもみたいな無感動なものでしかなかった。


 びっくりした。私は裸のままの惚れ薬の小瓶を後ろ手に隠すようにする。何となく彼に知られたくなかった。


「ど、どうもさっきぶりですねマックス様」

「ああ、さっきぶりだなフェリシア、ところで今何を隠したんだ?」


 どことなく圧を感じるのは私の被害妄想?


「目敏いですね。あなたには関係ありませんよ。迷惑は掛けませんので安心して下さい」

「まだ君は俺の婚約者だ」

「ああそうでしたね。なら破談の成立する三日後に使うようにします。それなら文句はないでしょう?」


 あくまでも世間体を気にして干渉してくる彼にカチンときた。もう隠す気も薄れて小瓶を握る手を後ろから堂々と脇に戻す。この店には沢山の魔法具があるし、ラベルを隠していれば小瓶の一部や液体の色だけ見たってどうせ何かはわからないわよね。しかもこの人とは縁のないだろう惚れ薬なんて。また問われたら無難に植物のよく育つ栄養薬とでも言っておけばいいわ。緑色だし。

 だけど小瓶を見た彼は大きく目を見開いて驚いたようにした。


「それは……、どうして君がそんなものを欲しがる?」

「え? これが何かわかるんですか?」

「惚れ薬だろう?」

「え……まあ、そうですね」


 ど、どうしてわかったの!?


「もしやマックス様はこの店の商品を全て暗記しているんですか?」

「そんなわけないだろう。そんな真似ができるのはそこの店主くらいのものだ」


 あ、へえ、そこの女性店員は店主だったのね。確かに言われてみれば二十代だろうけど店主の貫禄があるような……?


「それで?」

「はい? あ!」


 彼は私の手から小瓶を抜き取るとしげしげと眺めて私の目の前に掲げてみせた。


「君はどうして惚れ薬なんて買ったんだ? ……よもや俺に盛ろうと?」

「は!? そんっなわけないでしょう!!」


 彼は私をそんな道徳心の欠片もない人間だと思っていたのね。本当にどこまでも嫌われていて泣けてくる。


「うわぁそんな全力で否定しなくても~」


 彼は独り言を呟いた店主を容赦なく睨んだ。でも店主はどこ吹く風~。メンタル強いよね店主。

 更に彼はこっちの必死な弁解を嘲るように顔を歪める。


「は、賢明だ。どうせ無駄になる」


 たとえ惚れ薬を飲んでも心底嫌いな私を好きにはならないって言いたいんでしょ。そんなのわかってる。惚れ薬百本くらい飲ませないと効きそうにないものね。


「ああ、俺と破談になるからと、意中の男を早速ものにしようという魂胆か?」

「人聞きの悪い事を言わないで下さい。誰かに飲ませるつもりはないですよ。大体、あなたには関係ありませんと言いましたよね。返して!」


 引ったくるようにして取り戻し、彼の横スレスレを通って店の外に出ようとした。


「待てフェリシア、どういう意味だ? 使わないのに買ってどうするつもりだよ」


 腕を掴まれ引き留められる。必要なく触りたくないくせに。こんな近い距離にドキドキしてしまう自分が恨めしい。振りほどこうとしたけど放してくれないから動揺を悟られたくなくて俯くしかなかった。


「ですから、あなたには関係ありませんって。あなたの評判を心配なさらなくても大丈夫ですよ。貶めたりしません」

「そういう事を心配しているわけでは……いや、フェリシア、たとえ婚約が解消されようと、俺達は長年婚約していて世間には周知されている。君が何かやらかせば法的な関係はないにしても、こっちにも何らかの形で余波があるだろうな。だから何の目的でそれを使うか知っておく必要がある」


 は、ははは、何そのたった今考えて取って付けたような理屈。この期及んで体面しか気にならないんだ……。

 好きの針が振り切れて大嫌いになれればいいのに、人の心はそう簡単じゃない。最低ねって思うのにまだ嫌いになれない。


「ふうん、目的を知りたいんですか」


 何かもういいや、どうでもいい。この人にとことん嫌われても。むしろ迷惑被ってざまあみろって思うかも。


 私は一大決心をして顔を上げると蓋を開けて一気に小瓶の中身を呷った。

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